これでチュートリアルは終了です
ルスラムの発言からレベル測定への流れが、意図したものだと魔王は言う。
「もちろん直接的な指示ではないが、あの場で動き出すように事前の誘導は図った。他にも数名、似たような根回しを手配したがルスラムが早かったな。奴の言葉を我が受けたことで、他に色々と企んでいた者共が場の流れを見る姿勢になり、手早く済んだ」
「……あの人につられて『いやうちの軍を』『いやこっちこそが』とかなったりする可能性もあったんじゃ?」
この世界に『どうぞどうぞ』の文化はないし、ひと騒ぎになったかもしれない。
「そこまで愚かな者達ではない。我が『やかましい、時間が勿体ないのですべて却下だ』と言いかねない気性だとは知っているしな。我が追加採用の可能性を見せた時点で、後からルスラムと交渉して枠をやり取りする方が効率的だと考えたのだろう」
なんだか政治っぽい話をする魔王に、私は素朴な疑問を抱く。
「魔王様、その先読みをどうしてゲームで活かせないんですか?」
「……難しい質問だな」
レベル測定の間を出て、魔王の部屋に向かいながら会話は続く。
「ルスラムは動き出しも諦めも早い傾向がある。最後に説明したのは、奴なりの降参と騒動への謝罪だろう。――あの理屈が当てはまらぬ場合も多いということは知っておいたほうが良い」
「ええと、私たちは軍隊と足並み揃えるのが難しいって点ですか?」
先を歩くサーシャを眺める。
――たしかに、明らかに並の魔族と段違いの彼女も軍にいたっていうしなあ。
「イオリに固有の話ではなく、それこそ人族の勇者なども含めてだな。ルスラムは不利益の例として『依存や拒絶』と言っていたが、依存は狂信に、拒絶は畏怖へと変えることもできる。そうなった際の軍隊は損耗率を恐れぬ厄介な相手となるだろう。ことに人族は大量の補充が可能だからな。その隊にいる勇者を仕留めねば何度でも突撃してくるし、場合によっては勇者自体が補充されることもある」
――そりゃまあ、魔族の領土にいるんだから私にもバイアスかかってるんだろうけど、人族の方が悪役っぽく思えてしまう説明だった。
ちなみに今回測定した私のレベルとステータスは以下の通りでした。
【イオリ】
レベル :1
魔力 :0
物理攻撃力 :6692
術理攻撃力 :0
物理防御力 :9371
術理防御力 :8720
知力 :1193
体力 :5239
素早さ :6002
器用さ :746
……いや。
……いやいやいや。
これ完璧脳筋タイプじゃないですか私。
あのハッ○ンですらMP上がるのに、私ってばゼロですよ!?
まさか3の戦士タイプだったとは。いや武器持ってないし素早さはあるから武闘家タイプか? ……ローレ○ア王子タイプだと言い張ったほうが脳筋感が薄れるかなあ?
しかし軒並みステータス高いなか、知力と器用さが微妙に低めなのがキツい……! いや平均よりはめっちゃ高いんだけど、私個人の傾向としてさ!
なお、あのサメグマを倒したときに魂の欠片が私に入り込んでこなかった時点で、レベルが1なのは承知していた。
魔力がないということも、身体を見ればわかる。
――たぶん、私の魂はこの世界において、魔族よりも人族に近いんだとは思う。なのに魔獣サメグマを倒しても経験値が入らなかったってことは、私はレベルアップできないということかもしれない。
……でも、できればレベル上げしたいんだよなあ。いや、ゲーム感覚というわけではなく、目標達成のためにね!
私の身体を構成しているのは主に魔獣のパーツだという話だから、人族を倒せば経験値を稼げる可能性は残っている。
問題は、それを確認するためには、この手で人族を倒す――殺さなくてはならないということ。
サメグマを倒したときや、魔王との訓練、前線を見たとき、ああいった際のモードに入れば、たぶんできるんだろうと想像はつく。
ただ、無事に地球へ帰ったとき、元の精神状態に戻った私が耐えられるかはわからない。
……うん、ダメそうな気配が濃厚。
一応、極端に博愛主義とか性善説支持とかではないので、悪いやつは死んでもいいとは思える。軍人が戦争で死ぬのも、正当防衛で相手を傷つけるのも、まわりの人を助けるために敵を倒すのも、たぶん納得できる。
納得はできるけど、実際に行動に移せるのかどうか。
『――まあ、そういうわけだ。我はなんとしてでも、人族に討伐されねばならん』
魔王の言葉が脳裏に浮かぶ。
……うん、とにかく出発して、あとはどうにかするしかないよね。色々と。
「はい、それじゃあこれが約束の攻略本です」
「おお! 感謝する」
どさりと、自作の攻略本――まあ、正確には攻略メモの束――を魔王に手渡す。
一応、イラストとか表とかフローチャートとか、頑張って書いたんだよ。器用さが低いなりにな!
本日、私たちが集まっているのは魔王城の正門内側にある広場。
まわりではパーティメンバーが見送りの人たちと話している。
「イオリ様に危害が及ぶのは、あなたが死んだ後に限ります。遵守なさい」
「重々承知しております」
「五体満足で帰ってきたら、褒美に地獄のような特訓を課してあげます」
「有り難く」
……サーシャとカゲヤの会話は、まったく冗談に聞こえなくて怖い。
「班長、私の荷物に不穏なものが色々混ざっていたんですが」
「誰だろうね? でもきっと役立つよ。使って使って!」
「……ほんとうに、突っ返すかどうか際どいところを選んできますね……」
ロゼルとモカの会話も、別の意味で怖い。
リョウバは同じ軍の人たちと賑やかに、シュラノも研究部門の人たちと和やかに喋っている。
――エクスナは、何やら壁に背を預けて樹の陰や地面に隠れているナニモノかと楽しそうに話している。
あれが暗部って組織のメンバーなのだろう。
傍からは悲しい独り言に見えてしまうが。
「じゃあ、行ってきますね」
荷物専用のも含めて、7頭の飛竜――そう、ついに出たドラゴン的な魔獣!――に乗り、魔王たちに手を振る。
「うむ、よろしく頼むぞ。良い旅を」
「イオリ様、どうかお気をつけて」
「お帰りをお待ちしております」
魔王、バラン、サーシャの声を聞きながら、浮上していく。
さあ、出発だ!