思えば遠くへ
ただ対面しているだけで心理的に追い詰められていくような、存在のぶ厚さを感じさせる謎の男。
その人に向けて私としてはけっこう『激白!』みたいな自己紹介をしたのだけど、リアクションは薄かった。
「魔王に協力、か。配下として従っているわけではないと」
ただ興味を持たれていないというわけではなかったようで、まじめな声でそう尋ねられる。
「はい。扱いとしては客分ということになっています」
「なるほど」
とひとつ頷き、
「その協力というのは――と聞くと呪いが発動するわけだな」
ふむ、とまた頷かれる。
「率直に言えば、面倒だな。解呪してから出直してくるといい」
ど真ん中ストレートを投げられた気分。ていうか比喩でもなくド正論ですね。
「と、言いたいところでもあるが」
おっ、粘れる!?
「どうやら私たちは君に借りがあるらしい」
ぱん、と男が軽く手を叩く。
すると男の背後にある大岩の後ろから、足音。――いや気配察知で誰かいるのはわかってたんですけどね。
姿を見せたのは女性だった。
栗色の髪の毛が腰よりも長く、トーガっていうんだったかな、昔のギリシャ人が着てたようなゆったりした服装。顔だちは柔らかく整っておりいかにも母性ゆたかなイメージの人だ。
そして胸部装甲がとんでもない。
うちの最大戦力であるモカをして勝ち目のないレベルだ。
女性は左右に2頭の獣を従えていた。
片方はさっき見た白金色の獣とおそらく同種。だいぶ小柄で顔も幼い感じがするので子供だろうか。
そしてもう片方は。
「……久しぶり、でいいんだよね?」
黄金の狼。
あの廃村で出会い、ここを示した地図が埋まっている場所を教えてくれた獣だった。
「ワウッ」
狼は挨拶のように短く吠えるけれど、その身体は女性の後ろにあり、首だけ突き出してこちらを覗き込むようにしている。
そしてそれは白金色の獣(幼)も同じで、女性のゆったりした衣装に2頭ともうまいこと首から下を隠していた。――あれ、これなんか私怯えられてない?
「ごめんなさいね」
背後に獣を従えた女性は外見を裏切らない柔らかな声でそう言った。
「さっきの大きな声、あなたでしょう?」
「はい。……あー、それで」
「そう。おかげでこの子は驚いて駆け出して、助かったの。のんびり屋さんだから狩人のことをまるで気づいていなくって。矢は1本受けちゃったけどこうして無事に逃げられたのよ。そしてこっちの子が、あの大声は以前も助けてくれた人だって教えてくれて」
狼の頭を撫でて女性は話す。
「でも、あの大声は間近で聞くと気絶するぞってことまで話しちゃったからそれを聞いて怖がっているの」
うーむ。
「あの、動物と話せるんですね」
言いたそうなことがわかるとかいうレベルじゃない。
「仲のいい子とはね」
ふわりと微笑んでから、女性は頭を下げた。
「遅れたけど、ありがとう。この子たちを助けてくれて」
「いえ、そんな、力技だったんで怖がらせちゃいましたし」
「無事だったのが一番よ」
……それにしても、てっきり紙片に描かれた男性だけ、精々が白金色の獣もいるんじゃないかってぐらいの想像していたんだけど。
黄金の狼と、これまた謎の女性。どうやら獣たちはこっちの女性の能力に関係がある? でも狼が示した紙片には男性の方が描かれていたわけで……。
「私はシェファーナというの。彼はダーミン」
「……と、いうわけだ」
引き取るように男が口を開く。
「これで借りを返すというわけではないが、話をしようか」
そのまま立ち話かと思ったけど、彼らの住居に案内してもらえることになった。
少し山を下り、中腹にある断崖に空いた小さな入口だ。洞窟になっているらしい。
「途中まで真っ暗だから、手を」
シェファーナと名乗った女性が手を差し出してくる。彼女に引かれて洞窟へと足を踏み入れた。2頭の獣は入ることなく私たちを見送っている。
「松明とか、使わないんですか?」
「油を切らしていてね。慣れてるから歩けちゃうんで、ついつい補充し忘れちゃうのよ」
幸いそこまで長い距離ではなかった。足音の響きで、広い空間に入ったとわかる。
「さすがにここでは使っておくか」
男の声が反響し、ふいにぼんやりとした明かりが浮かんだ。
壁に取り付けられている、たぶん魔石の照明だ。けっこう高級品だけどラーナルトやジルアダムのお城で目にしたことがある。ただそれらに比べると出力が低いのか、ろうそく程度の明るさだった。
それでも空間の様子は見渡せる。
広さは領主館の会議室ぐらいあるだろうか。簡素な木のテーブルと椅子、隅にはいくつかの壺と樽、ベッドが1つ、獣たちの寝床らしき枯れ草や布切れがごっちゃになった扁平な塊。
クラフト系でとりあえず部屋の条件を満たすために最低限の設備だけ置いてみた、といった雰囲気だった。
「サクライオリ、短名はサクラかな?」
「いえ、イオリです」
4人がけのテーブルで会話が始まる。ダーミンという名の男に続いてシェファーナと名乗った女も口を開く。
「このあたりまで届いたけど、すごい大きな声が出せるのねえ」
「あはは、まあ身体能力が取り柄なもので」
「狩人たちとは揉め事にならなかった?」
「ちょっとだけ、もう解決してます」
「そう、きっとあなたは強いのね。だいぶ闘ってきたのかしら?」
「え? ――ああ、はい、えっと数はそこまででもないですけど、そうですね、運よく大物を退治できたことがありまして」
この人たちはレベルと経験値の概念を知らないようだ。まあこんな山奥にまで伝わるわけもないか。
「……ひょっとすると、最近流行りだしたレベルという単位の制定に関わっていないか?」
「ええっ!?」
思考を見透かされたかのような問いかけ。
「大きく動いているようだが、そのわりに随分と正直者だな」
ふっと笑うダーミンさん。いや怖いんですけどゼミの教授にサシでレポート見てもらってるときの10倍ぐらい圧力感じるんですけど!
「いじめちゃだめよ」
たしなめるようにシェファーナさんが言う。
「呪いがかかっているなら、こちらで察してやるほうが早いだろう。親切心だ」
「はいはい。久しぶりのお客さんで会話が楽しいのよね」
シェファーナさんが私と目を合わせる。
「今風に言うなら『レベルが高い』戦士は、その単位ができるまで色々と自分の強さを示すのに腐心していたの。祖国に誇れる首級をどれだけ挙げただとか、かの〇〇戦役に参加して云々とか、音に聞こえたあの難敵だれそれを仕留めたとか、ね。でもあなたはそうしたことを言い慣れていないみたいで。だから例えば、そんな説明を省くための制度を考えていたからかしら? という推論が立てられたの」
「なるほど……」
感心していると今度はダーミンさんが苦笑する。
「親切だと言うなら最後まで説明したらどうだ?」
「あら、なんのこと」
にっこりと笑うシェファーナさんに鼻息を鳴らして、ダーミンさんがテーブルをとんとんと指先で叩く。
「イオリ、先程の会話で君から発されたのは優越感、分解すれば安堵と憐憫だ」
「へ?」
「相手は知らない、自分は知っている、そう理解したときの感情だ。会話の流れからして己の名声や強さを知らない相手に対する反応という考えもできそうだが、それだと軽い憤りが混ざる。だが君にその気配はなかったしその手の名誉欲も薄そうだったのでな。とすると強さの説明自体に対する何かの情報における優越感――そこまで察すればあとはシェファーナの説明の通りだ」
「はあー……」
またも感心して聞いていたけれど、理解できるとまず焦りが生まれた。
「あ、いえ! あの、憐憫、というのはそんな決して――!」
「ああ、ダーミンの言葉選びが悪いわ。気にしないでいいのよ。そうね、相手が知らない情報を教えてあげたくなる優しさ、の方が正しいかしら。そもそも情報面の優位に心が湧くのは知能の高い生物が獲得した本能に近い機能なのだから、あなたはなにも失礼なことをしていないの」
優しい声でフォローしてくれるシェファーナさんだけどこの人たちさては私よりはるかに頭が良いな?
「ふむ、魔王に協力しているという者がレベル制度の普及に努めている、か。たしか発明したのはラーナルト王国――、なるほどな」
なるほど、という言葉の重さが私と段違いである。
「ではこちらも改めて名乗るが、ダーミンという。まず、そうだな……何歳に見えるだろう?」
自分から聞いてくるのは一般的にめんどくさい質問の類だけど、今はその意図がわかる。
だから私はこう答えてしまった。
「40いかないぐらいですかね?」
「ふむ、なかなか自然な反応だ」
楽しそうにダーミンさんは目を細める。
「嘘をついている様子はなく、痛みを感じた風でもない。意識も乱れていないようだ。そうなると『清流欺瞞』あたりかな?」
「それはもうないわ」
おっとりとシェファーナさんが言う。
「今はたしか、『蔓延する縛眼』だったかしら」
どくんと心臓が跳ねる――ことはなかった。心のうちは驚きでいっぱいなのに身体が平静なのがどこか気味悪い。たぶん顔も『なんのこと?』みたいな表情を作っている。
「私の年齢という質問を聞いたことで呪いが発動した、そのことが裏付けになる」
諭すようにダーミンさんが話す。
――わかります、と返したいけれど首は動かない。
「イオリ、君は知っているんだな。魔王とは討伐されず千年経過すると地上を滅する爆発を引き起こす存在だということを」
無音に近い洞窟にその声はよく響いた。
「そして同時に察している通り、我々はその爆発を受けてなお死を免れた者たちだ」
前回の魔王大爆発は、人族の歴史を踏まえると少なくとも1300年以上も昔。
――2人とも、だったかあ。
不老不死の人たちを前に、そういえば私って地球の日本の平均的ややナード寄り大学生なんだよなあ、と頭のどこかが現実逃避しているのを感じていた。




