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意思疎通のはじまり

 いやいやまったく、ナチュラルで違和感ないけど色合いがおかしい髪の毛って、現物見るとインパクト凄いのね。角は角で、先端と生え際の色合いの差とか微妙な光沢の変化とかが物凄く生物っぽくて、それが普通に人間の額から生えてるもんで『あれ?ヒトとはこういうものだったか?』と錯覚してしまいそうになる。


 緑髪の男は、音もなくこちらへ来ると、目の前で座っている黒髪の方の男と小声で会話しだす。私にもじゅうぶん聞こえる音量ではあるけれど、何を言ってるのかはさっぱりわからない。

 ただ、私の耳――聴力がずいぶん良くなっていることには気づいた。

 彼らの会話の1音1音がはっきり聞き取れるし、その音階や響きも脳内で簡単に再生できる。


 ふたりの会話は、わりとすぐ終わった。

 そして立っている緑髪の方が、私に向かって両手を広げた。

 ひとりめの男が、最初にやったみたいに。

 しかしこっちの男は、そのまま上体を反らし、天井を見上げるような姿勢になった。

 そしてさらに、今度は膝をつき、両手を地面につけ、頭を下げてみせる。


 どうみても土下座であった。


 両手の位置が肩幅よりも広いので、謝罪というよりもどこか映画に出てくるヤクザっぽい雰囲気でもあるが、しかし土下座には違いない。


「ナン・モライスト・ヴィグン・ジア・ルスト・ネイ」


 そんなようなことを、男は顔を伏せたまま口にした。


 男は数秒間そのままじっとしてから、流麗な動きで立ち上がった。

 動作がいちいちかっこいいな、この男たち。


 緑髪の男は、ソファとテーブルセットの横にある、なんだかホワイトボードみたいなものへと歩み寄った。

 足のついた四角い枠に、黒いガラスみたいな板がはめ込まれている。

 男は胸元からペン状の何かを取り出した。先端が針みたいに尖っている。それを使って、黒い板に線を刻み込み始めた。


 ――一瞬、黒板を引っ掻いたような音がするのではないかと身構えたが、そんなことはなく、男の持つ針はなめらかに黒い板の上を動いている。その軌跡にそって、板には白っぽい線が引かれていった。やはりホワイトボードというか、石版みたいな使い方をするらしい。


 板の全面を使って書かれたのは、やっぱり見たこともない文字と、一部馴染みのある記号である。


 一番わかりやすいのは、○だ。

 ふたつずつ左右に〇〇、〇〇と並び、その間に矢印のような、三角形の一片を書き忘れたような記号が挟まれている。


 見渡すとその記号は板の左半分に散見された。


 楔形文字みたいな羅列や、同じ数同士の縦線が、やはりその記号を挟んで同じ配列で並んでいる。

 そしてそれとほぼ同じものが、板の右半分にも書かれている。

 違うのは、左右に並んでいる文字っぽい何かが微妙に違ったり、縦線や○の数が違ったりしていること。

 そして、間に挟まれている記号が、矢印状のものではなく、なんというか、一筆書きの稲妻みたいな感じのギザギザであること。


 ……これ、もしかして、不等号?

 左半分が、『=』の式で、右半分が、『≠』ではないだろうか。


 私は、おそるおそる立ち上がると、男に向けて手を差し出した。そのペンを貸して欲しい、と目線を向ける。


 男はすぐに理解してくれた。

 手渡されたペンは、金属製のようで、なかなか重たい。持ち手のところは黒字に金で模様が描かれ、先端の針部分は白っぽい。

 ちゃんと使えるかな、と心配になりながら、男の書いた式に手を入れる。


 同じ数の縦線を等号らしきもので結んだ式、その縦線を片方だけに足す。そして等号を斜線で消し、その下に不等号と思われる記号を書く。

 そして男の方を見ると、彼はにこやかに微笑んだ。

 ちょっと嬉しい。

 ……いや、男の整った顔立ち補正でかなり嬉しいですよ、これは。


 男は板の左半分、私が直していない式のあたりを指差し、「サクゥ」と言った。それから私が直した式や、右半分の方を示して「ブラゥ」と言った。


 たぶん、「正解、不正解」みたいなことを言ったのだろう。

 ……待てよ、ここで伝えたいニュアンスなら、もうちょっと……。


 男は、また同じ言葉を、今度はジェスチャー混じりで、私の目を見て口にした。「サクゥ」で首を下に振り、「ブラゥ」で首を左に振る。

 彼の意図が、なんとなく読めた。


 私も同じようにイコールの式を指差し、「はい」と言いながら首を縦に、ノットイコールの式を指して「いいえ」と首を左右に振った。


 男はふたたび、さっきよりも満足そうに微笑んだ。そして、

「はい。いいえ」

 と、驚くほどあっさり私の言葉を真似る。


 耳が良くなっている今だからなおさらわかるが、日本人が言うそれと変わらない流暢さだった。

 座っている黒髪の男も、小声で同じように「はい、いいえ」とつぶやいている。


 ちなみに、男ふたりの容姿であるが、緑髪はちょっと線が細くて、穏やかそうな感じ。角が生えてるけど、威嚇されてる感じはしない。

 一方の黒髪は、バイト先に来たときから漂わせている高貴さと威厳を、さらに高めていらっしゃいます。ふたりの関係が、明らかに黒髪上位だと伝わってくる。私も逆らう気がしない。


 ……そんな黒髪の男が「はい、いいえ」と小学生どころか幼児のように日本語の基礎を口にしているのは、めっちゃギャップである。わりとツボである。かなり高得点である。


 ――失礼、脱線しました。


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