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オール懐古

 碧海都市の隠れ里を立った私たちは、そこから北東へと向かった。右手は海岸線なので、それに沿って進むかたちだ。

 秋季とはいえこのあたりはバストアク王国よりも気温が高い。そして右手――東が海ということで陽射しを遮るものがあんまりない。


「右側だけ日焼けしそう……」

「どうせお前はすぐ治んだろ。オレは既にヒリヒリしてるっつうの」


 水を飲みつつ歩きながら言うと、シュラノがそう返してくる。


「おふたりとも肌色はそう変わっておりませんよ。それにこの先寒くなる一方、今のうちに女神の賜る熱をありがたく浴びまくろうではありませんか!」


 道沿いには他の旅人がいないので、ロンズさんから心身熱烈教の正体が滲んでいる。屋外ということもあってまだギリギリうるさくはないけど。


「それに黎明都市に近づくにつれて標高も上がっていきます。風も涼しくなりますよ」


 そうロンズさんの言った通り、翌日の昼前から徐々に道は上り坂へと変わっていった。気づけば右手の景色も広々とした浜辺ではなく、断崖絶壁になっている。

 そしてその日の夕暮れ近く、私たちの前方に奇妙なものが見えた。


「なにあれ……、大弓?」

「だけじゃねえな、ありゃ術具か?」


 それは坂の上から西側の平地を睨みつけるように据えられた、何台ものバリスタだった。投石機みたいなものもある。いずれも並の人間じゃハシゴがいりそうなサイズ感だ。領地の兵団基地で見たことのある攻城兵器に似ていた。

 シュラノが指したのは、どこかリョウバが右腕を変化させたときにも似たような、魔術用の杖を巨大化させて何本か束ねて横にし、回転する土台に乗せたという感じの物体だ。これも先端はバリスタと同じ方へ向けられている。


「あれは黎明都市の観光名物ですな」とロンズさんが言う。「なにしろここは大陸の最東端、人族にとって『戦火の灯らぬ地』と称される場所です」

「ああ、直線距離で一番遠いのか」


 シュラノが言う通り、ここは大陸西に広がる魔族領土から一番離れた土地だ。

 大荒野に派兵するだけでも他国よりずっと労力がかかるだろうし、魔族から見ても攻め込む価値の薄い最果ての地だ。


「ん? じゃあなんでこんな兵器が並んでるの?」

「それは、少々皮肉な歴史ではありまして」


 ロンズさんは目を細めて遠くを見るように語る。


「遥か千年以上も昔、ここは大国であったそうです。しかし他国との戦乱によって敗北が続き、最後には王城と首都の中心だけが残り、大国としての姿は失ってしまった。それが黎明都市という都市国家の成り立ちです。そして九百年ほど前の代表が『もう人族の国とは戦争をしない』と宣言し、合わせて対魔族戦争においてはここを避難先として開放すると広言されたそうです。その発言によって他国から寄付が集まり、その投資先がこれらの兵器群になりました。――つまりこうして巨大な武器が並び、かつご覧の通り何百年も使われていないことこそが平和の象徴というわけです」


 観光ガイドみたいなロンズさんの解説を聞きなながら、1台のバリスタに近づいてみる。


「たしかに、現役って感じは全然しないね」


 錆びていたり、ひび割れているところもある。蜘蛛の巣なんかも張っている。


「いいのかね、こんな放置してて。寄付した国にメンツが立たないんじゃねえのか?」


 シュラノの問いにロンズさんは快活に笑う。


「なにしろ九百年前の約定ですからな。小国以下の規模となった黎明都市に管理する人材がそうそういるわけでもないでしょうし、今では人族最大となったジルアダム帝国も南におります。なにより当時の魔王は討伐されました。この兵器たちは使われることはありませんでしたが、ある意味では役目を果たしたと言えるのでしょう」


 あっ、そうか! と私は声を飲み込んだ。

 たしか魔王様が850歳と言っていたから、900年前ってことは先代魔王の時代なわけだ。

 どんな魔王だったのか聞いたことはないけれど。


「その当時って、もしかしてほんとにここまで魔族が攻め入る危険があるぐらいの情勢だったんですか?」

「少なくとも各国がこの地へ資金を提供するだけの情勢ではあったようです。申し訳ありません、それ以上詳しいことは調べておらず」

「いえいえ、ただの興味本位でしたから」


 ちらっとシュラノを見たけど首を振られた。さすがにそこまで昔のことは知らないか。魔族からすればこんな遠い地の情報を探る必要もあまりないだろうし。


「先代魔王が滅ぼされ、人族全土が安定を取り戻した後に兵器群は無用の長物と化し、当時発足されたアジフシーム都市連合に黎明都市も加盟したそうです。今では王城もこれらの兵器も観光資源となっています」

「どうりで」


 だだっぴろい丘陵地帯の全域に広がっている兵器群、そのところどころに人の姿が見えた。バリスタに登る子どもや、スケッチをしている人もいる。


「さて、ここを過ぎれば町も見えてきます。今夜は宿を取り、明日から目的地へ向かうとしましょう」

「わかりました」


 兵器群の遺跡を眺めながら緩い坂を登り、鄙びた温泉街みたいな風情の町に入る。ほとんどが年季の入った建物で、たまに真新しいものが混ざっている。さすがに千年前から残っているわけではないだろうけど……、いや石造りだからもしかしたらあり得るのかな? と思ったけれど、


「この辺りは都市連合加盟後に発展したそうです。当時の王城と首都が残っているのはもう少し先の場所になります。それでもここですら数百年の歴史はありますが」


 ロンズさん、すっかり観光ガイドと化している。


 メインストリートと思しき通りはいくつかの宿や食事処などが賑やかに並び、ゆるめのトーンで客引きをしているお姉さんたちもいる。


「うわっ、お姉さん美人すぎますよ!」


 小学生ぐらいに見える女の子が私を見てそう声を上げた。


「そんなお顔で宿探ししてたら危ないです! 変な輩が近づいてきちゃいます。うちなら角部屋をご用意できますよ! 鍵もちゃんと鍛冶師さんに作ってもらって頑丈です」


 この子も客引きのようだ。

 ちょっと独特な呼び込みだけどがんばってる様子がとても微笑ましい。

 女の子の後ろに建っている宿屋を眺めると、ぱっと見た感じでは周辺の宿の中では小さめ、だけど入口周辺はきれいに掃除されていて好印象だ。


「じゃあお願いしようかな」

「はーい! ご案内します!」


 元気に答える女の子に連れられて宿の中へ。


「お前ほんと年下の女に弱いよな」

「人聞きが悪い……」


 背後からぼそっと言うシュラノに口をとがらせた。


 案内された角部屋と、隣も空いていたのでそちらを男性ふたりに。思ったより広い部屋だったので3人いっしょでいいよと私は言ったのだけど、


「滅相もございません。同志たちにも叱られますので」

 そうロンズさんに固辞され、


「そろそろリョウバに撃たれそうな気がしてきたから」

 とシュラノも首を振った。


 ……もしかして、腕力を手にしているので一般女子的な危機意識が低くなってるのか私?


「この町の冒険者ギルドへ挨拶と情報収集へ行ってまいります」


 荷物を置くなりそう言って宿を出ていったロンズさんを見送り、今日はやることもないので夕暮れの町並みをぶらつくことにした。


「たしかに涼しいし、碧海都市やあの隠れ里とは全然違う雰囲気だね」

「少し足伸ばせば景色が変わるんだったか? こんだけ僻地だってのに観光客も多いな」


 碧海都市はアジアの漁師町、隠れ里は江戸時代の村というイメージだったけど、ここは山奥の温泉街にヨーロッパのテイストが混ざったような景観だ。

 通りには灯りが点きはじめ、オープンテラスでは早くも賑やかに酒が酌み交わされている。


 どこかで軽く一杯飲もうかなときょろきょろしていたとき、


「――――っ!」

 

 通りの向こうからやってくる、やけに驚いた表情の男と目が合った。

 ちょっと薄汚れた服装で、この観光地では珍しく腰に剣を帯びてる。軍人や衛兵という感じでもない。


 誰だろう? 見覚えのない人だ。


 男は隣りにいた連れらしき人に耳打ちし、急いで反転し逃げるように去ってしまった。


「誰だ?」

 周囲を警戒しつつシュラノが口を開いた。これだけ人通りが多いと索敵魔術は頼りにできない。


「ううん、わかんない。あ、もしかすると闘技会で見られたのかも」

「ああ、なら逃げるのもわかるな……」


 冗談めかしてシュラノは言う。

 私は、なんとなく引っかかるものを覚えて彼らが去っていった方向をしばらく見ていた。

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