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ボスを倒せば周りの雑魚は消える理論

 日本酒に似た度数が低くて旨味の強い酒をどぼどぼと注ぎ、干し肉や乾燥野菜、キノコを入れた鍋が夕食のメインとなった。

 米を炊き、根雪を溶かして濾過して飲料水にし、食後には果物までつく。


「ほんとに料理じょうずなんだね、エクスナ」

 私は下準備を手伝っただけで、味付けは彼女に任せていた。


「こんな山中であれだけ繊細な出汁を味わえるとは思わなかった」

 リョウバも満足そうに笑って、エクスナを褒める。


「ふっ、恐れ入りましたか」

 腕組みする彼女に、カゲヤが声をかける。


「ねぎらいに、夜間の見張り順は最初か最後か選択権を差し上げます」

「ちょっ!?」

「途中の番より良いかと思ったのですが?」

「いやそうでなく! なんですか見張りって? いいじゃないですかみんな仲良くぐっすり眠りましょうよ! どうせあんたら殺気でも感じりゃすぐ起きるでしょ!」


 ほとんど懇願するようなエクスナに、しかしカゲヤは首を振る。

「結局、あの魔獣の群れは襲ってきませんでした。距離は詰まってきています。深夜か早朝に来る可能性もあるかと。である以上、見張りを置かない理由はありません」

「シュラノ! あなたなら寝ながらでも自動で周辺捜査とか使ったりできませんか? できると言ってください!」

 カゲヤの説得は早々に無理と判断したようで、こんどはシュラノに縋るエクスナ。


「……不可能。既に眠い」

 ほとんど半目になりながらシュラノは答える。

「意外と朝型ですかこの男!」

 

 しばらく煩悶していたエクスナは、やがてがっくりと項垂れた。

「……仕方ありません」


 カゲヤは食器を洗いながら頷いた。

「それで、どうしますか? あなたを起こすのは手こずる予感がありますし、最初にまわって頂けると――」


 その言葉をスルーして、

「群れの大将、ちょっと仕留めてきます」

 さらっと、エクスナは言った。


「……何と?」

「さっきの3頭見る限り、ボスが怖くて強引に襲ってきた感じでしたよね。まだ死に物狂いになるほどの空腹じゃないと思われます。頭を潰せば、散るんじゃないですか?」

「そうだとは思いますが……、あなたが?」

「はい、ささっと片付けてきます。シュラノ、今連中はどこに?」

「この方角に距離37。距離20地点で深い崖。そこから左に迂回すれば群れのいる岩場の高所に出られる」

「……聞いといてなんですけど、地形までわかるとかどんな技術ですか……」


 呆れ半分になりながらも、立ち上がって上着を着込み手袋をつけるエクスナ。


「え? ほんとに行くの?」

「はい。本気です。そりゃ普段なら見張りもやむなしだと私も思いますが、今日は登山でおそろしく疲れましたので良質な睡眠のためには仕方ありません。そしてイオリ様にはお願いしたいことがあるんですが」

「私に?」




「それでは出発しましょう!」

「……じゃあ、行ってきます」


 私は、エクスナをおんぶしていた。


 体力のない彼女を、魔獣の群れが潜伏している場に連れて行くために。


 もちろんカゲヤたちは猛反対した。

『なにを考えているのですかあなたは』

『このなかで一番体力があるのはイオリ様に決まってるじゃないですか。はっきり言いますけど、同じ旅仲間なんですから無闇に遠慮するのはイオリ様も嬉しくないと思います』

 

 それには同意。


『というわけで私はどんどん頼っていきます。大丈夫です。イオリ様には手前まで運んでもらうだけですから。群れの中には私ひとりで突入してサクッと殺ってきます』

『ならばせめて私が背負います』

『却下します。山を走り回る男の背中なんて暑苦しい代物に乗るのはごめんです』

『あー、なら私も同行するのはどうだ?失敗したとき殿ぐらいは務めるぞ』

 見かねたリョウバが口を挟んだ。


『すみませんがそれもお断りします。……面倒なので本音を言いますが、あ、カゲヤに言った暑苦しいから嫌だってのもまるっきりの本音なんですけど、それとは別にもっと重要な理由がありまして』

『今の補足は必要だったのですか』

 カゲヤが憮然としているが、エクスナは気にしない。


『つまり、私が持ってる秘技を使うことになるからです。暗部の身として、そこは隠しておかないといけないんです。皆さんへの信頼とはまた別の話として。イオリ様には見せても問題ないと私の上司経由で魔王様から許可は頂いているので』


『……なるほど』

 しばらく黙考してから、カゲヤは重たい息をついた。


『理解しました。できれば初めからそのように説明してほしかったところですが……。ともあれ、充分に気をつけるように。イオリ様に何かあれば、戻ってきたあなたを始末しなければなりません』

『もうちょっと言い方考えられませんかねこの男……』


 どっちもどっちだと思った。



 そんなわけで、エクスナを背負って夜の山を駆けていく。

 月明かりを雪が反射して眩しいぐらいなので、視界に困ることはない。おんぶしているエクスナは小柄で軽いし、お互い着ぶくれしているから、脳筋型の今の私にとってはクッションを背負っているぐらいの感覚だった。


 地面はほぼ岩肌で、あまり砂利もなく、雪も底の方は凍っているのだろうけどその上にけっこうしっかりと積もっているので足場に不安もない。

 幸い、他の魔獣の気配も近くにはなさそうだった。


 シュラノのサーチをもとに、カゲヤが持っていた地図を頭に入れておいたので、迷うこともなく予定通りのルートを踏破した。


「……気持ち悪いです……」

 乗り物酔いしたエクスナだけは想定外だったけど。

 いや、藤○竜版の封神演義愛読者として、この結果は予想できたはず……!


「ごめん、もっと上下動に気を配るべきだった」

「……いえ、お願いしたのは私ですし……、1分ください。治します」


 その場に寝そべり、ごろごろと寝返りをうつこと1分。ほんとうにエクスナは回復したようで、すぱっと立ち上がった。


「器用なことするね……」

「心身の制御は得意ですので」

 

 さて、と呟きながらエクスナは眼下を眺める。

 私もそちらに視線を向ける。


 明らかに45度よりさらに急な坂のだいぶ下。

 さっき見た魔獣、ムルチナの群れが見えた。


 小声で喋っているし音を立てないよう注意しているので、気づかれている様子はない。


 シュラノの言ったとおり、12頭。なかでも中心にいる1頭はひとまわり大きく、レベルも高そうだった。


「うん、よかったです。想定内の体躯でした。あれなら1撃で済みます」

「さっき言ってた、秘技ってやつ?」

「はい。今からお見せしますけど、驚いて声をあげないでくださいね」


 ドヤ顔を見せるエクスナに尋ねる。

「それって、エクスナの持ってる『神の恩寵』のこと?」


 エクスナはドヤ顔のまま一時停止した。

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