笑う獣と見定める者
「それじゃ、向かおうか」
カーズとチンピラ集団のおかげで大幅に寄り道してしまったけれど、ようやく本来の目的である謎の地図に示された場所を目指すことができる。
「すでに疲れてるんだがな……」
体力も魔力も底をつきそうなシュラノがげんなりした声を上げる。
「よろしければ私が背負いましょうか?」
ついさっき麻痺毒を受けた人がなにか言っている。あ、傷はシュラノの術で治療済みです。
「そいつは遠慮しとくよ」
苦笑いしているシュラノにふと思ったことを聞いてみる。
「ねえ、回復魔術って傷を治すだけなの? 解毒はできないってさっき言ってたけど、たとえば体力を回復させたりとかできないのかな」
「ああ、研究してる奴は多いけど今のところ完成したって話は聞かねえな。どっちかというと補助術で力や速度を底上げして疲れる前に倒すほうが効率良いしな。体力尽きたら下がって他の奴に前線任せりゃいい」
「あー、そっか」
戦争での活躍が主目的だから、1人が延々と戦う必要はないわけだ。部隊の運用に合った魔術のほうが人気があると。経験値の観点からもワンマンアーミーやられると他の兵士から文句出そうだしなあ。
「ま、この先はもう山道走ったりする必要はねえだろ。索敵魔術も節約するからしばらくはお前任せだ」
「ん、了解」
戦闘自体はわりとあっさり終わったから私の体力は余裕だ。2回めの超速攻デトックスは使う羽目になったけど水分と食事はしっかり補給したし。
「じゃあロンズさん、あらためて道案内よろしく」
「かしこまりました!」
すっかり元気になってる彼を先頭に元のルートへ。
「そういえば白金の獣ってのはいいのか? 追いかけなくて」
「うん、無事に逃げてくれたんならいったん大丈夫かな」
たぶんこの先で会うことになりそうだし。
そこからは順調な道のりだった。
地雷除去男がカーズから逃げて今さらリベンジしたりということもなく、他の凶暴な獣に邪魔されたりもせず、ロンズさんの案内で私たちは山道を踏破していった。
そして、
「わ……」
気配察知に、なにか大きな存在が引っかかった。
高レベルというわけじゃない、そもそもレベルは目視しないとわからないし、けどなんだろうこの気配の大きさ……。
「なんか、凄いのがいる」
「ちょうどこの辺りです。前回我々が白金の獣に遭遇したのは」
そう告げるロンズさんに変わって先頭に立ち、木立をかきわけてさらに進む。
ほどなく木々が途切れ、眼の前に細い川が流れている場所へと着いた。
そして川の向こうに、いた。
鹿のように枝分かれした巨大な2本の角。
体格は馬よりも少し大きいぐらい。
全身を覆う白金色の毛並みは長く、アフガンハウンドみたいに真っ直ぐ。
肉食動物らしき牙と爪、ライオンのように先端がふさふさとした尻尾。
あまり鼻先が突き出ていない猫系の頭部。高い知能がありそうな、静かな眼差し。
白金色の獣は、威嚇することも逃げる様子もなく、ただ私たちを見ていた。
――やっぱりレベルはそこまで高くない。たぶん10前後。けどなんだろうこれ、魔力みたいに私の目が認識できるものじゃないけど、とてつもなく大きな存在感、それこそオーラとか呼べそうなものが漂っている。
シュラノとロンズさんも気圧されたように押し黙っていた。
驚かさないようゆっくりと、カバンから地図の書かれた紙片を取り出す。
「これを頼りに、ここまで来たんだけど」
さすがに言葉が通じるとは思えなかったけど、無言で見せるのもなんとなく気が引けた。
獣の静かな眼差しがそれに注がれ、
「――ブフゥッ」
鼻で笑われた。
「へ?」
笑われた? いやまさか、馬とかがやる鼻息でしょ? でも待ってなにあの顔! 動物なのに、なんかすっごい人間くさい表情で半笑いなんだけど! あきらかにこっちを見下してるとかバカにしてるとかそういう系統の笑い方なんですけど!
バッと振り向いて2人に目で尋ねると、速攻で頷きが返ってきた。だよね私の思い違いじゃないよね。
獣に向き直ってもう一度紙片を掲げながら口を開く。
「えっと、この似顔絵の人のところまで案内とかしてもらえたらなーって……」
背後で2人も固唾をのんでいる。
「――――フーッ……」
溜息つかれた! 『やれやれ』みたいな顔してるし!
低い唸り声を上げて、獣は身を翻した。そのまま遠ざかっていくけど、その足並みはゆっくりとしている。
「えーっと、あれは一応ついてこい、ってことでよさそうだよね?」
「たぶんな……」
私たちも川を渡って後を追う。ちなみに抱っこして飛び越えてあげようかと申し出たけど2人に固辞された。
振り返ることなく進んでゆく獣を見ながらロンズさんに尋ねる。
「ねえ、前回会ったときって……」
「申し訳ありません! 実は、同じような態度を取られました。てっきり我々が単なる使いの者だということを見抜かれたためかと思い、報告はしておりませんでしたが……」
「うん、まあ報告されても実感わかなかったかも。実際にあの顔されるとこ見てみないとね……」
犬とかは飼い主一家のヒエラルキーをしっかり判断するって聞いたことがあったけど、たぶんそれって吠えたり命令聞かなかったりとか、態度で表されるんだよね? 絶対あんな絶妙な表情を浮かべたりはしないはず。
「そういえば」
と獣の後ろ姿を確かめる。ビートは逃げるところに矢を放ったと言っていたからお尻のあたりにでも傷があるかと思ったけど、長い毛並みに隠れて見えない。
血を飲んだだけであれだけの回復力を得たのだから、獣自身は矢傷ぐらい秒で治った可能性もあるけど、ふさふさとした白金色の毛皮すら血で汚れてはいなかった。
「別の個体かな」
「我々が以前に出会ったのとは同じようですが」
ロンズさんが言う。
「昔からこの辺りの伝説になってるんなら、繁殖してて当然だろ」
今度はシュラノが言った。
「そうなんだけど、でも――」
話していると、はじめて獣が振り向いた。
そして、その長い尻尾でおしりの辺りをパッパッと払い、軽蔑するかのような表情を浮かべた。
「……『何見てるのよ変態』」
思わずアテレコすると2人とも吹いた。
「おまっ……、やめろこの状況下でっ……!」
「そもそもあれはメスなのでしょうか……?」
話しながら歩いていると、不意に視界がひらけた。
殺風景な岩場だ。山頂まであと少しといったところで雲が間近にたなびいている。
そして大きな岩にもたれかかり、こちらを待っていたらしきひとりの人物。
思わず手元の紙片に目を落とす。
30代ぐらいの、これといった特徴のない顔立ち。――なるほど、モノクロの絵だからわからなかったけど髪は沈んだ赤、瞳は濃いオレンジ、肌は日に焼けていて全体的に暖色の男の人だ。
何度も見てきた似顔絵と同じ姿で、彼はそこに立っていた。
いつ滅びたのかわからない村に長らく埋められていただろう似顔絵と変わらぬ姿で。
白金色の獣は彼の横を通り過ぎ、最後にまた「へっ」という感じの薄笑いを残して去っていった。
「さて――」
男が口を開く。
「君は以前にも会ったな」
ロンズさんへ向けてそう言い、続いて先頭にいる私へと声がかけられる。
「それでは君だろうか? 千年王国の消滅を知る者は」
それもまた紙片に残されたのと同じ問い。こちらはあの獣と違ってフラットな物腰だ。よかった。
私は「はい」と答えようとして――
その意に反して口は動かず、困ったような表情が作られ、首を傾げてみせた。「なんのこと?」とでも言いたげに。
――ま、そうなるよね。魔王様に呪われてるんだから。
『蔓延する縛眼』。
魔王様最大の秘密を誰にも漏らさないよう、無意識レベルまで制約がかかる呪具。
魔力の欠片もない私にどうこうできる代物じゃない。
だからもちろん、頼れる仲間に任せよう。
「先にひとつ説明させてもらえるか」
そうシュラノが言う。
「こいつは『ある事柄』に関して絶対に他者へ情報を漏らせないよう呪いがかけられている。オレたちもその内容は知らない。だが今日ここへ来たのはこいつの意思だ。だから今こんな素振りをしたってことは、呪いが発動した――知っているってことの証明だと解釈してもらいたい」
「ふむ」
男はあまり驚いた様子は見せず私を眺めている。
私なんてこの呪いのことをカゲヤが知っていてさらにいつの間にかシュラノやフリューネたちにも共有済みってことを出発前に聞いただけでめっちゃ驚いたのに。
「てことで、オレたちはここまでの付き添いだ。こっからの話については下がらせてもらう」
これも事前に決めた流れ。
もしも相手に何らかの悪意や害意を感じたのなら、「終わったら呼ぶ」と私が声をかけることになっている。そうなればシュラノたちは近くの森に潜み、迂回して背後へ回る段取りだ。
私は無言で彼らを見送り、2人きりになったところで改めて口を開いた。
「サクライオリと言います」
敵意の類はなく、かといって好感を得られているわけでもない。
こうして対面しても、その素性はわからない。
そして――少なくともレベル500を越えているうえに『神の恩寵』まで持っている男へ向けて、久しぶりにフルネームでの本名とともに、
「魔王に協力している者です」
人族領土最果て、魔王城から最も遠い地でそれを告げた。
嘘は見抜かれる、それどころか黙って向かい合っているだけで本質を暴かれていく――そんな直感に逆らわず。




