再会と交渉
昼食を終えると、パーティのみんなは魔王や私に丁寧に礼を言いつつそれぞれの準備に向かっていった。
「食事のお相手が必要ならいつでも駆けつけますよー」
エクスナは輝く笑顔だった。
「共に出発できる日を心待ちにしております」
リョウバは白い歯を見せてそう言った。
「さて、イオリには頼みたいことがある」
リョウバもそうだったけど、魔王にもまったく酔った様子がない。
最終的にかなりの量をいったはずなんだけど。
なおバランはお酒が弱いのか仕事中は飲まないのか、水と果汁を飲んでいた。
「あー、昼食後になんとかって言ってましたね」
「うむ。具体的には、その眼や鼻を例のレベル測定器に活かせないかと思っているのだ」
「え」
思わず自分の顔に手をやる。
「誤解するな、何も貴様の眼球自体を奪おうなどとは思っていない」
すかさず魔王は言った。
「いや、そんなエグいことは考えてませんでしたよ……」
すぐにそんなフォローが出ること自体どうかと思う。
いや、さっきの魔獣生成を思えば魔王にとって生物の身体は材料とか部品みたいなものなのか?
やだ、魔王様が魔王っぽい……。
「……やはり誤解されている気がするのだが……」
片目を眇める魔王。
「まあまあ、えっと、つまり私は何をすれば?」
「ああ、まずはあらためてイオリが感知できているものを確認し、その身体の材料となったものを踏まえて、器具として再現できるか試したい。並行して、一定数の魔族をイオリに観察してもらい、その強弱を数値化し、現行の測定器で測れる範囲の数字と相関関係を作れればとも思っている」
なるほど、なんとなく分かった。
「じゃあ、午後はまず私の身体測定――というか能力測定ですね」
「……ああ」
「なんで難しい顔なんですか」
「先ほどモカが言っただろう。現状、イオリの身体について唯一把握し得る者がいると」
「……そういうことですか」
隣で話を聞いていたバランが、哀しげに目を伏せた。
「やっとまた会えたねイオリ!」
今日もロゼルは元気でした。
「さあ早速色々いじらせて――ぐぇっ」
こちらへダッシュしてきた彼女の首に繋がっているロープがぴんと張り、彼女は苦しげに呻く。
「……さすがの推進力ですね」
手綱を握るサーシャがぼそりと言った。
白い壁の部屋である。
机が並び、色々な器具も並び、診察台もある。
ロゼルの他には3名の初めて見る顔の女性、それにモカもいた。
皆、薄緑の生地で、ポケットが多めについたツナギっぽい服装である。ロゼルが抱える技術部門のメンバーだ。
身体測定もあるし、魔王様が気を利かせて女性だけに絞ってくれたらしい。
「頼んだぞサーシャ」
「かしこまりました」
一礼しつつも、ぎしぎしと軋むロープは決してゆるめないサーシャ。
「ぐぬおおぉぉ……」
ロープに首を閉められながらもこちらへ近付こうともがくロゼル。
いたたまれない様子のモカと他のメンバー。
悲痛な顔のバラン。
……カオスである。
「聞け、ロゼル」
その頭をがしりと掴み、魔王が告げる。
「測定器への活用は貴様が主導して良い。……例の件も、貴様が指示を出して良い。ただし手を動かすのは貴様の班員だ。特にモカを使うように」
「なんで私が直は駄目なんですかぁ!」
「言っても通じぬ者に説明するほど我は暇ではない」
なおも私へ接近しようと暴れるロゼルに、魔王がトドメを下す。
「これで妥協できぬなら、イオリが全てを終え天上へ帰還するまで貴様を投獄する。そして釈放する前に、イオリに関するあらゆる資料を焼き尽くす。関わった者には記憶消去を施し、この城から遠ざける」
その言葉に、まずモカ達の顔がひきつった。
そりゃそうよね。完全にとばっちりだ。
「選べ、ロゼル。この場に残り指示だけを下すか、一切の光なき牢獄に落とされるか」
おお、なんだか今日はほんとに魔王っぽい。
ロゼルは悩んだ。
それはもう劇的に。
……いつまでも。
サーシャが途中でロープを反対の手に持ち替えた。
「まったくしぶとい奴だな……」
嘆息しながら、魔王は懐に手を入れた。
「では、これでどうだ?」
取り出したのは――乾電池である。
ぎゅわっ、とロゼルの目線がそこに吸い寄せられる。
「なんですかその面白げな物体は!?」
「これは『雷を湛えし水面』と呼ばれる道具だ。イオリが元の世界から持参した、極めて貴重なものでな」
……ああ、電池ってこっちの言語に訳すとそんなカッコよさげになるんだ。
「滞りなく仕事を完了し、円満にイオリが出発できた暁には、これを調査・研究・量産するところまで貴様に任せようと思うのだが」
魔王様、それ思い切り私利私欲ですよね?
私が持ち込んだ分だとこの先2年間は絶対もたないから、より長くゲームをするためにこっちで電池を作ってしまおうと目論んでますよね?
しかし こうかは ばつぐんだ!
ロゼルは、
「……わかりっ、……まし、たっ……」
そう答え、がっくりとその場に崩れ落ちた。
ずっと首締められてたからね。
あ、魔王様、密かに嬉しそう。