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定番にして激レア

 聞くたびに異常集団という印象が加速していくばかりの心身熱烈教ではあるけれど、ロンズさん自身はとても優秀な人である。

 彼の助言に従い、私たちはシュラノが耐えられる限界ちょっと前のスピードで山岳地帯を駆け上っていた。


「ぜっ……、はっ……」


 というわけで登山に余念のないシュラノだけど、それでも体力と魔力は別腹ということか、頻度は落ちているものの索敵魔術を定期的に使っている。


 そして、

「止まるぞ」


 息を切らしながら言うシュラノに従って私もロンズさんもその場で振り返る。


「ロンズの言う通り向こうは慌てたな。本格的に距離詰めて来やがった。配置は同じ。この位置だと最初に射線通るのは真後ろのうち左側の奴だ」


 説明しながらも手に魔力を集中させるシュラノ。


「私の探知範囲にも入った。その左のやつ、攻撃してくるよ!」


 まだ向こうの視界には入っていないようで、直接こちらに刺さってくる気配ではないけど、周囲に振りまいているこれは紛れもなく敵意と戦意だ。


 シュラノが示した方角、木々の間に人は通りにくいサイズの空間が遠くまでのびている。

 待ったのはほんの数秒。


 その隙間に人の姿が見えた瞬間、シュラノが氷の魔術を撃ち放った。


 相手もこちらに気づき、慌てて身構えているけれど遅い。

 丸い氷塊が相手の顔面にぶち当たった。

 ――死んでいない、氷塊の形と速度からして加減したらしい。


 その場に倒れ伏した相手の周囲から、驚愕と警戒の入り混じった気配が膨れ上がり、それはすぐに遠ざかっていく。


「逃げてった」


 近距離ならば常時発動型の私のほうが、こうしたときの情報収集は早い。


「一瞬で見捨てやがったか。軍人みたいな判断だ」


 少し間をおいてから、シュラノも索敵魔術を放つ。


「……山を降りる方向だな。残りの4人がひとかたまりで走ってる」


 ちなみにオレには出せない速度だ、と補足するシュラノ。


「じゃあ、尋問しますか」

 私たちは倒れた相手のところへと向かった。




「こいつか」


 地面にのびているのは、昨日会った2人組の片方だった。短めの剣だけじゃなく、今日は背中に弓も背負っている。顔には無精髭が生えており、髪の毛もボサボサだ。昨日はあの街の宿に泊まったのだろうけど、お風呂に入ったのか疑わしい薄汚れっぷりだ。


 近くに生えている木の蔓をちぎり、男の手足を縛った。


「水でもかければ目覚めるんだろうけど、登山中は貴重だしどうしよう?」

「お前がひっぱたくとそのまま死にそうだしな。まあこの手か」


 そう言いながらシュラノはサッカーのPKみたいなフォームで男を蹴った。――股間を。


 汚い悲鳴を上げて目覚める男。

 シュラノの貴重な物理攻撃シーンをこんなところで披露した当人は満足げだ。


「そんで、誰だお前?」


 心なしか優しい声でシュラノが尋ねる。たった今金的を食らわせたとは思えない雰囲気だ。

 身を丸めて呻いていた男は、私たちを見上げてキョロキョロと視線を彷徨わせた。


「仲間なら速攻でお前を見捨てて下山したぞ」


 男の視線がシュラノで止まる。


「た、助け――」

「お前次第だ。オレとしては助けてやりたいんだが、お前の恐れてるこっちの女は我慢してるぞ。すぐにでも血を見たいって欲求をな」


 こらこらシュラノ、私をどんなキャラに仕立てるつもりだ。

 けれどそのでまかせは男にとって効果的だったらしい。怯えた目つきで私を見上げ、「や、やっぱり……」などと声を震わせている。


 仕方ないので私は横に生えていた木の幹に手を当て、


 ベキ、ブチィッ、

 とその表面を抉り取ってみせた。


 手を開き、パラパラと木の破片を男の頭に落としていく。その間無言で男を見つめ続けながら。


「早く喋れって。お前の胴体がああなるぞ。もう見たくねえんだよオレも」


 ことのほか優しげにシュラノが声をかける。楽しそうねあなた。


 いわゆるアメとムチってやつだろうか。男の視線は私とシュラノの間で激しく揺れ、やがて口を割った。


「お、俺は……、おま、アンタに、仲間を殺されたんだ……」

「私?」


 え、誰のこと?

 この世界に来て私が殺したといえば、バストアク王国の特殊軍相手の戦闘だけど、もしかして身内? でもこの男自身は特殊軍って雰囲気じゃないし……。


「覚えて、ねえのかよ、ハッ」

 引きつった笑いを浮かべる男。


「アンタが、こ、殺したんだ、2人を……」


 私はこれみよがしにため息をついてみせた。


「悪いけど、誰のことか覚えてないの。心当たり多くて」


 そう言いながら、今度は足元の石を拾い上げ、握り砕いた。


「――簡潔に話しなさい」


「ヒッ」

 男の喉のあたりでくぐもった悲鳴が上がる。


「も、森だよ。あの漁村――ラーナルトの。アンタたちが、最初に邪魔したんじゃねえか。俺達の獲物だったんだ。俺達の、なのに殺しやがってアイツらを……」


 獲物? 殺したってそっち? いや仲間の話とまぜこぜになってるな……。

 ていうか漁村ってどこだ。ラーナルトかあ、もはや懐かしいなあそこを出発してからもう――


「ああ!」


 思い出した。

 私たちが目指している場所の地図、あれを入手したのはフリューネたちが仲間に加わり、ラーナルト王国を出発してからしばらく後。漁村近くの森で、埋められていた場所を金色の狼が教えてくれたからだった。

 そもそもあの森へ行ったのは……、そうだ、経験値を入手できるかのテストだったんだ。けど討伐対象にしていた狼は手負いで、おまけに横槍でさらに怪我をした。――その横槍を入れた連中が……、そうそう、4人いて、うち2人を殺したんだ、私が。


 残り2人は逃げたんだったか。とするとそのうち片方がこいつで、昨日会ったもう1人もかな?

 ……結局顔を覚えていないので確証はないけど、男の話と怯えっぷりを見る限りは間違いなさそう。


 地図に書かれた内容のインパクトと、その後さらに女神2柱が降臨という突発ビッグイベントがあったのですっかり忘れていた。


 うん、思い出してすっきり。

 ではあるけれど。


「それで、どうして今になって私を? あれからずっと付け狙っていたわけじゃないでしょう?」


「思い出したかよ……」


 男は卑屈にも見える笑みを浮かべながら、目だけはギラギラとしている。


「狼だよ。言っただろ、俺らの獲物だったんだ」


 あの金色の狼か。……うん? そういえばミゼットさんからの情報で確か……。


「僭越ながら」とロンズさんが口を開いた。「このあたりには白金色の獣が棲んでおり、近づくものは骨すら残らないという話が古来より伝わっております」


 そうだったそうだった。

 そしてこの人たち、その獣に遭遇しちゃったけどなんでか無事に地図の男までたどり着いたという話だった。


 ――この地図関連については、魔王様の呪いのせいで私からは指示も相談もできないし、それを察しているのかフリューネやエクスナからも報告や質問がなかったので、細かいところをあんまり把握できていなかった。


 けれど要素をつなげてみればそんなに難しい話じゃない。


「つまり、あのときの狼を狙っていたのと同じように、白金の獣を狩るためにこの地へ来た。そこで偶然私たちを見つけ、先に狩られないように、それと復讐かな? そんな理由で尾行していたと」


 男は歯をむき出して笑う。


「へへ、そうだよ、アンタのヤバさを仲間に教えた。狙いが被ってることもな。この山でケリをつけてやろうと思ってたんだ」

「ふうん……」


 喋りながら男は自分の言葉に興奮し始めたのか、殺気と欲望を私に飛ばしだした。


 バキンッ


「は? ――ぎ、ぎひゃあっ!?」


 私は男のスネを踏み抜いた。音からして折れたのだろう。


「ケリ、つけてあげようか? 今すぐ」


 冷たく言い放ちながら、右手を背中に回してひらひらしてみせる。シュラノたちに向けた『ガチギレじゃないよー』というサインだ。


「おいおい! 喋ってくれたんだからいいだろ、殺すこたぁない」


 すかさずシュラノがアメ役にまわり、弱い氷魔術で男の足を冷やしてやる。……そんな使い方もあるのか。

 涙目の男から、殺気は鳴りを潜めていた。


「ん……、じゃあ最後の質問」


 私はしゃがみ込んで男と視線を合わせる。


「教えておくと、私たちの狙いはその獣じゃない。だから聞きたいんだけど、あの金色の狼と、ここにいるっていう白金の獣。何か共通点があるの? ほとんど人族領土の端から端でしょ。そこまで遠征するような価値があるわけ?」


 男は目を瞬く。


「嘘だろ、そ、そんなわけ」

「まあ、正確には私たちが探してるものと何か関連はあるのかもしれない。けど別にあの狼の毛皮が欲しいとかそういうわけじゃないの。この地の獣に出会わないまま私たちの目的を達成したら、そのまま帰っていいぐらいのもの」


 男の喉がごくりと動く。


「本当かよ……、冗談だろ」

「証拠を出せるわけじゃないけど、まあ状況を思い出して。アンタは信じるしかないでしょ? 詰問できる立場だったっけ?」


 軽く睨む。

 ひぐっ、と悲鳴を漏らしてから諦めたように男は息を吐いた。


「……伝説だよ。信憑性のない噂話だ……。金色の狼、白金の獣、それに銀色の鹿もいるって話だが……。そいつらを狩って肉だか心臓だかを食うと……」


 男の声は静かな山間によく通った。


「神々から『不老不死の恩寵』を賜われるっていうな」

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