魔王はどうやって返り討ちにしたんだ
「なんで知ってるんですか!?」
一時停止を解除できたエクスナが詰め寄ってくる。
さすがに声は抑えたままだが。
「私は自分の口から説明することを上司に許可されましたけど、それだけですよ! つまり他の誰かがイオリ様に説明したってことですよね!? 私の秘密を……」
「ちょ、落ち着いてエクスナ……!」
彼女の両肩を掴む。
「違うから、誰にも聞いてないって。私には見えちゃうんだよ、ほらレベル測定とかやったでしょ? あれも私の見える内容とかをもとにしてるの。そういうちょっと特殊な目なんだって私は!」
「むぅ……」
エクスナはじぃーっと私の顔を見つめ、
「……本当みたいですね」
と、肩の力を抜いた。
「すみません、他の方に知られてるのかと思って……。そもそも魔王様はご存知なので、そこから聞いたって可能性もあったのに……、動転してしまってました」
広げた両手を降参みたいにこちらへ見せつつ数歩下がるエクスナ。
「んと、ごめんね? 驚かせて」
「確かに驚きましたが、恩寵持ちが見えるってのもそれ以上の驚きですよ……」
はあ、とエクスナはため息をついた。
「何より、私のこれは極秘事項なので、今回は非常に珍しく自慢できる機会だと思って楽しみにしていたのに……」
がっくりとその場に崩れ落ちるエクスナに、慌てて声をかける。
「いや、どんなものなのかまではわからないから。ほら、見せて見せて? 期待してるよ私は!」
うつむいた顔がちょっとだけ上がる。
「……本当ですか?」
「うん、楽しみ!」
なんだろう、この妹をあやしているような感覚は。
私には兄しかいないが、これが下の子を可愛がる気持ちか……!
拗ねた表情から徐々に気を取り直していったエクスナは、「それじゃあ、いきますよ」と言って、
その場から消失した。
「……へ?」
ぽかんとした私は、きょろきょろとまわりを見渡す。
見えない。
息遣いも気配も感じない。
どこにもいない。
ぽん、と肩を叩かれた。
「――どうです?」
振り向いたところに、エクスナが立っていた。
「あの……、もしかして今のも何か見えてたりしてました?」
ちょっと自信なさげだった。
私はぶんぶんと首を振った。
「え? 消えてたよね今? 完全に」
「はい。『闇這い』という恩寵です。見えなくなるだけではなくて、私自身が発する音や匂い、殺気なども感知されなくなります」
「うわぁ……」
私のこの異様に優秀な感覚器官でもまるで察知できなかったということは、おそらく恩寵を使ったエクスナを見つけるのは誰にとっても不可能。
つまり単なる透明化などではない、完全ステルス能力。
「すごいすごい、ほんとにすごいよエクスナ! ジャンルによってはチート扱いのスキルじゃん! なにそれいいなぁ」
手放しで褒める。
エクスナはみるみるうちにドヤ顔を取り戻した。
「ふっ、まあ数ある恩寵の中でも極めて使い勝手のいいものだとは自負しておりますが……。ええ、それでは、そろそろ目的を果たすとしましょうか」
そう言ってエクスナは再び姿を消した。
わずかに、彼女のいた地面から砂埃が舞うのだけが見えた。
私はそおっと、岩場から顔をのぞかせて眼下を眺める。
崖と言ってもいいぐらいの急坂。その先にはさっきと同じように魔獣が群れている。
エクスナはここを駆け下りているのだろうが、物音はしない。
そして、群れの中心にいるひとまわり巨大な1頭が、ふいにだらりと力を抜いた。
やがてその身体から、どこか戸惑っているかのようにゆらゆら揺れながら魂が抜けて天に昇っていくのが見える。
一部の経験値が、なにもないはずの空間に吸い込まれていくのも。
え? 今なにしたの?
他の魔獣が異常に気づいたのは、少し後のことだった。
魔獣たちはうろうろと死んだボスのまわりを動き回って匂いを嗅ぎ、何頭かが遠吠えを行い、そしてどこかへ去っていった。
「――ああ、よく働きました」
ふうっと、近くの空間からエクスナが姿を現した。
「お、お疲れさま……」
「よく考えたら、連中逃げるの待ってからイオリ様に迎えに来てもらえばよかったですね。この崖登るの大変でした」
額の汗を拭いながらエクスナは言った。
「え、ねえ、どうやってあいつ倒したの? 急に死んだけど、毒でも盛った?」
「いえ、これを使いました」
彼女は腰のうしろに手を伸ばし、短いアイスピックみたいなものを抜き出した。
片手にちょうど収まる柄に、人差し指よりちょっと長いぐらいの針。黒い金属のような材質でできているが、針の内側から紫色の光が漏れている。
だいぶ毒々しい感じの武器だ。
「これも私の秘密兵器で、『空を通す針』というものです。横からの力に極端に弱くて下手に扱うとすぐ折れてしまうんですが、代わりにどんなものにでも絶対に刺すことができます」
なんだと。
「……え、まさか防御力無視ってこと? 鎧とか着てたり、レベルが高い相手でも弾かれたりしない?」
「はい。ですがこのように短いので、巨体が相手だと急所に届かないことがあります。今回は脳味噌と延髄のいいところを刺しました。アレ以上大きな魔獣だと、それでも致命傷にできなくなってしまいますが」
「……」
絶句する私。
つまりそれってあれだよね。
モンスターが あらわれた。
しかし モンスターは まだ こちらに きづいていない。
エクスナの こうげき。
モンスターの いきのねを とめた!
モンスターを やっつけた。
――って流れがほぼ100パー決まるってことだよね?
完全ステルスからのどくばり攻撃、しかも急所を狙い打ち! って感じだよね?
なにそのチート。
仮にこんな敵がいたとしたら。
エクスナが あらわれた。
エクスナは いきなりおそいかかってきた。
エクスナの こうげき。
イオリの いきのねを とめた!
エクスナは にげだした。
そしてリザルトなしでフィールド画面に戻るパターン。
最悪だ。
超強力ヘイト発生装置だ。
実装許可したプロデューサーだかディレクターが炎上して灰も残らんぞ……。
「エクスナ」
「はい?」
「味方でいてくれてありがとうっ……!」
がしいっ、と彼女を抱きしめた。
「え? おぉ? ちょっ?」
戸惑っているがかまうものか。
「なにもう凄いじゃん、ほとんどバグキャラじゃん、おまけに可愛くて料理が上手とかほんと最高。ありがとう!」
強力なパーティメンバーを得た時の、あの感動である。
抜刀シ○ン先生とかオルラ○ドゥとか仲間にして最初の戦闘を終えた時の衝撃に近いものがある。
「うん、消えるし即死だし、エクスナには『バ○シュデス』の称号をあげるよ!」
「なんですかその呼びづらい謎の称号は!?」
崖の上で、私はしばらくエクスナを褒め称えていた。