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ネットのない世界において

 魔王とバランが部屋から去り、女性だけになった室内でさっそく仕事が始まった。


 サーシャの監視のもと、ロゼルの指示によって、てきぱきとモカたちが動きまわる。


 私は言われるがままに、まずは室内にいる皆の魂や魔力の感じを述べたり、数字にしてみたり、絵に描いたりする。

 それが済むと、今度はミラーガラスみたいな大きな窓のついた部屋に入ってくる何人もの魔族を外から見て、同じことを繰り返す。

 さらにその次は、魔獣だったり、道具だったり、武器だったりを見て、同じように感じたことを伝えていく。


 ……正直、けっこう大変である。

 まあ、疲れにくい身体の私はまだいい。けれど私の説明を聞き取ってメモを取りまくり試作品のレベル測定器を確認しロゼルの指示にも従い、その上に小部屋への誘導や道具の持ち運びなんかもしなければならないモカたちのほうが、先に疲労を見せ始めた。


「うんうん、そんでそんで? ――なるほど、やっぱ武具の秘めてる魔力まで見えるんだすっごい! いいなあ! 私もその目欲しいっ。ねえ試しに片方だけ取ってみない? 代わりに私のあげるし――ぐっはあ!」

「余計なことは話さないように」


 なおロゼルは超元気で、サーシャも平然としていた。


 初日はそんな感じで終了。

 2日目は昨日の結果をもとにした測定器の改良や調整でモカたちがかかりきりになり、私はフリーとなった。


 旅の準備は他のみんなに任せきりなので、私自身のタスクは特にない。

 ……が、やっておいたほうがいいことを思いついたので、魔王の部屋へと向かった。


「こんにちはー」

「……うむ」

 魔王は手にしているゲーム画面に集中している。


 近づいていき、横からその様子を覗き見る。

 今やっているのは、某モンスター狩猟ゲームである。

 ……無茶しやがって。


「装備することを覚えたのは喜ばしいですが、正面からしかいかない謎の主義は捨ててくださいと何度も言っているでしょう」

「ふっ、いかに険しい道であろうとそれが目指すべき地であるのなら踏破してみせよう」

「その道、途中で崩れてるんですって」

「飛べばいいだけだ」


 ……前線視察したときのバウンド航法を思い出してしまった。

 あれもどっかで仕返ししてやる。


 案の定、魔王様はあっさり3タテを食らいまくっていた。

 討伐対象に遭遇できればいいほうで、たいていは途中の雑魚に殺されている。


 ――しかしまあ、相変わらず楽しそうにプレイしてますねえ。

 素材採取どころか、単にフィールドを動き回ることさえ魔王は満ち足りた笑みを浮かべている。

 正直、羨ましい。

 私もかつて持っていたが膨大なプレイ経験で徐々にすり減ってしまった新鮮な感動が、魔王にはまだこれから大量に待っているのだ。


 ……いや、待て待て、私にだってご褒美のミラクルゲーム空間に行けばそこには未知のソフトがたくさん溢れているはず。まだまだ楽しいことはいっぱいあるのだ。


「ところで魔王様、私が旅に行ってる間、ゲームの指導できないと思うんですけど大丈夫ですか?」

「……大丈夫ではないな」


 キャンプ地に戻されたキャラを再び前進させながら魔王は答えた。


「連絡手段はもちろん用意するが、そうそう頻繁にはできんだろうからな。いざとなれば単身密かに人族の領土へ潜入し、わからないところを直接イオリに訊こうと思ってはいる」


 ……思ってはいる、じゃないですよ。


「何かの拍子に最終戦争が始まりかねない奇策はやめてください。実はですね、それを解決するために今日はお邪魔してるわけなんです」

「おお、良い手があるのか」


 魔王はゲーム画面からようやく視線をこちらへ向けた。ちゃんとポーズすることも学習している。


「地球には、攻略本というものがあるんですよ」

「……指南書のようなものか?」


 辞書から日本語を学んでる人はたまに古風な単語を使うなあ。


「だいたい合ってます」

「しかしそんなもの、持ってきておらぬだろう」


 魔王はちょっと気まずそうな表情になる。地球に戻れなくなったことを気にしているんだろう。


「いえ、別に転送装置の話をいまさら持ち出す気はないですよ。つまりですね、私が書いてみようかと」


 攻略本を作る。

 ……実はちょっと、楽しそうだなって思っていたのだ。


 地球じゃネットのほうが手軽だし、そんなもの作る暇があれば次のソフトに手を出していた私だが、わりと手持ち無沙汰かつ体力の有り余っている今なら、いい機会だと思ったのだ。

 自室も地球とは比べ物にならない快適さで、執筆には最高の環境だし。


 魔王は顎に手をやる。

「それは非常に助かるが、良いのか? 言ってはなんだが、我がイオリに尋ねそうなことを片端から文字にしていくのは相当な労力だと思うのだが」

「む……」


 これまで訊かれた数々の質問が脳裏に蘇る。


 ――イオリ、ジャンプができない。

 ――なぜメニュー画面を開く操作がソフトにより違うのだ、イオリ。

 ――この屈強な村人をパーティに迎えたいのだが。

 ――画面が動きすぎる。酔ってしまった。

 ――制限時間などと、非道な仕組みを作りおって。まったく足らんではないか。この3倍は必要だ。どうすれば良い?

 ――おい、イオリ! このゲームは心臓に悪すぎるぞ! なんだこの悪辣な仕掛けは! 外から屋敷を砲撃できぬか!?

 ――なにもしていないのに音が出なくなったぞ。


「イオリ、露骨に顔に出ているぞ」

「ははは。……まあ、できる範囲で取り組みますよ。なにもないよりは絶対にいいでしょう?」

「ああ、そうしたものがあれば実に頼もしい」


 そして魔王は、何やら考え込んだ。


「――ページ1枚ごとに5千カラルでどうだ?」

「だから高すぎます!」


 魔族領の通貨、カラルは地球の円のおよそ90~120倍。

 私はざっくり100倍で計算している。

 ――1ページ50万円。

 ノーベル賞作家でもそこまでいかんでしょうが。

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