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説明ベタと説明無し

 RPGの冒頭なんて、移動してAボタン連打するだけでも進めるようなものが大半だと思う。

 男がプレイしていたこのゲームも、ダメージ量こそそれなりだし、ボスのカタツムリがやや固いし痛いものの、2時間以上かけて先に進めないということはまずない。


 あれだけ真剣な表情でコントローラーを握っていた謎のイケメンは、いったい何をしていたのだろうか。



「――ですから、私が伝えたのは彼のことなんですよ。どうしてなにもしてあげなかったのです」


 ……翌朝、またも私はゲームキャラに姿を模した謎存在と対面していた。


「ええと、やっぱりあの人がそうだったんですか」


 いや、うっすら察してはいたよ?

 でもあんな近寄りがたい美形だとは聞いてないし、言葉も通じなさそうだし、実は普通の人だったら私が不審人物に思われそうだったし。


 もっとこう、あの人が敵と戦う場面に遭遇したり、私が正体不明の化物に襲われるところを助けに入ってくれたり、そういうありがちな展開なら私もスムーズにテンションを合わせていけたと思うんです。


「……まあ、こちらも悪かったとは思うのですよ。あれから、他の者にも叱られました。詳細な指示や説明は我々に望まれているものではないのですが、それにしても他の世界の相手に対して、不親切に過ぎると」


 ああ、あなたみたいな存在が他にもいるわけですか。


「そういうわけで、改めてやって来たわけです。はい、説明ですね、説明――そうですね、またこの時間になった理由ですが、あなたが目覚める手前の半覚醒でないと、この世界では干渉できないのです。……ええと、他に何を述べればいいんでしたっけ?」

「いや、こちらに言われても……。ああ、話戻しますと、あの男の人で合っていたということなんですよね?」

「ええ。ではお願いしますね」


 そう言って、昨日と同じヒロインの姿が、あの靄に戻ろうとする。

 待て待て待て、とそれを食い止める。


「だから説明ヘタすぎるでしょあなた!そんなんじゃ帰ってからまた説教されますよ」

「困りますね。あれはなかなか辛いし恥ずかしかったのです」

「ならもっと詳しく伝える努力をしてください。――それじゃ次の質問ですけど、あの人何に困ってるんですか。それわからないと協力のしようもないですし。ていうかそもそも言葉通じないんですか?あなたみたいにこっちの言葉使えたりしませんか?」

「……次から次へと質問が続きますね」

「そうですねごめんなさい!いったん切りますからここまでの点教えてもらえますか!」


 だいぶこの状況に慣れてきたので、イラつく余裕もでてきたよ。


 目の前の美女――ちなみにゲーム内では勿論こんな性格ではない――は、おっとりと眼を伏せて語った。


「彼はある理由から、この世界に助けを求めてやって来ました」

「1歩も前進してない!なんでそこはぐらかすんですか」

「あっ」女が大きくまばたきをした。「そろそろあなたの身体が目覚めてしまいますね。もうちょっと頑張れませんか?」

「それはこっちの台詞だ!」


 この状態、いくら怒鳴っても喉が痛くならない点だけは便利だ。


「……ゲーム、そう、ゲームというものです」

「は?」

「そこに求める叡智が眠っている、それが彼に託された予言なのです」

「へ?」

「彼の名はシゼルイシュラ」

「なんて?」

「ではよろしくお願いします」

「ちょっと待ってまだ帰る流れじゃない」

「ああ、失礼しました。――おはようございます」

「だから違うっつうの!」


 

 ――おはようございます。


 快適な目覚めでしたよ。ええ。

 とりあえず枕に八つ当たりしました。



 私がバイトに入るのは、火曜と木曜の夕方から、それと日曜の昼間が基本的なシフトである。たまに他の日にヘルプで入ったりもする。一人暮らしで実家から家賃プラスアルファの仕送りはもらっているので、まあこれで不自由はしていない。


 水曜はフリーターの男性で、日曜のシフトが被るので顔見知りである。昨日のことは、申し送り事項に書くほどではなかったけれど、ラインで教えておこうかな、などと授業中に考える。しかしなんて言えばいいんだ、正体不明のハイクラス風美男子がひたすらデモ機で遊ぶかもしれません、なんてラインを送っても混乱させるだけかもしれない。


 しかしお昼を食べる頃にはそんなことも忘れてしまい、午後には語学とゼミで頭を使い、夕方五時頃になって大学を後にした。

 その水曜シフトの人からラインが来たのは、電車の中だ。


『すっごいイケメンがずっとデモ機やってる。超浮いてる。なぜかこっちが緊張するんだけど』


 ああ、今日も来たんだ。

 バイト先は、私の住んでいるマンションと同じ駅である。ふたつあるスーパーの、遠めの方に寄るルート上だ。

 

 あの説明ベタな謎存在の言葉が脳裏をよぎる。

 ……イラつきも思い出す。


 けどまあ、あの男の人が本当に助けを必要としているなら。

 ゲーム、というキーワードも気になるし。

 ちらっと見てみようかな、と私は思った。


 駅について、のんびりと歩く。

 店に入って、横目でちょっとあの男を見て、ラインをくれたバイトの人と喋って、最後に社割でまたソフトを買おうかな、積みゲーまだあるけど。

 ……ええ、話しかける勇気が足りません。

 やっぱ、具体的に困ってる内容わからない時点で、手の出しようもないよなあ。


 そんなことを思いながら足を動かしていると、やがて店が視界に入り、あと十メートルぐらいになったところで、その自動ドアからお客さんが出てきた。

 

 あの男だった。

 思い切り目が合った。

 

 店の外で顔を知っているお客さんと会うというのは、なかなか気恥ずかしいものがある。けどまあここはほぼ店の前だし、そもそもあっちは私のことを覚えていないかもしれないし。


 男が威厳のある微笑みを浮かべた。

 どうみても私に向けて。


「あ、どうも……」

 反射的に日本人的な挨拶が口に出た。 


 男は今日も昨日と似たクールビズの社会人みたいな服装……、いや、同じ服?でもシワひとつないし、もしや同じ服を何着も揃えるタイプの人か。

 などと思っている私の方へ、男は流れるような足取りで歩み寄ってきた。


 しかしそのまま男はすれ違い、私と逆方向へ。


 思わず振り返る。

 ええと、あの謎存在なんて言ってたっけ?

 そう、名前。


「……シゼル?」


 いやもっと長かったってことは覚えてるけども。


 けれど私の半端な記憶による呼びかけでも、男は反応してくれた。

 振り返り、驚いたような顔で私を見つめる。


 そして彼の口から言葉が流れ出す。


「XXXXX、XXXXXXXX、XX、XXXXX」


 うん、何か問いかけるような口調なのはわかりますが、意味はさっぱりわかりませんよ?


 私が外国人のように肩をすくめ、首を傾げてみせると、男は顎に手をやり、視線を逸らして何か考え込む様子になった。

 ううん、様になりますねえ。


 そして数秒後、男はまた私へ目を向けると、今度はゆっくり言葉を発した。


「……ヴォーソライネン」


 単語は聞き取れたけど、やっぱり意味はわからない。

 

 そして、男は深々と頭を下げた。


「え?」


 戸惑う私の意識が、

 ふっと離れるように、

 男に吸い込まれるように、

 ………………。



 気づけば、そこは真っ暗な空間だった。

 私はそこに浮かんでいる。

 少し遠くに、ひとつだけ灯りが見える。

 近づいていく。

 随分と遠い。


 それは光の渦だった。

 近づくほどに、その巨大さが露になっていく。

 銀河系みたいに、星の粒が集まり、流動している。

 綺麗だ。

 私もそこに混ざりたくなってしまう。


 ふらふらと引き寄せられる私を、しかし見えない壁が阻む。

 光の渦に、それ以上向かっていけない。

 どうしたものかと悩んでいると、今度は後ろから引っ張られた。


 また気が遠くなった。

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