ラスボスが素材の武器は壊れやすい
下半身は海中に、上半身は浜辺に横たえているオオトカゲ『鋼玉鱗』。あらためて見上げると、大型船が座礁したらこんなサイズ感なのかなあと不謹慎な感想が浮かぶ巨大さだ。
その周囲には戦闘中とは別のお香が焚きしめられ、アディヤさんの指示のもと里の人たちは『鋼玉鱗』の身体を杭とロープで固定したり薬を打ったり破壊された足場を組み直したりと忙しく立ち回っている。
そして私とカゲヤは、『鋼玉鱗』の鼻先で仁王立ちしていた。
「働いてるあいつらを偉そうに見てるような絵面だな」
「言わないでよ私だってそう思ってるんだから……」
からかうシュラノに口を尖らせる。
独特の甘い匂いがする煙は、オオトカゲを沈静化させるものだという。けどそれだけでは不意に暴れる可能性を消せないため、同じく沈静化の注射が効いてロープ等での固定も終わるまでは、『鋼玉鱗』の心をへし折った私たちが目の前で睨みをきかせているというわけだ。
なおシュラノとロゼルは遠距離からのサポートメインだったので、『鋼玉鱗』が怯えているのは私とカゲヤ――つまり私たちふたりが『歩く船』の必須メンバーということになる。
「ねえサクラ約束忘れないでよね! 私アディヤの邪魔しなかったし色々準備したし今日もがんばったでしょ? だから絶対だよ乗るときは呼んでよ!」
「わかってるって」
実際、ロゼルの作った特製ロープとアイスハンマーの柄は役に立ったし、巨大ハエ叩きのアイディアも良かった。『鋼玉鱗』に飲ませたミックスハーブはまあ、一長一短だったかもしれないけど、結果的には『化け食い』を素早く仕留められたし強化された『鋼玉鱗』に誰かが大ダメージを受けることもなかったし。
「やあ、お疲れさま」
指示出しが一段落したのか、アディヤさんがやってきた。
まっすぐ私の前まで来て、見つめてくる。
「え、なにか?」
「いや、怪我の具合を聞こうと思ったんだけど……、もしかして元気?」
「はい、おかげさまで」
なんだかすごい顔をされた。
「私の目と記憶が確かなら、『鋼玉鱗』に踏み潰されたと思うんだけどな」
「ああ、まあ砂地でしたしそこまでのダメージでは」
さらにすごい顔をされた。
「あー、こいつは恩寵のせいでそこらへんの感覚が麻痺しててな」
私の頭にぽんと手を置きながらシュラノが口を挟んだ。
「え……、まさか神の恩寵!?」
目を丸くするアディヤさんに頷く。
「はい。たいていの傷ならすぐに治るっていうもので、まあそのおかげもあってこのとおり無事です」
「はあ、なるほどね。……傷っていうかあれ普通は即死だとは思うけど、それ以外にも色々ととんでもないところを見せてもらったから、諸々含めて納得しておくよ」
やや疲れたような笑みを浮かべるアディヤさん。
「――それと、こっちを言いに来たんだ」
そして彼女は、深々と頭を下げた。
「ありがとう。今回の捕獲が成功したのはあなた達がいたからだ。正直に言うと、『化け食い』と『鋼玉鱗』が同時に出現した時点で最悪の事態まで覚悟していた」
「あ、いえ、とんでもないです! あの頭を上げてくださいっ」
慌ててアディヤさんの肩に手を添える。
「アディヤもだいぶ驚いてたし、2体同時ってたぶん初めて? なんか理由あったのかな、単なる運が悪かっただけ?」
しゃがみ込んでアディヤさんを見上げながらロゼルが尋ねる。それに苦笑して、アディヤさんは頭を上げてくれた。ナイスロゼル。
「どうかな。最近魚の数が減ったという声は里の連中から聞こえていたから、なにか生態系の変化でもあったのかもしれない。それで普段より空腹になったあいつらが押し寄せたのかもしれないが……、食物連鎖の頂点にいるあの2頭に影響を与えるような変化というのは、あまり良いものである気はしないな。単なる不運だと考えたほうが気は楽だが……、『歩く船』の建造が済んだら調査は必要だな」
「そっか、たしかにまずは作るの優先だね! どんなことするんだろ楽しみ楽しみ!」
「……言うまでもないが門外不出の技術だからな? 当然見学禁止」
「ええっ! いいじゃんもうなし崩し的に色々諦めて受け入れてよー!」
「臆面もなく言ったな……。それよりも、だ」
ロゼルの両肩を掴んでアディヤさんは顔を近づける。
「お前が『鋼玉鱗』に投げつけたもの、あれはなんだったんだ?」
「ああアディヤには言ってなかったっけ、あれだよ里のみんなに飲ませたらって見せたミックスハーブ。あれを濃縮した即効版」
「……やはりか」
がくりと項垂れるアディアさん。
「あのときは即座に却下したから聞き逃したけど結局どんな副作用があるんだ?」
「んーと、むこう10日間ぐらいの倦怠感とー、落ち着きがなくなるのとー、人間なら脱水症状もだけどあのトカゲはどうかな。あと最低でも重度の筋肉痛、動いた強度次第で関節とか腱とかにもダメージいくよ」
「そうかろくでもないな。というかこれからの施術に大いに影響がありそうというわけだ」
両手をグーにしてロゼルのこめかみをぐりぐり抉るアディヤさん。
「だってしょうがないじゃんあのときは鮫をとっとと仕留めるのが最善だったでしょ!? わかった痛い痛いごめんってばー!」
ふう、とため息をつきながらロゼルを解放し、最後にその脳天へごつんとゲンコツを見舞う。
「そうだな。そもそもあのときは判断に迷ってすぐ指示できなかった私が悪い。お前の独断専行がそれを救ってくれたわけだ」
「そう思うんならなんで殴るのさ!」
「それはそれとしてお前の自由さがなんか腹立たしいから」
シュラノとカゲヤがうんうんと頷いている。
「ところでロゼル、すらすらと副作用を述べていたが、実際に使ったことはあるのか? このあたりで採った植物だけで作っていたように見えたんだが」
「あー、たしかにその通りであの組み合わせを投与したのは初だけど、魔――……、私の地元にも似たような植物はあったから、抽出した成分似てたし、副作用も間違ってないはずだよ」
カゲヤたちと目配せする。アウト? ……ギリセーフか。
「そうか。まあ実際に経過観察するに越したことはないが……、まあ、それをするなら知見のあるお前が適任ではあるな、うん、遺憾ながら」
微妙に歯切れ悪くアディヤさんは言った。
「へ?」
きょとんとするロゼル。
「10日、いやもう少し足したほうがいいかな。その間にこちらで行う施術は見られてしまうが、そのぐらいは致し方ないか。想定外の副作用が起きる危険性を事前に潰せるならそのほうがいいのは確かだ」
「…………っ!」
がしっとアディヤさんの腕を掴み、キラキラした目で見上げるロゼル。
「え、いいのアディヤほんとにいいの?」
「なにがだ。勝手に妙な代物を投与したんだから責任を取りなさいと言ってるだけだ私は」
「――っ、ひゃっほー! やったありがとうなんだ話わかるじゃんやっと素直になったねアディヤ!」
「ええいうるさい、離せ」
満面の笑みでしがみつくロゼルをひっぺがそうとするアディヤさん。
「……1個解決したんじゃねえか? サクラ」
「だね……。そうなると班分けか……」
そして私たち3人は、そんなロゼルを眺めつつひっそりと頷きあった。
今回の旅の目的はふたつ。
ひとつめの『歩く船』については無事に達成できた。
ふたつめは、謎の地図から探し出した謎の人物に会いに行くこと。
『ロゼルを連れてくのは危険だよなあ……』
『目的地近くになったら捕縛するしかないだろう』
出発前のミーティングでそんな話をしていた。
なにしろ相手はもしかすると魔王様の秘密――討伐されずに千年が過ぎると地上全てを滅ぼす爆発を引き起こす――ということを知っているかもしれないのだ。
もちろん私は魔王様にかけられた口封じの呪いのせいでみんなにそのことを伝えられていないけれど、それでも私がかなり重要視しているという雰囲気は察してくれていた。
その重要な会見に、ロゼルを同席させるのは色々とリスクが高い。
魔王様の秘密を知っているのは他にバランとサーシャだけだという。万が一ロゼルにこの情報が漏れたら、魔王を素材にした超破壊兵器とか作りかねない危険性が彼女には秘められている。
なのでアディヤさんの提案は、ロゼルだけでなく私たちにも都合が良いものだった。
「わかった、もう感謝はいいから離れろ! お前も散々海で暴れたから潮でベタベタしてるんだよ」
「ねえどうにかしてあの大鮫も回収できないかなあ? 今なら大抵の魚は避難してるはずでしょ。深さと重さだけどうにかしようよアレ色々使えそうじゃん欲しい欲しいー」
「くっついたまま話を広げるんじゃない! そして回収は諦めろ。そっちに回す要員はいないしアレは大きさ以外は普通の鮫だから面白い使い道などないぞ」
「えーそうかなあ? あの巨体を維持できるんだから内臓機能とかすごいと思うんだけど。あと単純に食べてみたい! 肝臓の燃料効率とか調べたい! 皮膚と歯を加工したい! うんそうだね人いないなら私ひとりでやるよ海底の図面あるよね見して見してそしたら――」
「お前のような危険生物を単独で自由行動させるわけないだろ!」
……アディヤさん、ロゼルに甘い顔を見せたの後悔しないといいんだけど。