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帰宅困難者

「この者はロゼルカランという。研究者と技術者を兼任し、両部門で筆頭に上がるほど優秀な人材だが、性質に欠点を抱えている」


 頭を上げた魔王は、バランに振ることなく自ら説明を始めた。


「具体的には研究・技術開発ともに本人の欲求と一致しており、かつその充足のために手段を選ばないという点だ」

「――マッドサイエンティストという言葉がありましたね。概ね、そのようなものです」


 魔王の難しい言い回しを、バランが補足した。


 ぎらぎら目を光らせる少女を見て、納得する。

 そうか、そういうタイプの子か。


「地球との転送装置も、設計から製作までこの者が貢献した点は多い。しかし完成したアレは魔王である私以外の使用を禁じたのだが、軽々とそれを無視して操作しようとしたため、遠方の領地に派遣し、そこが抱えている技術的課題を解決するまで帰還できないよう軟禁していたのだ」


「で、予想よりだいぶ早く帰ってきたわけですね」


 3日前の断片的な会話を思い返せば、そういう結論になる。


「ああ。強引に脱出したわけでなく、きっちり課題を解決してからな。ただしその報告が遅くなるよう小細工をし、自分は飛行生物を密かに調教し、不意を突く形で帰還したのが先日の騒動だ」


 行動力と実力を兼ね備えているわけだ、良くも悪くも。


「それで、あの日は結局、なにをしたんですか?この子は」

「ああ、それが重要な点だ」


 魔王は苦々しげにロゼルという少女を睨んでから、あらためて私に向け頭を下げた。


「――こいつは、私の部下は、帰還早々に転送装置の部屋を占拠し、地球ではなくこの部屋へ転送されるよう改造した後、燃料をあらかた使い果たし、あげくに装置自体を故障させた」


「…………マジで?」


「……心から謝罪する」


 あの地球へ帰るための装置が、故障。


 ――幸いなことに立て直しの速い今の脳みそが、急激にフル稼働を始める。


「あっ、そういえば気になってたんですけど、地球からこっちへ帰るとき、魔王様あのビルで装置なしに穴空けてましたよね。それを使えば」

「あれは『行き』に空けた穴を掘り返したようなものだ。その際もこちらでは装置が起動して、地球からここまでの経路を維持している。――私の独力で地球へ渡ることはできない」


 駄目か。


「……怖いので聞くのに勇気がいるんですが、まず、その故障って直りますか」

「ああ、直る。必ず直す」

「精神論じゃなくて、直す方法までわかってるという理解でいいです?」

「その通りだ。そこまでは今日までに目処をつけている」


 まずは一安心。


「じゃあ、直るのにどのぐらいかかります?」

「答える前に約束をして欲しい」

「……なんですか?」


 魔王はロゼルを親指で示した。


「怒りに任せてこの者を殺害するのは止めて欲しい。残念ながら、修理に必要な人材なんだ」

「私をなんだと思ってるんですか!」

 

 これまでの人生、怒ったことはあれど誰かに手を上げたことは一度もないのだ。


「……本当に大丈夫だな?」

「不安になるので早く教えてください」


 魔王は神妙な顔つきで答えを告げた。


「――少なく見積もって、こちらの単位で7年弱……2000日はかかる」



 ……神様!

 ていうかシア! この際シアでもいい!

 助けて!


 ――しかし たすけは こなかった!



 こちらの世界では、日時の計算は楽だ。

 10時間で1日。100日で1ヶ月。3ヶ月で1年になる。

 そしてこちらの1日は、地球時間でおよそ30時間。

 つまりこちらの2,000日は、地球の60,000時間に相当する。


 けれどこっちは地球の15倍ぐらい時間の流れが速いので、差を考慮すると実際に地球で経過するのは4,000時間。


 最終的に、こちらの2000日は地球の約166日ぐらい、ということになる。


 さあ、ここで問題になるのが例の金の延べ棒を買い取って貰ったときだ。

 たしか窓口のお姉さん、200万円を越えるので買い取り所から税務署に連絡する義務がある、とか言ってたよなあ。

 てことは捜索願とか出たら、警察にこのことバレそうだよなあ。


 一人住まいの女子大生が、半年近く行方不明。

 その直前には、どこから手に入れたか分からない純金を円に変えている。

 

 いかん、犯罪臭がする。


 さらに直前の目撃情報とかであの廃ビルが見つかったら、残ってる大量の金が、そしてあのスライムが発見されてしまう!


 あと何より単位!

 残ってる単位どうする、まさかの留年!?

 あっ、でも就活を1年先延ばしできるな……。


 そうだ、親にもなんて説明すれば?

 半年ほど恋に狂って逃避行を――駄目だ、説得力が無い。

 ゲームにハマって大学サボって誰とも連絡取らずネカフェに引きこもってた――こっちの方がまだ通じそうだな。


 ……ていうか、冗談じゃなくて、普通にすっごく心配されるよなあ……。



「――イオリ様!お気を確かに」


 慌てるバランの声で我に返った。


「あー、だいじょぶです、ちょっと影響を考えてただけで……」

「想定されることは全て伝えてくれ、何らかの形で必ず補填する」


 魔王も気遣わしげに私を見ている。


 ひとつ、深呼吸をした。


「……大丈夫、です」


 うん、落ち着いている、と思う。

 この身体、戸惑うこともあるし、たまに怖くもなるけど、物理的にも精神的にもタフな点だけは無条件でありがたいな。


「えっと、地球でしばらく行方不明になった結果が、どんな風になるかは正直読めないです。ただ、まあ、帰れるのであれば致命的なことにはならないと思います」


 そう言うと、魔王とバランは目に見えてほっとした雰囲気になった。サーシャも、ちょっと肩の線が動いた気がする。


「だから、まあ、これからの話をしましょう」

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