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不老不死と特効

 不老不死。

 創作においては使い古されたというか、もはや『手からビーム』とか『変身したら強くなる』とかそういうメジャー設定、ミーム的な扱いになっているような概念だ。

 しかし現実で()()()()()()として聞くとかなりのインパクトがあった。


 男の発したその言葉に、頭の中でいくつかの情報が繋がりそうになる。

 けれどその思考を切り裂くようにシュラノが鋭く声を上げた。


「――やられた。奴ら回り込んで先行してやがる」


 はっとして男を睨むと、自棄になったように笑い返された。


「追いつけねえよ、もう、な」

「そう」


 構っている暇はなさそうだ。踵を返す私たちに「おい――」と男がなおも声をかけてくる。


「這って帰りな」


 一瞥してそう告げ、再び山道を駆ける。


「向こうは?」

「もう範囲外だ。相当警戒して回り込んだと思うが、それでも速え。かなり山に慣れてんだろう」


 戦力ぐらいはあの男に聞いとくべきだったと後悔がよぎるけれどもう遅い。それにあの様子じゃ正直に喋らせるのにも時間がかかりそうだ。


「そもそも急ぐ必要あんのか? さっきお前が言った通りオレたちの狙いじゃないだろ」


 息を切らしながらもシュラノが尋ねる。


「そうだったんだけど、もしかすると関連してるかも。だったら奴らの邪魔したほうがたぶん良い」

「……とことん曖昧だな今回の件は」

「それはホントにごめんっ!」


 呆れた口調のシュラノに謝りつつ、会話を切り上げて足を速める。


 ――が。


「っ!!」


 手が動いたのは、半ば無意識だった。

 いきなり飛んできた何かを弾いた手の甲に、灼けるような痛みが走る。



「サクラ!?」

「止まって! 索敵!」

「――っ、いねえ!」

 

 痛む手に視線を落とす。一直線に切り傷ができていた。みるみるうちに、周囲が嫌な紫色に腫れていく。


「サクラ殿、これです!」


 ロンズさんが焦った顔で何かを拾い、掲げたのは短い矢だった。


「毒矢か!」


 矢と私の傷口を見たシュラノの声にも焦燥が混ざる。


「シュラノ、解毒の術なんか使えたりする……?」

「悪い、そんな術式は確認されてもない。――ロゼル連れて来るべきだったか」

「それはそれで大変だったと思う……」


 どうやらバッドステータスの回復はアイテムのみか、この世界。

 喋って気を紛らわせているけど、肘のあたりまで熱を持ち始めた。気分も悪くなってきている。


「くそ、担いで山降りて街まで――」

「でしたら私がサクラ殿を――」


「大丈夫」


 ふうっと大きく息を吐いてから、傷を負った方の手首を掴み、近くの岩に腰掛けて俯く。


「ちょっと集中させてね」


 痛みと恐怖と焦りを押し殺して、傷口を見つめ、全力で『そいつ』をイメージする。


 ――邪魔だ、出ていけ、でないと殺す


 ズグン、と傷口から脈打つような痛みが走り、急激に熱が上がる。我慢してさらに集中し続ける。『毒という邪魔者』をイメージの中で具体的に仕立て上げ、徹底的に敵視する。

 じわじわと傷口から血が溢れ出す。ちょっと薄暗い色彩だ。全身から汗が吹き出る。断末魔のように凝縮された痛みが湧くのを歯を食いしばって堪える。

 そしてようやく、新たに溢れる血が鮮やかな色になった。


「――っ、はあっ」


 すとん、と気分が楽になった。

 荷物から水筒を取り出して貪るように飲む。また大きく息をつく。


「よしっ、治った」

「治ってんじゃねえよ……」


 ドン引きした目でシュラノが見てくる。


「おお……、まことに凄まじい熱量を感じました……っ、偉大なる指導者よ……」

「ロンズさん、山ん中とはいえ擬態忘れないで」


 狂信者の目で見つめてくるロンズさんを落ち着かせる。


「シュラノ、ちょっと食べ物ちょうだい」


 彼のリュックから硬いパンと干し肉をもらう。


「ああ、なるほど。体力使って強引に治癒力上げたのか……ある意味単純な造りの身体っつうか」

「うるさいよ。ほら、バストアクの一件で毒にやられたでしょ。あれから時間あるときエクスナとモカに特訓受けさせられてたんだよね……」


 人族領土の毒物・薬物にも耐性をつけようとエクスナが張り切り、それに乗ったモカも目を輝かせていた。おかげで色々と食べさせられたり塗られたり注射されたりしたなあ……。

 残念ながら相性の問題か、目立って耐性を獲得することはできなかったけれど代わりに習得したのが今の超速攻デトックスだ。放っといても最後にはどんな毒物でも排出されるこの義体だけど、体力と水分とカロリーを犠牲に短時間で解毒ができるようになった。


「しっかしこれマズいね」


 ロンズさんが見つけた矢を眺める。


「ああ。一番嫌な攻撃だ」


 罠。

 今くらった一撃で私もシュラノも痛感した。

 このパーティにはめっちゃ刺さる手段だ。


 仕掛けた後はその場から離れられるので、シュラノの索敵魔術では探知できない。

 こっちが引っかかったら敵の意識に関係なく勝手に作動するので、私の気配察知でも捉えられない。

 そして、誰が狙われるか――というか誰が罠を踏むかわからない。シュラノとロンズさんは標準的な成人男性の体力と防御力だし、単なる物理ダメージではなく今のような毒属性だと治療の手立てがない。持ってきた食料にも限りがあるため、私だって超速攻デトックスはそう何度も使うことはできない。


 これがカゲヤだったら急に飛んでくる矢ぐらい打ち落とせるだろうし、ロゼルなら毒の治療ができただろう。けどそんなことを口にしても意味がない。


「諦めて山を降りるのが一番安全かな?」


 2人からは言い出しづらいだろう案をまず俎上に上げる。


「可能性は高いが、奴らいったんは下に回ってたからな。そっちにも罠を仕掛けといて、上から追い打ちって線はあるぞ」

「そうですな。同列にする無礼を承知で申しますが、獲物の逃げ道を誘導するのは熟練の狩人が使う手口です」


「じゃあ大きく横に動いてから下るのも同じか」

「ああ。オレたちが罠の場所を推測する能力より、奴らがそれを見越して仕掛ける能力の方が高いと見るべきだ」


 うーん、と私は頭を悩ませる。


「そうなるとこのまま登るのが、少なくとも向こうと距離を詰められるっていう点で有効なのかな」

「それについて作戦がある」


 シュラノが軽く手を挙げる。


「まず、オレとロンズはこの場所に残る」

「うん」

「お前ひとり、強引に罠を突っ切って奴らに特攻する」

「ほうほう」

「回り込んでオレたちのところへ攻め込んできたら【零下砦】で耐えるから、その間にお前がどうにか全滅させる、と」


 検討してみる。


「私だけ頑張るって点に目を瞑れば有効だね」

「そうだろ。ただこれには条件がある」

「なに?」

「帰ってから、この作戦をカゲヤとかフリューネの姫さんとかエクスナにバラさないことだ」

「あー、ね……」


 シュラノはカゲヤたちにすんごい怒られるし、私はフリューネにガン詰めされる。こないだの戦争でやらかしたばっかりの私たちだ、次はどんな罰を受けるか想像したくない。


「あの、おふたり、それはどこまで本気で……?」

「半分冗談だ」

「5割本気な時点で説教される案件だけどね」


 ま、ちょっと緊迫しすぎた場を緩めようというシュラノの気配りだろう。たぶん。

 さて、と気を取り直して作戦を考える。


「さっき放置した男、あいつを回収して罠を見つけさせるのは?」

「お前を相当恨んでる奴だぞ? 最悪、自分まとめてでもわざと引っかかる恐れは拭えないだろ」

「確かに……」


「では……」とロンズさんが覚悟を決めた顔で口を開く。「私が先頭に立って歩き、罠にかかったらシュラノ殿に治療して頂き、毒ならば捨て置いて頂くというのは」

「だめ」

「却下だな」


 ていうかマズいな。さっきもちらっと片鱗見せてたけどロンズさんもやっぱり狂信者だ。女神だけじゃなくて私のためにでもそういうことを実行しかねない人か……。なんちゃって代表の私なんかに命を捨てさせるわけにはいかない。


「ロンズさん」

「はい!」

「たしかに女神レグナストライヴァ様は人に試練をお与えになります。ですがそれに命がけで挑むことと、命を粗末にして行動することとはまったく違うのですよ」


 久々にちょっとおごそかな『女神の眷属』モードを装う。

 ロンズさんは目を丸くする。


「あっ……、こ、これは失礼を! 私としたことがなんたる未熟な……っ」

「構いません、私を思ってのことだと理解しています。ですがお忘れなく。熱とは生きてこそ発するもの。死者はただ冷えていくだけです」

「お、おお……、至言まことに有り難く! この身ひとりで賜るにはあまりに過分、生きて帰り聖典に刻むことを皆に提言させて頂きます!」


 それはやめてほしいな、という言葉はどうにか飲み込んだ。


「お前こういうときはほんとよく口が回るよな……」


 ぼそっとシュラノが呟いた。

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