エクスナの過去
お魚も美味しかったです。
白身の太い繊維をぎゅっと噛みしめると海産の旨味が溢れ出し、皮目の脂がコクを生み、ソースが奥行きを作り、その後にグラスを傾ければそこは極楽と化す。
円卓のなかで、私とエクスナがほぼ同時に皿を綺麗にしていた。
食中酒はちょっと日本酒に似た、甘味と酸味の釣り合った乳白色のものだった。
魔王やリョウバは結構お酒が進んでいる。
いいのかな、これってまだお昼なんだけど。
さて、次の皿が来るまでにエクスナの素性も聞いておこうかな。
「イオリ様、よろしければもう少しお取り分け致しますが」
「ありがとうサーシャ! お願い」
「わたしも頂きたいです」
エクスナが追随する。
……よし、取り分けの間にちゃちゃっと聞いてしまおう。
「エクスナはどういう経緯でここにいるの?」
「わたしは元々人族の領土で暮らしてたんですけど、魔王様を暗殺しにやって来たら返り討ちにされて、なんだかんだで魔族側に鞍替えしたんです」
「なるほど、たまによくある話だね」
「ぶっ」「ごふっ」
モカとリョウバがちょっと噎せた。
「失礼――」リョウバがナプキンで口元を拭い、「しかしイオリ様、私は寡聞にしてエクスナ以外の事例を知りませんでしたよ」
「え、ああ――私のもといた場所ではね、何度か見たことが……、そう、物語としてね!」
ゲームのこととかは、迂闊に話せないのでつっかえながらもそう説明する。
実際、光落ちも闇落ちもゲームや漫画ではしょっちゅうあることだからね。
某伝説の軌○シリーズだけでも両手に余るし、暗殺つながりで漫画のイト○くんなんかもそうだし、光落ち→さらに闇落ちみたいな原作版リオ○様もいるし。――怖いので原作は未プレイだけど。
そういえば兄が『子供心に一番衝撃的だったのはク○ノの魔王が味方になるシーンだったな』と言っていたっけ。
それも未プレイだった私は強めに兄を殴り、けっきょくテンションが落ちて未だにやってないんだよなあ。
……魔王にあげたソフトのなかに入ってたっけな?
などと思い出に浸っていると、
「なるほど……、さすが天上の世界は物語ひとつ取っても懐が広いのですな」
リョウバはなんだか勝手に納得してくれたのでよしとしよう。
モカはなんだか恐縮した様子で、肩身が狭そう。……食事の場で噎せたのを気にしてるのかな。
「ねえ、モカ」
「は、はいっ、なんでしょうかイオリ様」
うーん、単に緊張してるのかなあ。
「ロゼル班にいるってことは、あの子が私の身体作った後の検査とかやってくれたのかな?」
「あ、はい。あのとき班長は何も言い残さず眠ってしまったので、皆おっかなびっくりでしたが……。その、班長が製作したものは、傑作か危険物か2極化するものでして……」
すごいなロゼル。他から聞く話だけでどんどんキャラが固まっていく。
「あの、なにかお身体にご不調などあるのでしょうか」
「ん? いやいや、問題ないよ。けど長旅になりそうだから、何かあったときモカに相談できるなら安心かなって」
「……っ、お、お任せくださいっ。現在ロゼル班は、全力で班長の口を割らせようと努力しておりますので、出発までにはイオリ様の専属医師としてひと通りのことはできるよう準備して参ります!」
やば、余計にプレッシャーかけちゃったかな。
「うん、まあ、さっき見たとおりで私やたらと頑丈だから、無理のない範囲でね」
――ん? あれ? いまモカが変なこと言ってなかった?
「ところで口を割らせるって?」
「あ、その、班長は当時の記憶を失っているのですが、どうも手が覚えているというか、無意識に何かを掴んだというか、明らかに技術力が向上しているのです。ですが本人は自分こそこの旅に同行すべきだと言って、誰にもその知識を開示しようとせず……」
ああ、そうか、そりゃ立候補するよなあ、ロゼルなら……。
たぶんバランが棄却したんだろうけど。
「その件は私とバランも手伝う予定だ。絶対に白状させる」
力強く魔王が言った。
「きょっ、恐縮です。お手数をおかけしまして……」
どうも苦労人タイプっぽいなあ、モカ。
「しかしイオリ貴様、カゲヤとエクスナの素性はともかく、暗殺されかけた私を少しは心配したらどうなんだ」
魔王が不満げにそんなことを言う。
そういえばそこから話が逸れたんだったな。
「いや魔王様、それ昔の話ですよね? 今ぴんぴんしてるじゃないですか」
「今に限らん。あの時も無傷で捕縛したわ」
「なおさら問題ないことになりますが」
「いやー、あのときは清々しい完敗でしたねー」
お代わりした魚をたいらげたエクスナが楽しそうに語る。
もちろん私も、会話しながら淀みなく食べていました。
続いての料理は、炭水化物系である。
さすがに昼食だしフルコースにはならないか。
ニョッキみたいな丸っこいお団子に、薄茶色のソースがまぶされ、緑と赤のスパイスがまぶされている。
「白嶺芋と小麦の練り物に、スラーフェという海獣の肝を裏漉ししたソースを絡めたものです」
バランが料理の説明をしてくれる。
ちなみに芋とか小麦とかは、私が適当に意訳しただけで、こちらの世界の芋的なものや小麦的なものと地球のそれが同一の植物かどうかは知らない。
見た目や味は同じっぽいし、それを食べるのはこちらの世界の物質でできた義体だからあんまり気にもならない。
もちろんこれも美味しかった。
ぱっと見はホワイトソースとかチーズソースに見えるけど、もっとはっきり動物性のなめらかな旨味があって、淡白で噛みごたえのいいニョッキもどきとよく合う。
またまたちなみに、チーズや醤油などの発酵食品もある。本当に、家電製品こそないものの代わりに魔力を用いた装置があるし、文明レベルは普通に過ごしていてストレスを感じない程度には発達しているのだ。
まあ、魔王城の特別ゲスト扱いという高待遇だからこそ、なのかもしれないけど。
平均的な暮らしぶりがどのようなものかも、これからの旅でわかることだろう。
楽しい旅になればいいな、と思いながら私はニョッキをお代わりし、最後のデザートも堪能したのだった。