断章:あなたは絶対来ちゃだめでしょ(プロットにないんだから)
その日、カゲヤは新市街へと足を運んでいた。
かつて貧民街と呼ばれていたここでは老朽化した――というより始めから手抜きにもほどがある造りだった家屋を取り壊し、建設工事がそこかしこで進んでいる。
「少し良いですか、ダズ」
そうした工事現場の一角で周囲より頭ふたつほど抜き出た長身の男へ声を掛ける。
「……」
無言でこちらを見返し、周囲の男たちにも黙礼してから近づいてくる。
警備隊に所属し、訓練時以外は普段シナミの護衛兼補助をしている男だが、今日は休日となっている。
「実際に休んでいる日はありますか?」
そう尋ねると困ったように視線が泳ぐ。
はじめのうち、自身が休日でもシナミが働いていれば側で手伝っていた。それを警備隊隊長のリョウバとシナミ当人が注意してからは、こうして建設作業や解体作業のボランティアに精を出しているという。
「重ねて注意をしに来たわけではないので気にしないよう。あなたに尋ねたいことがありまして」
自分も大概無口な方と言われるが、さすがにこの男には勝てない。
「傭兵団、【気炎の翼】について」
その言葉を口にすると、ダズの目に僅かな驚きが浮かんだ。
【気炎の翼】――大荒野で活動する数多の傭兵団の中でも上位3本に入る大規模な組織の名だ。
構成員数と総合戦力はもとより、殊にこの集団が名を広めている理由のひとつに、ある珍しい行動が挙げられる。
退役する戦士に対して、仕事の斡旋と金銭の補助を行うというものだ。
もちろん各国の正式な軍隊や、ある程度の規模から上の傭兵団でも恩給や傷病手当、あるいは共同基金などの制度を持つことは珍しくない。
【気炎の翼】が特徴的なのは、自陣に所属していた者だけでなく、他の傭兵団や各国の軍人にもその手を差し伸べていたということ。更に加えて、何かしらの犯罪や違反で除隊された者ですら対象になるのだという。
当然ながら全員無条件というわけではないものの、それによって多くの者が救われているという事実があり、それがさらに希望者を呼び寄せるという循環を起こしている。
【気炎の翼】がその見返りとして彼らに求めることはただひとつ。
将来なにか頼み事をした際には、1回限り可能な範囲で受けてもらいたいということ。
「ダズ、あなたは退役する際に【気炎の翼】から声をかけられていますね」
よくそこまで調べたものだ、と内心でエクスナ率いる特殊軍を賛称しながらカゲヤは彼に問う。
正確には除隊。ダズは横暴な上官から仲間を守るために反撃し、加減を間違えて殺してしまった過去を持つ男だ。
「そして彼らからの補助を断ったと聞いています。その理由はなんだったのでしょう?」
するとダズは、先程よりさらに困った表情を浮かべた。相変わらず言葉はない。
「信用できなかったから、でしょうか」
眉間にシワが寄るが、ダズが語ることはない。
――恩を受けたわけでもない相手を悪く言うことにさえ罪悪感を覚え、口を噤んでただ耐える、そういう男とだと理解しているのでカゲヤは腹も立たなかった。
「ではせめて、声をかけてきた者の名を教えて下さい」
一歩近づいてそう告げる。
逡巡した後にダズは城門の如きその口をようやく開いた。
「ベアーガ、第七中隊長補佐、と」
「わかりました」
第七中隊は、いわゆるスカウト隊だ。その隊長補佐が声をかけたとすれば当時のダズはそれなりに名を馳せていたのだろう。
――今日ここへ足を運んだ切っ掛けは、先日までの旅でイオリが遭遇したという男に起因する。
カーズという狩人。イオリに復讐するつもりだったというならず者の連れ。
その連中に関してはカゲヤの記憶に残っていた。あの2神が降臨された森で出くわした連中。
シュラノから顛末を聞いたときには、あのとき逃さず仕留めておくべきだったと後悔したものだ。
ともあれ、カゲヤ自身は会うことがなかったその男、カーズがあの連中につき合って不死の獣を追うことになったのは、以前に世話になった人物から頼まれたからだという。
不死者の集団に会った後に下山したイオリたちは黎明都市の街でカーズと落ち合い、その依頼主についても確認していた。
第七中隊長、ヒルド。
ダズに声をかけたという男の上司に当たるのだろう。
――無言で佇んでいるダズを見上げながらカゲヤは思考する。
【気炎の翼】の中隊長が、不老不死の獣を狩るために動いている。大荒野で活動する傭兵団に属する者が、わざわざ大陸の端まで手を伸ばして。
かの傭兵団にはパトロンがついているというのは有名な話だが、その糸がどこに繋がっているのかは定かではない。
ただ有力な候補としては2つ。
カイネ商業連合、そして、ローザスト王国。
この件について密かに話し合った際、エクスナはげんなりとした顔で言っていた。
『いや取り越し苦労にも程がありますよ普通は。普通は、ですけどね! 手広い傭兵団、ローザスト王国、そして不死の獣に不死者の集団――ああもうすっごい未来が見えますよイオリ様がその渦中に気軽に飛び込んで私たちも巻き込まれる絵が! ははっ占い師にでも転職しましょうかねえ私!』
――エクスナの未来予想図に引っ張られて自分まで気を滅入らせるわけにはいかない。
今確認すべきは、眼の前にいるダズが本当に【気炎の翼】の誘いを断ったのかということ。
貧民街にまで身を落としていた彼だが、例えばそれが依頼であった場合。
この街を収めていたステムナ大臣やその配下を探るという内容であったなら、それはもう済んだこと。しかしバストアク王国への諜報という括りであれば今も継続している可能性が残る。
あるいは【気炎の翼】が頼むのは一度きり、という噂が意図的なもので、依頼の追加や更新があるとすれば。
これがエクスナやフリューネであれば容赦なくダズを質問で詰めていくことだろう。
だがカゲヤは、かつての貧民街から彼を見出して警備隊に配属した自責と自負がある。
故に。
「ダズ。我々はこの先、【気炎の翼】と対立する可能性があります」
目を見開くダズに、カゲヤは淡々と告げる。
「あなたを疑う者が出てくることもあるでしょう。ですが自分はこれまで通りあなたを重用します。必要とあらば釈明もしましょう。そして――もしもあなたが【気炎の翼】に何らかの恩があり、それを返さなければならない場面に陥ったとしたら――それも構いません。なにか事を起こす前に自分が必ず殺すので」
信用することと、万一に備えないことは話が別だ。
そして、眼の前の男は今の言葉に安堵する性質であることは理解している。
「感謝いたします」
1日に2回言葉を発するのは、この男にしては珍しい方だろう。
そしてその視線が、ふとこちらに注がれる。
「ああ、これですか、訓練で少々」
痣の残る頬や首筋が思い出したように疼痛を訴える。
――昨晩の飲み会。長々と質問攻めに遭った挙げ句に『貴様ら、明日の朝日を拝めると思うな』となぜか逆上したリョウバと外で戦う羽目になったのだった。
今思うとあれはシュラノの発言がまずかった。同じ部屋で宿泊しただの敬語を廃しただのと。なぜか浜辺で訓練したというところでも沸騰していたが。
「では、これで」
と踵を返して新市街から戻ろうとしたとき、遠くから駆けてくる人影が目に入った。
疾走してくる様から心身熱烈教かと身構えてしまったが、よく見ればそれはリョウバだった。
さては二日酔いから覚めても怒りは冷めず再度戦うつもりか。
やや本気で構え直したが、近づいてくるその表情は怒りではなく焦り。
「……どうしたのですか」
目前で急停止した彼に問いかけると、
「――――」
返ってきたその言葉に、カゲヤはらしくもなく
「は?」
と思考が停止した。
◇◇◇
ほぼ同時刻。
「ロンズさん、あらためてありがとう。色々と助かりました」
郊外に位置する心身熱烈教の第2拠点。絶賛土木工事中のその一角だが今は全員手を休めて整列している。
列から数歩前に出ているのは2名。副代表のミゼットさんと、今回の旅で色々お世話になったロンズさん。ちなみに他の2人は今も隠れ里に残って連絡役を務めてくれている。
「いえいえ勿体なきお言葉こちらこそ熱く御礼申し上げます! 我らが代表にして偉大なる領主レイラ様に微力を捧げることができたうえに数々の御業を目に焼き付けることができた僥倖! 果てには心身熱烈教の新たな秘奥まで授かってしまってはもはやどう御恩を返せば良いものやら一同頭を悩ませている日々でございますれば!」
ホームに返ってきたせいで音量が絶好調になってるロンズさん。
秘奥ってあれか、毒のバステくらってる状態でスクワットしてたアレか。
「気にしないでください、いやホント真剣に……。ええと今日はですね、お返しになればと思いまして」
同行しているシュラノから木箱を受け取る。両手で抱えるサイズだけど、シュラノが持てるぐらいには軽い。
「――っ、この、気配は――!」
一歩近づいただけでなにごとか受信したらしいミゼットさんが唸る。
「どうぞ、開けてみてください」
ロンズさんに手渡してそう告げる。
彼もなにやら身を震わせつつがっしりと木箱を持ち、そこへミゼットさんが寄り添うようにして慎重に蓋を開けていく。
ほわり、と空気が暖かくなる。錯覚ではなくそのアクセサリー効果によって。
「こ……、これ、は……」
目も口も大きく開くロンズさん。
「女神よ……」
ずさり、と地面に膝をつくミゼットさん。
「……むぅえぐぅわぁみぃよおおおおっ!」
そのまま天へと両手を突き上げて慟哭するミゼットさん。なんか有名な映画のポスターであったなこんなポーズ。そしてうるさい。
「女神レグナストライヴァの眷属たる神鳥。かつて試練として私の前に召喚頂き、討ち倒したことがあります。その遺骸を賜りましたので、こうして加工したのです」
それは神鳥の羽を素材にしたネックレスだった。シンプルで太めのチェーンに青い魔石、そこに3本の鮮やかな羽がついていてけっこう派手なネイティブアクセサリーのよう。モカとシュラノの合作だ。
『魔王城帰るときはまた白嶺越えるんでしょ? なんかそれを楽にできる装備とかあるといいよね』
死骸をどう使ったものか相談したとき、私がそう思いつきで言ったことを彼女たちが実現してくれた。装備すると首から腰ぐらいまでは暖かくなる。
けっこう派手なバトルだったので素材に使える部位は限られたけれど、羽は大量にむしり取れた。そのなかでも根元側が白く、先端が真っ赤な背中側の羽にはかなりの魔力が残されており、よりすぐったそれらを使用した逸品である。
「なんと、見事なっ」
「この鮮やかな赤こそ我らの目指す熱き血潮!」
「いやいや、よく見ろ真白き輝きこそが果てなき修練の道標!」
「この暖かさ、骨にまで染み渡る……」
他の人達も整列を崩して殺到し、目を輝かせている。
「20個入っています。なにかその、位の高い人たちの証にしてもいいですしみんなで使いまわしてもいいです。ご自由にどうぞ」
「そっ……! それは、恐れ多くもこれほどの神器をそのようにお気軽に……っ」
箱の中身と私とで視線を激しく彷徨わせながらミゼットさんが苦悶の声を上げる。
「私たちの分もちゃんと残っているので大丈夫です。それに、今回の旅は本当に収穫があったので。ロンズさんにもミゼットさんたちにも詳しいことを話せないのは心苦しくもあるので、そうですね、どうか私の心労を晴らすためにも受け取ってください」
魔王様の異常な強さのことはもとより、ダーミンさんたちのこともロンズさんには話していなかった。それなのに山を降りる際もこの国に戻ってくる時も聞きたそうな素振りすら見せなかったロンズさんには実際感謝しているのだ。『見事な態度です』とカゲヤも称賛していた。
返品禁止とばかりに両手を広げて彼らに突きつけ、笑顔を浮かべて見せる。
すうーっ、とミゼットさんの涙腺がスムーズに緩む。
他の皆さんも同じように。
「い――今一度宣言いたします! 我らが信仰は女神レグナストライヴァ様に! そして我らが忠誠は偉大なる代表レイラ様に! 一同、続けぇ!」
そっと木箱を地面に置いてから、その場に五体投地するミゼットさん。
ドミノ倒しのようにロンズさんや他の信者が続いてく。
5秒とかからず100人以上はいるだろう人たちが地面に横たわる異様な光景がそこに広がった。
どう収集つけるんだよ、とシュラノが目で訴えてくる。
そんなこといったって、とこちらも視線で返す。
と、その視界の端。
こちらへ凄いスピードで駆けてくるのは追加の信者かな? と思ったらエクスナだった。
「え、なに、どうしたの?」
彼女は地に伏している大量の信者を見てビクッとしたけれど、すぐに顔を引き締めて私に詰め寄り、息を整えながら私の耳元で囁く。
「緊急事態です。突然お客様がお越しで」
お客? 誰? と推察する間もなく。
そこから続く言葉を理解するのに、何秒かかったことだろう。
「こう告げろとのご伝言です。――――攻略本の下巻をもらいにきた」




