昼餐会
やっぱり色々とおかしい、この身体は。
ここ最近は平和な日々だったので忘れかけていたが、どうにも今の私は好戦的というか、躊躇がないというか、それこそゲームで雑魚キャラを倒すようにリアル魔獣を仕留めるし、良質なパズルゲームでブロックを消した時のエフェクトを堪能するように人族や魔獣が死ぬ様を眺めている。
幸い、私の思考とか意志を何かに乗っ取られたり侵食されたりといった不気味な感覚はないが、それが逆に薄気味悪くもある。
でも一方で、そうでなければこの世界で過ごすのは難しいだろう、というのも理解できるのだ。
なにしろ何百年もずうっと戦争を続けている世界だ。
もとの華奢なメンタルの私では卒倒しっぱなしになってしまうのは間違いない。
この身体を作るときにもロゼルに神様が何か恩寵を授けたと言っていたし、気を遣ってくれたのかもしれない。
……もちろんシア以外のどこかの神様が。
奴にそんな配慮ができるとは思えん。
でも、今度シアが来たらそのへんも突っ込んでみようか。
まともな回答が来る可能性は低いけど。
それまでは様子を見つつこの身体に慣れていくしかない。
なにしろ最低2年はこのままでいくのだ。
さっきみたいに戦闘に夢中にならないよう、できるだけ冷静かつ客観的でいないと。
……難しいなあ。
色々考えながら湯浴みを終えた。
サメグマを貫いた右腕以外にもあちこち返り血で汚れていたので、サーシャが持ってきた水桶だけじゃ足りなかったのだ。
というか仮にそれだけで私としては綺麗になったと思っても、サーシャは決して許さない。きっちり全身をお湯で清めるまで私の側を離れなかっただろう。
一人称『サーシャ』をあげてから、彼女の振る舞いが加速度的に献身さを増していた。
私が呼ぶときも、これからは『さん付け』不要と自ら言い出したし。
とはいえ、
「さっきはよくもやってくれたねサーシャ」
「魔王様のご命令でしたので」
「いやあの場じゃ何も言ってなかったじゃん」
「言わずとも察するのが側仕えの心得です」
すました顔のサーシャ。
「それにサーシャとしましても、イオリ様があの程度の魔獣に不覚をとるとは思えませんでしたので」
「私っていうか、このロゼル特製の身体のおかげだけどね」
「確かにイオリ様の義体は素晴らしい性能ですが、それも使い手あってのものです。恐怖や焦り、それに躊躇のない動きはイオリ様のご意思によるものですよ」
……その意思が私本来のそれより強化されてるんだけど、それを言うと逆に心配されそうだな。
湯浴みを終え、冷たく甘酸っぱい果汁を飲みながら少し涼んだ後、また別の部屋に向かうことになった。
食堂である。
正確には昼餐の間という。
魔王様は朝昼夜それぞれ違う食事用の部屋を持っているらしい。
流石にやり過ぎだろうと思わなくもない。
明るい色の木材でできた両開きの扉の奥は、中央に大きな円卓が置かれた部屋だった。
既にバランとパーティメンバーの5人が座っている。
「え、もしかしてずっと待たせてしまいましたか?」
「いえ、別室で今後のことを説明しておりました。この部屋へはつい先程」
とバランが言い、立ち上がって私の席へエスコートしてくれる。
背もたれが高く、座面の硬めな椅子だが座り心地はいい。
私とバランが部屋の奥側で、間にひとつ空席を挟んでいる。それだけが他より一際豪華な椅子なので、魔王の席だと知れた。
「先ほどのご衣装に負けず魅力的な装いですね、イオリ様」
「へぁ?」
いかん、変な声が出た。
褒めてくれたのは斜め向かいに座っているオレンジ逆毛の男前である。
先程の初見時、式典をやるような部屋に向かった際は彼らと同じく私も黒ベースの礼服だった。
訓練場では、前にも着た動きやすい衣装。
そして今は薄紫のドレスである。毎回、自室担当のメイドさんやサーシャが選んでくれるのを着ているだけなので、私のセンスとかは関係がない。
体型も顔もずいぶん変わったから、どんな服が合うのかまだ掴めてないしね。
……それにしても、急に褒められると経験が浅いのでキョドってしまうな。
「――ありがとう」まずはそう応え、「……そういえば短名を聞いていませんでしたね、リョウバルスラムさん」
「もう名前を覚えて頂けたのは誠に光栄です」男は渋い微笑みを浮かべ、「リョウバとお呼びください。恐れながら、呼び捨てでお願いしたく存じます」
「わかりました、リョウバ」
その流れで、全員の短名を聞いていった。
赤髪のロゼル班にいるという女性がモカ。
印象薄めの白髪男性がシュラノ。
金髪少女がエクスナ。
黒髪の男がカゲヤ。
そして私から彼らへの言葉遣いについて、『さん付け』禁止、敬語も使わない、という取り決めがバランによって結ばれた。
「我々も緊張してしまいますので、その方がよろしいかと」
リョウバがそう言い、他の4人も深く頷いた。
全員の前に置かれた食前酒がそれぞれ空になる頃、サーシャが魔王の入室を告げた。
……もしかして、私以外みんな、飲むペースを合わせてた?
いやいや、地球でだってマナーなんか知らないのに、こっちの世界じゃさらにそうだよ!
居酒屋の飲み会しか知らない大学生に異世界の酒席の作法とか求めないで!
扉が開き、魔王が入ってくるとなんだか部屋の空気が入れ替わったような気がする。
こういうのがオーラっていうのかな。
席につく仕草すら見とれてしまうほどだ。
「出立まで1週間ほどだ。荷造りや引き継ぎで忙しくなるだろうが、英気を養ってもらいたい」
あらためて魔王を含めたグラスに酒が注がれ、前菜が並んでいった。
どうやら乾杯という習慣はないようで、魔王がグラスに口をつけた後、他のみんなも飲み始める。
お酒は薄黄色で、白ワインみたいな見た目だけど酸味はほとんどない。むしろウイスキーの水割りとか、そんな方向性の味だ。
もちろん魔王様が飲むお酒だけあって、香りもいいし味も深い。飲み下すと、あたりが静かで深い森になったのかと思うような清々しい気配が残る。度数はそこまで強くなさそう。
「各自の資料にはひと通り目を通した」
前菜を優雅に口に運んでから、魔王が口を開いた。
ちなみに前菜は焼き目の鮮やかな野菜と、薄い層が連なったテリーヌである。
野菜はいちいち香ばしくて美味しいし、テリーヌはもうわけがわからないぐらい複雑な旨味が押し寄せてくる。
他のメンバーも目を輝かせて食べているが、さすがに魔王の言葉を聞き逃すようなことはない。
……いや、金髪の女の子、エクスナだけは皿の上に視線を固定しているけど。
「互いのことは説明済みか?」
魔王がバランに訊ねる。
「イオリ様を除き、5名には先程」
「そうか。――イオリ」
「はい?」
私もようやく、皿から視線を上げる。
そう、私もずっと食事に集中しっぱなしである。
周りの動きは気配でわかるからね。
「……美味いか?」
「とっても」
魔王はグラスから一口を含み、味わうように目を細めた。
「まあ、貴様ならば気にすることもないだろうが、伝えておこう。――カゲヤ、エクスナ」
魔王に名を呼ばれ、黒髪の男性が居住まいを正し、金髪少女も食事の手をやっと止めた。
……やっぱり大物だよな。
「この2名は人族だ」
さらりと、魔族領土の最奥に位置する魔王城内において、大魔王はそう言った。