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察する

 ――すうっと、意識が戻った。


 目覚めた視界に広がっているのは、スチームパンクっぽい雰囲気の広間だった。

 壁から無数のパイプやケーブルが伸び、あちこちに配置された長テーブルには石版や瓶や謎の素材がいっぱいに並んでおり、部屋の中央には古代遺跡みたいな風情の装置が鎮座している。


 私は斜めに立てかけられた布団内蔵カプセルみたいなものに、背中を預けていた。


 そして目の前に立ち、私を見下ろしているのは、さっき見たあの男で……。


「へっ?」

 

 我に返った。

 ここ、なに?


 見れば男はさっきまでのビジネスマン風から、全然違う服装にすり替わっている。暗色だけど派手目な服に軽鎧みたいなものを各部位につけ、手首や胸元には眩いアクセを飾り、腰に宝剣を帯び、背中にはマントまでたなびかせている。絶対に街中では見かけない、それこそどっかの国の王族みたいな、でもちょっと禍々しいような。


「え?えっ?」


 だんだんテンパっていく。

 なんだここ。

 見れば見るほど、あちこち変だ。


「あれ?」


 そして、私の視界もおかしい。


 やけにくっきりとしている。視力が一気に上がったような、というか、なんだか、『物体じゃないもの』みたいな存在まで、見えてしまっているような。たとえば目の前の男から溢れているオーラみたいなものとか中央の遺跡みたいな物体の中を流れているエネルギーみたいなものとか……。


 男が、動きを見せた。

 両手を上げて、手のひらを私に向けている。

 いわゆる、『お手上げです』とか『まいりました』みたいなポーズだ。

 ……あとは、あれかな。


『危害は加えない』


 そういうことを言いたいのだろうか。

 絶賛混乱中の私だが、目の前の男がそう言いたいのだとすれば、それは歓迎すべきことである。


 とりあえず、わかりましたということを伝えようか、ではこちらも片手を上げて――

 すると男の顔が、少しだけ曇るのがわかった。


 続いて視界に入った私の右手が――私のものじゃなかった。


 こんなに白くない。こんな、硬そうな、陶器とか金属みたいな肌じゃない。なにこれ、関節が、むき出しの電線みたいな、色おかしい、大きさが違う、でも、今、私が思ったとおりに手が上がって、指が、動いて。


 また気が遠くなっていく。


 ――が、今度は持ち直した。


 脳が、遠のいた意識をしっかりと支えたような、勝手に思考のバランスを取り、私を気絶させまいとしているような。

 同時に体温というか、頭が冷えていくのを感じた。

 動揺していた感情が、穏やかになっていく。


 ……いや、私こんなクールなタイプじゃないんだけど。

 楽しみにしていたゲームの配達が1日遅れるだけで夜まで引きずるぐらいのメンタルなんだけど。


 私の様子をじっと眺めていた男は、手振りで起きるように示した。

 確かに、斜めに寝そべったまま男を見上げているのも気まずい。カプセルの縁に手を付き、身体を起こし、そこから出た。


 起き上がるときに胴体や足も視界に入ったけど、今は気にしない。しないったらしない。


 男はついて来いというような仕草とともに、歩き始めた。


 そして壁の一角に立つ。そういえばこの部屋、出口らしきものがない。

 どうするのかと思っていたが、私が近づくと、ぱあっ、と足元が光り始めた。


 光は強さを増し、何やら模様を描いていく。


 うおぉ、魔法陣!魔法陣だこれ!

 転移とかしちゃうのか!?


 一気にテンションが上がる私。

 目の前の男の格好といいこの部屋の様子といい、かなりファンタジーめいた場所に自分がいることに薄々気づいてはいたが、こうして実際に不思議な現象を目にすると高まり方が違う。


 光は下からのシャワーみたいに私達を包み、ふうっと上方に持ち上げられるような感覚とともに視界が白くなる。

 

 そして光がおさまった時には、なんとも豪奢な部屋に転移していた。


 さっきの部屋ほど広くないけど、ここから足し引きは不可能と思わせる隙のない配置で重厚な質感の家具が据えられており、それぞれが適切なレベルで磨かれ、見事な光沢のグラデーションを室内全体で現している。外からの物音や室内で何かが稼働する音などもなく、やたらと清浄な空気には微かに香水が混ざっているようで、ここでテスト勉強したらめっちゃ捗りそうな感じである。


 男は、壁の近くに向かい合わせで備えられているソファーを示した。

 素直に座ることにする。

 ……おお、座っただけで高級品だとわかる。知見のない私にも強引にわからせてしまう質の良さというものがあるのか。

 

 男は、私の向かいにゆったりと座り、間に置かれているローテーブルの端から、紫色のクリスタルっぽいベルを手にとった。

 涼やかな音色が鳴り、ベルの中心あたりが淡く光る。


 ほどなく、扉をノックする音がした。

 数秒置いて、そこが開かれる。


「ディズィーク・アイル・ガラプレウス」


 そんな謎の言葉を口にしてから姿を見せたのは、やはりやたらと高貴そうな出で立ちの男である。


 男は、透明感のある緑色をした髪を長めに伸ばしていた。

 額からは、白っぽい角が突き出ていた。


 ああ、やっぱり、そうですか。

 内心でそう納得する。

 さっきの部屋、転移魔法陣、この部屋の内装、男の服装、私自身……と思われる身体の外見、そして昨日今日の朝に遭遇したあの謎存在。


 それらでだいたい察していたが、今部屋に来た男の、まったく不自然さのない緑髪と角を見てついに確信した。

 

 さては、ここは地球じゃないな。

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