魔王様のお言葉
「まずは今回の計画に選ばれたことを誇るがいい」
魔王様が、いつもより遥かに尊大な口調になっている。
仕事中はこうなのか?
「この計画の目的は、人族とその領土の視察である。だがそれ自体は貴様らの任務ではない」
妙なことを言い出す魔王様。
「視察の対象を決め、行動に移し、成果を持ち帰るのはここにいるイオリだ。貴様らはイオリを護衛し、イオリの定めた目標を達するための必要な手筈を整え、道中の雑務を処理することにある」
ああ、そういうこと。
でもその言い方はどうかな?
私が手柄を独占するみたいな感じになってるし!
「イオリは、神から我に遣わされた使者である。この魔王城にいる誰よりも優先される存在である。道中における彼女への危機は、すべてに命を懸けて対処せよ。もしもイオリが傷を負うことがあった際、貴様らがまだ死んでいない等というような事があれば、一族すべてを滅する」
ぅおい!
突っ込みたい! 言い過ぎですよって突っ込みたい!
でもこの場ではおとなしくしとけって事前に言われてるしなあ。
くそう、あとでこっそり訂正してやる。
「イオリは最近まで天上に身をおいていたため世事に囚われぬ。貴様らが常識と思っていることを、イオリは知らぬ。だがそれは逆も然りである。そして我はイオリの知恵こそを望んでいる。彼女の問いには全て誠実かつ正直に答えよ。虚偽や不敬な振る舞いはイオリの判断で極刑まで下す」
だから待てと。
ほら、みんなさっきよりずっと魔力が乱れてるじゃない!
あ、でも金髪の子はまだギリギリ制御できてるみたい。大物か?
「では、イオリからの言葉を賜るがよい」
そう言って魔王は私に振ってきた。
……この空気で何を喋れと?
数歩進んで、魔王より前に出る。
5人の視線がすうっとこちらに向けられた。
……大丈夫、ゼミの初めての発表のほうがもっと緊張してた。このぐらい平気。平気なんだってば。
「サクライオリ。短名は後ろになるので、イオリと」
この世界では、氏名――苗字と名前という考えがない。長名と短名という仕組みになっている。
長名がバランザイン、短名だとバラン、みたいに。
公的な場での名乗りや、契約書にサインする時に長名を使い、普段の会話ではその半分ぐらいに略した呼び名である短名を使う。
後ろ半分の『ザイン』が家族関係を表すとか、そういうこともない。『バランザイン』でひとつの名前なのだ。
別に家系という概念がないとかいうわけではないのだけど、文化の違いというやつなのだろう。
「魔王が言った通り、私は地上の世界に疎い。だが私が備えている知識を魔王の役に立てるには、人族の領土を見て知見を蓄える必要がある。長い旅になるが、よろしく頼む」
別の世界から来たっていうことは、まだこのメンバーには内緒という事前の取り決めになっている。
私からすれば天上から来たっていうのは同じようなものだけど、魔王やバラン曰く『そのほうがまだ現実的であるし、神々の世界について尋ねられても禁句で通しやすい』のだそうだ。
……それにしても、うう、初対面の人に挨拶するのに敬語を使えないこのストレス。
魔王からもバランからも、舐められないよう敬語とか使うなと言われたのだ。
魔王に対しても『様』はつけないようにと。
5人とも、真剣な表情でこちらを見ている。
睨まれている感じではなく、こう、なんだか頼もしい雰囲気である。
「――よし、合格としよう」
ふいに魔王がそんなことを言い、
「ありがとうございます」
バランがそれに返した。
「え?」
振り向いて魔王を見ると、さっきまで強めていた魔力を普段のレベルまで戻し、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
手振りで後ろに下がるよう私に指示し、再び前に出る魔王。
「――私の威圧に耐え、説明した内容に落胆や動揺を見せなかった事を評価しよう。加えて最も重要だった点は、イオリに対する姿勢だ」
さっきまでよりだいぶ和らいだ、それでも自室よりは強めのトーンで魔王は話す。
「見ての通り、イオリは外に発せられるほどの魔力を持っていない。どころか魂は人族のそれに近い。物腰にも武の気配はなく、先程伝えたとおりこちらの常識に疎い。素性を知らぬ者からは馬鹿にすら見られるだろう」
おやおや、さっきよりぐっと下がった言われようですよ?
「イオリの安全を確保しつつ人族の領土へ踏み入ることは困難を極めると予想したはずだ。だが貴様らの顔に侮りや嫌気など負の色はなく、任務達成に向けた気概のみが感じられた。――あらためて伝えよう。合格だ。全力をもって励め。道中の評価次第では、帰還後も継続して本計画への採用を検討する」
5名に、ほっとした雰囲気が広がった。
同じく私もほっとする。
「ああよかった、初っ端に魔王様なに言い出すのかって突っ込むのずっと我慢してたんですよ。にしても内定後に秘密の最終試験とかどんな難関企業ですか。――ああ、皆さんすみません、私もアレ普段の態度じゃないですからね。これからよろしくお願いします」
にこやかに笑いかける私。
驚いたように目を見開くパーティメンバーのみんな。
――揃って目を覆う魔王とバラン。
「イオリ、貴様の態度自体は継続してもらう予定だったのだぞ」
「イオリ様、以前にも申しましたでしょう。上に立つことに馴れたほうがよろしいと」
「ええっ、そんな!」