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命名神イオリ

 10日ほど経過しました。


「装置が直って、向こうへ帰って、状況整理したらお願いしたいことまとめて伝えます。ですからそれまで、今まで通りで! もう謝ったりすまなそうな感じ出すの禁止です!」


 魔王とバランに、わたしはそう告げた。

 ふたりとも抵抗していたけど、どうにか最終的には飲んでもらえた。


 ただし、

「――どうか、どうかロゼルだけはその対象外にして頂けないでしょうか。そのような慈悲を見せてしまうと絶対にあの妹は味を占めます」


 悲壮な顔のバランにそうお願いされたので、ロゼルだけは引き続き反省モードを強いることにした。

 ……本人にはあまり効果がなさそうな気がするけど。


 で、今まで通りということで、人族による魔王討伐計画を進めている。


 直近の目標として、「レベルとステータスの測定装置を作る」ことと、「私が人族の領土を視察してくる」という2点がある。


 他の計画は時間がかかるものが多いので、バランに全体管理をお願いしていた。


 さて、人族の国々を見て回るには、あっちの言葉を覚えなければならない。


 この世界の言語は、大本を辿ると神様が使っていたものらしい。

 それを古代の魔族と人族が真似るようになり、それぞれの領土内で時間をかけて変異していったという。


 なので人族の言語と魔族の言語は、似ている箇所がだいぶ多い。まあ言ってしまえば超極端な方言だし。

 魔族の言語はもうだいぶ覚えてきているので、人族の方もわりとスムーズに勉強が進んでいた。


 勉強場所は私の部屋だったり魔王の部屋だったり。

 相変わらずへっぽこな魔王のゲームプレイを指導することも続いているので、日中は魔王の部屋にいることの方が多いかな。


「……装置が、直るまでっ、……私はゲームを禁止、しても、……しなければっ」

 なんだか泣きそうな勢いで魔王がそんなことを言ったりもしたので、

「いいですよ別に。でも時々私にも貸してくださいね」

 そう言ってめちゃめちゃ感謝されたりもした。



 今日も魔王の部屋で座り心地の最高なソファに背を預けながら勉強していて、ふと思いついたことがある。


「そろそろ一人称を変えませんか?」

「なに?」


 ゲームではなく他の執務中だった魔王が顔を上げる。


 私が勉強している机の対面で、ステータスの項目を練っていたバランもこちらを見た。

 サーシャは黙々と部屋のお掃除中。


「ほら、最初に日本語教えたとき私が自分のこと『わたし』って言ってたから、魔王様もバランも同じ一人称じゃないですか」

「ふむ。――それは不都合なのか?」

「会話に不便なことはないですが、日本語の一人称って立場や性質や性別によって変えるものなんですよ」


 こっちの世界だと、一人称は男女で違うだけの2種類しかないようだから感覚が通じるか微妙なところだけど。


「……確かに、キャラによって随分違うから初めは戸惑ったな」


 うむ、魔王は理解が早い。


「そうなんですよ、特に魔王様なんてその辺を気にしないと威厳がなくなったり違和感出たりしますからね」

「そういうものか」

「ええ。ですからここらで変えちゃいましょう」


 魔王は顎に手を当てた。


「どんなものが似合うのだ?」

「そうですねえ、一般的な魔王はちょっと古風なやつ使うことが多いんですよ。『余』とか『我』とか『儂』とか」

「一般的な、魔王……」


 横で聞いているバランが妙な表情になった。


「気にするなバラン。ゲームに魔王が出てくるのは常識だからな。イオリほどの練達者ならば無数の魔王を倒していることだろう」


 この世界では唯一のリアル魔王はなんだか楽しげ。


「他にも『吾輩』や『俺様』なんかもありますが、前者は地球のとある有名人がほぼ独占してる関係上、脳裏に浮かんじゃうのでNGです。後者は魔王様のキャラに合いません」

「そうなると、最初に言った3つから選ぶのが良いか?」

「はい。ですけど『儂』は見た目おじいちゃんじゃないと難しいんですよ。例外的に似合うのは実年齢不明系の魔女とか吸血鬼少女ぐらいなものです。なので『我』か『余』がオススメですが」


 魔王は私の目を見た。


「どちらが良いと思う?」

「んー、個人的な好みなら『我』ですかね。『余』って魔王だけじゃなく普通の国の王様も使いがちなんですよ。『我』には唯一で確固たる己、みたいなニュアンスがありますから、魔王様には似合うと思いますよ」


 そう言うと魔王は機嫌よさげに

「ではそれにしよう」

 と頷いた。


 ――裏技として『我』と書いて『オレ』と読ませることもできるけど、それはそれでオンリーワンなキャラがいるので言わないでおいた。

 魔王が喋るたびに脳内であのCVによる高笑いが聞こえてきそうだし。


「オッケーです。今までと助詞が変わるパターンがあるので、ゆっくり馴れていきましょう」


 そして私は隣に視線を動かした。


「バランさんは何にしましょうかねえ?」

「え、私もですか?」


 バランが目を丸くした。


 まあ、ここはあんまり悩まずフィーリングでいこう。


「うん、『わたくし』がいいと思いますよ。これはハイレベルの執事とか参謀タイプじゃないとなかなか使いこなせないんです。頭が良くて上品で礼儀正しくて一方で芯が強かったりするともう最高です。バランさんにぴったりだと思いますが」

「『わたし』から一文字増えただけで、ずいぶん変わるのですね……」

「それが日本語の奥深さです」

「それにしても、そこまで過分に評価頂けるとは……」


 バランは控えめながらも嬉しそうな顔になった。


「承知しました。イオリ様からのご厚意を有り難く頂戴致します」

「はい、ではこれから『わたくし』でお願いしますね。これは今までと同じ感じで喋って大丈夫ですが、ここぞというときには『(わたくし)めに』と言ってもらいたいです」

 

 この辺、完全に私の好みである。


「じゃあ、最後はサーシャですね」


 ぴくりと、掃除をしていた彼女の肩が動いた。


 ふっふっふ、視線は掃除に向いていても意識はこちらに向いているのを見逃す私じゃないよ。

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