吹雪のなかの戦闘
白嶺に入山してから5日目。
ここまではずっと登り坂である。
どんどん高度を稼いでいる。
「さ、む、い……」
エクスナがカチカチと歯を鳴らしながら言う。
そう、寒いのである。
3日目ぐらいから天気が荒れはじめた。
風が強くなり、昼間も陽が陰って一気に気温が下がり、雪が降り出し、黒い岩肌がどんどん白く埋まっていき、ついに今日は吹雪と言っていい勢いに達した。
「これでも穏やかな季節を選んではいるのです」
一昨日、カゲヤはそう言っていた。
「……シュラノ……なんか炎とか出せませんか……」
エクスナが言うが、
「すぐに消える。無駄」
シュラノは平常運転だった。
彼も寒さは感じているだろうが、顔には出ていない。
明らかに寒そうにしているのはエクスナとモカ、それにリョウバだった。
「イオリ様は平気なのですか?」
フードを被り、顔に貼り付いた氷を払いながらリョウバが尋ねる。
「うん、まだ大丈夫。なんか体内から熱が生まれてくるみたいで」
予想通りというか、私は温度差にも耐性があるようだった。
寒いとは思うけれど、身体のなかはぽかぽかしているのだ。
「……大変便利な性質ですね」
羨ましそうに彼は言った。
「イオリ様……、今晩は裸になって抱き合って一緒に寝てください……」
エクスナが青くなった唇を開いてそう懇願してきた。
「……すみません、それ私も乗っていいですか……」
モカもさすがに厳しいようだった。
「え、うん、いいけど、大丈夫かな……? 言ってなかったけど、私たまに寝相悪いみたいでさあ。しかも力あるから……」
そう、私は地球にいた頃から寝相は悪かったのだが、それはこっちに来ても変わることはなかった。
そして寝ぼけていると思わぬ力で手足を振ってしまうらしく、魔王城の私室でも1度ベッドの手すりをへし折ってしまったことがあったのだ。
「蹴飛ばしたり、ラリアットしたり、うっかり抱きまくらのつもりでぎゅーってしちゃうかも」
「あの攻撃力で、ですか……」
戦慄している様子のモカ。
「いや、さすがにあんな力は込めないと思うよ? ……思ってはいるよ?」
「くっ、大怪我するか凍死するか、どっちがマシでしょうか……?」
エクスナは真剣に悩みだした。
「イオリ様、この状況下では性別よりも仲間という点を重視するのはいかがでしょうか? 具体的には私も混ぜて頂きたい」
まるで下心を感じさせない爽やかな笑顔でリョウバが発言をする。
「モカ、今日からテントに罠の用意を」
「はい、班長からもらった危険物を使う時が来ましたね」
エクスナとモカが真面目な顔でそんな会話を交わしていた。
なお、テントは私がひとり用、エクスナとモカ、シュラノとリョウバの組み合わせでふたり用✕2、そしてカゲヤは荷物置き場兼用のテントという割り振りになっている。
「はっは、もちろん冗談です」楽しそうにリョウバは肩をすくめ、今度はカゲヤに「ということでここは男同士――」「私は耐えられますのでシュラノと」「無用」速攻でふたりに振られていた。
「気色悪い絵面を想像させること言わないでください……」
げんなりした顔のエクスナだった。
進行ルートは、過去にも登攀経験のあるカゲヤのナビのおかげで迷うことなく進んでこれたが、魔獣の襲来は完全なランダムイベントである。
「右手から大型2頭、距離25、突進してくる」
「イオリ様、恐縮ですがともに――」
「オッケー」
もはやカゲヤも、私に仕事を振ることを躊躇しないぐらいにエンカウント率は高かった。
前衛に私とカゲヤ、中衛にリョウバ、後方に残る3名、というフォーメーションが正面から敵にあたるときのお決まりになっている。
横殴りの雪が塞ぐ視界の奥から姿を見せたのは、青い毛皮に覆われた巨大な鹿のような魔獣だ。細身だけど頭部のツノはやたらゴツい。ソードブレイカーみたいなのが2本生えている。
レベルは20ぐらいだけど、白嶺に生息する魔獣は素の身体能力がやたら高い傾向にあった。
そりゃ、こんな極地に住んでたら経験値稼ぐ効率は悪いよな。
でも普段の生活がそもそも極限状態みたいなものだから、この地で鍛えられ、代を重ねた魔獣は初期ステータスが高くなっているのだろう。
「――レイブルグです! 刃物を通さない毛皮と、雷を放つ角に注意を!」
後方からモカが声をあげる。
意外というか、魔獣に関する知識は彼女が1番高かった。
カゲヤは槍を構えて1頭を牽制する。
その間に私がもう1頭の懐に入った。
巨体だし足が長いので、胴体ですら見上げる位置だ。
「ほっ」
飛び上がりながらアッパーカット。
イメージするのは、そう、右・下・右下・Pのアレだ。
『――地面や壁へ叩きつけるような攻撃は、イオリ様のステータスですと雪崩を引き起こす恐れがありますので』
私が戦闘に参加するようになってすぐ、カゲヤがそう注意してくれていた。
なので飛び上がる際の踏み込みも軽めに。
重たい手応え。
毛皮に阻まれるが、ある程度は拳がめり込む。
「ギヒィッ」
野太い悲鳴を上げるが、魔獣はまだ元気そう。
ならば次手。
前脚でのスタンプを躱し、後ろ脚付近から胴体へ乗り上がる。乗馬のように跨るのではなく、背中に両足をしっかりとつけて。
そして頭部へと進み、
「――てりゃっ」
片方の角を掴んで、へし折った。
なんか一瞬電気でビリッとしたけど大丈夫!
「ギャガアァァァッ」
暴れまわる魔獣。
私がいったん飛び退くと、脱兎のごとく逃げていった。
タイミングよく、絶妙に間合いを離すカゲヤ。
そうなると対峙していたもう一頭も、あっさり逃げ出した。
「ご苦労さまです」
「うん、カゲヤもね」
昨日からはだいたいこんなパターンである。
魔獣の目的は戦闘ではなく食事なので、勝ち目が薄いと判断すればさっさと逃げてくれる。特に角や牙など大事な武器を1本でも破壊されれば一大事なので、1頭がそんな目に合えば残りも逃げ腰になる。
倒さないので経験値は入らないけど、今は無事に進むことが最優先だし、そもそもカゲヤはもとから強く、エクスナは暗殺専門なので、特に問題はなかった。