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捕獲作戦エクスパンション

 無事にモンスターの捕獲が成功し、ロゼルに関する悩みの種も消え、夕方には皆の仕事も一段落した――となると当然ながら夜は打ち上げである。


「みんなお疲れさま。とびきりの予想外があったにも関わらず怪我人も出さずに捕獲成功したことと、サクラさんたちの武勇、そして明日からの仕事、すべてに祝福を込めて――乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 アディヤさんの声に合わせて、皆で近くの人たちと木製のジョッキをぶつけ合う。

 ちなみに乾杯の習慣は人族領土だとわりと多いけど、魔族領土では身分差のあるパーティなどでは基本的に乾杯禁止、そうでない場ではわりと普通に行われているらしい。


『外見で年齢がわからないので、気軽にグラスをぶつけた相手が大先輩だったりしますから。それが身分でも上の場合は洒落にならないこともあります』

 それは確かに怖いかも、と思ったものだ。 


 さて、まずは空腹を静めないと。


 里の広場にはずらりとテーブルが並び、大鍋や大皿が敷き詰められ、少し離れたところではいくつかの焚火で羊や魚の丸焼きが香ばしい煙を上げている。


「すごい頑張ったんだってねえアンタたち! ほらいっぱい食べな!」


 奥様方が豪快に笑いながら大盛りによそってくれる海鮮パスタや山菜の天ぷらを両手に、ロゼルも刺盛りを大皿ごと渡され、いそいそとテーブルに戻る。


「じゃあみんな、あらためてお疲れさまー!」


 カゲヤとシュラノもそれぞれ持ってきた料理を中心に、もう一度乾杯。……ちなみに身分でいうと私は魔王の客分なのでかなり高い。なのではじめの頃はカゲヤやモカがだいぶ遠慮していたけど、私がわりと乾杯するときの空気が好きなので今は普通にやってくれる。

 

「――っ、ふうっ。うめえ」

 冷えたビールを一息に空けるシュラノ。

「暑いなか海で動いたおかげで、やたら喉が乾いたからな」


「あー、わかる。落っこちて海水飲んだりはしてないけど、潮風はずっと浴びてたしねえ」

 私もごくごくとジョッキを傾ける。フルーティで、少しスパイスの気配もするビールだ。


「うわっ、このフライおいしいよ!」


 ロゼルが山菜の天ぷらを勧めてくれる。なんだろう、衣に薄く緑が透けたアスパラとかこごみみたいな感じの代物だ。


「……うっわほんとにおいしい」


 シャクっとした歯ごたえなのに口に入ると溶けるような食感、そして溢れ出てくるほろ苦さと香ばしさ、採れたての山菜ってすごいんだな……。

 そして当然のごとくお刺身も美味しい。赤身のカツオっぽい、少し血の香りも残る大ぶりの切り身だ。ハーブを漬け込んだという魚醤へ、さらにワサビに似た生のハーブも混ぜたもので頂く。これもまたビールに合う。

 数分間、みんなひたすらに料理とお酒に集中してしまった。


「……ふう、ちょっと落ち着いた」


 第一弾のお皿が半分以上空いたあたりで、他の3人と視線を合わせてなんとなく笑ってしまう。


「よく働いて成果も上がって、いい気分なとこに絶品の料理と酒だからな」


 夜空を見上げてシュラノが言う。


「ねー、野外ってのもまたいいよね」


 昼間に比べると気温も下がり、涼しい風が海の方から吹いてくる。とてもいい夜だ。

 さて、今は領主でも王女でもないのでかしこまった挨拶回りなんてする必要はないけど、一緒に捕獲作戦で働いてくれた里の人たちにはきちんとお礼を言って回らないと。

 ――でもその前にもうちょっと他の料理もつまもうかな。


 丸焼きにされている羊のところへ行き、外側の焼けたところをナイフでザクザクと切り落としてもらう。滴る脂が焚火に弾けていい匂いだ。同じように大きな魚の丸焼きも腹身のあたりを。茹でた貝やエビの入ったサラダももらい、さて戻ろうかとテーブルを見たら。


「シュラノさん、すごい術師だって聞きました! 明日も暑くなるし、その氷の術って浜辺で見せてもらえませんか? 私お弁当つくりますよ!」

「お兄さんあの『鋼玉鱗』と真っ向から戦ったんですってね! すごいなあ。ねえ今までにもあんな怪物を倒したりしたんですか? あっ、空いてますね次なにを飲まれますぅ?」

「あ、それ私も作るの手伝ったんですけどお口に合いました? よかったら――」

「聞いてくださいよカゲヤさん私ってすごい男運なくって――」

「うちの親父が今日のお礼したいってうるさくて、それで明日なんですけど――」


 カゲヤとシュラノが肉食獣の群れに襲われていた。


 ロゼルはアディヤさんに絡みに行っている。避難したのか弾き出されたのか、まあ見た目が少女のロゼルじゃ、大人びてるあのふたりの相手だとは思われないだろうしな。……そういえばあの子何歳なんだろ?


 とりあえず今からあの場所へ戻るわけには行かない。なんか今ふたりから目配せされたような気もするけど勘違いだろう。助けを求めるような雰囲気も感じるけど錯覚に違いない。私もう酔ったかな?


 しかしこうなると私は私で里の男性陣が押し寄せてくるのでは? と地球じゃ絶対できない心配をしたのだけれど。


「……?」


 そこかしこから視線は感じるのだけど、近づいてくる人はいない。

 これは……、遠巻きにされてる?

 

「暴れすぎたか……」


 後から武勇伝を聞いた女性陣と違い、男衆は海で実際に私たちが戦う様子を目撃したからなあ。高嶺の花とかじゃなくて触るな危険的な扱いになってるようだ。


 まあ、気楽といえば気楽。

 ――というわけでその晩、私は奥様方にたっぷりと料理を盛られながら今日の働きを褒められたり息子を薦められたり美容について話し込んだりしつつ酒坏を重ねるのだった。




 そして翌日。


「ちょっとアディヤなにこれ話が違うほどいて離して近づけさせてー!!」


 浜辺の手前、土の地面へしっかりと打ち込まれた杭。

 そこに自身が作った超頑丈なロープで厳重に固定されたロゼル。


「見物されるのは仕方ないと言っただけだ。何も嘘はついていない。というかお前を動ける状態にしておくほど私は危機管理意識が低くない」


 真面目な顔だけど、目が笑っているアディヤさん。


「じゃあカゲヤ、大丈夫だと思うけど注意して。しばらく任せるね」

「ああ、そちらも気をつけろ」


 さすがにアディヤさんに任せっぱなしにするわけにもいかないし、私たち3人からロゼルだけ切り離すのも怖かったので、『鋼玉鱗』を大人しくさせる役目も兼ねてカゲヤも残ることになった。


「それじゃロンズさん、よろしくお願いします」

「承知しました。それでは向かいましょう」


 ロンズさんには引き続き目的地まで案内をしてもらう。なお他の心身熱烈教のふたりは先に碧海都市の町まで戻り、ミゼットさんへここまでの経過報告を手紙にしてもらうことになっている。


「てっきりここまでの流れでオレがロゼルの面倒見ることになると思ったからな。今すげえ肩の荷が降りた気分だ」


 晴れやかな顔でシュラノはそう言った。


「仲良くなったように見えるけど?」

「それならお前だってロゼルと仲いいけど手には負えないだろ?」

「うん、そうね……」

 

 たとえコミュMAXにしてもロゼルの暴走は止められないという確信がある。


「あと女たちもな……。こっちは少々カゲヤに同情しなくもないが」


 昨晩ふたりに押し寄せていた女性陣は、今日も名残惜しそうにシュラノを見送りつつも、『鋼玉鱗』の近くへ避難――仕事に向かったカゲヤへ目をギラつかせていた。


「こないだの港町の比じゃないぐらいモテてたね」

「そりゃこっちは隠れ里だからな。外から来る男が珍しいんだろ」

「いえいえ、私たちが来たときはこれほどではありませんでしたよ」


 とロンズさんに言われ、シュラノは顔をしかめていた。



「それじゃいってきまーす」


 じたばた暴れるロゼルとたしなめているアディヤさん、それに『鋼玉鱗』の周囲で働いているカゲヤと里の人たちにいったんの別れを告げ、私たち3人は次なる目的地である黎明都市へと出発した。

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