『鋼玉鱗』捕獲戦線
すみません、私生活が急変して更新遅れました
「ギュロオオオオオォ!!」
陸の獣とはどこか違う、不気味な雄叫びを上げてオオトカゲ『鋼玉鱗』が浜辺へと接近してくる。
迎える私たちの背後にそびえる山からは一斉に鳥が羽ばたき、動物たちも駆け出す気配が感じられた。
浜辺の中央にいるのは私たち4人だけ。周辺には妙な色の煙を上げる焚火や、皮を剥いで数種の薬品をかけた鹿の死骸などが配置されている。私たちを含めてどれもがトカゲにとっては極上の餌に見えていることだろう。
その仕込みをしたアディヤさんたちは、今は浜辺の端のほうへ移動して周囲に指示を出している。とはいえ私たちの位置からは精々100メートルちょっとだろうか。
アディヤさんのレベルは1。
――地球にいたときの私だったら。たとえどんな超人やヒーローが迎え討つとしても、檻も鎖も電気柵もない場所でティラノサウルスから100メートルのところに立っていられるわけがない。
「最優先事項は、後ろの里に行かせないことと、アディヤさんたちの方へも向かわせないこと」
「最悪、仕留めてでもということだな?」
カゲヤの問いに頷く。
「だな。失敗しても無事ならまた挑戦できる」
そうシュラノも同意する。
「あいつの攻撃は主に私が誘う。カゲヤは隙を見て攻め込んで。シュラノはあいつが他へ行かないよう牽制を」
「了解」
「あいよ」
「あとロゼルの制御も」
「……最悪、仕留めてでもということだよな?」
「本末転倒!?」
にやりと笑うシュラノにロゼルが食ってかかる。うんうん、この旅でずいぶん仲良くなったみたいでお姉さん嬉しいです。
「さあ、それじゃあ」
と、私たちは構える。
ずしゃり、と『鋼玉鱗』の前脚が海水と一緒に濡れた砂を大量に撒き散らした。泳ぐのをやめ、4本の足で波打ち際に立つオオトカゲは笑えるようなサイズ感だ。顔面の位置がビルの4階ぐらいになっている。
「あ、持ってきたけどサクラもう使う?」
「そうだね、じゃあシュラノ、武器よろしく」
「そろそろ残り厳しいから壊すなよー」
ロゼルから受け取ったのは、ぱっと見ただの長い棒だ。
最初に陣取った足場に置いておいたのだけど、薬が効いてから使おっかなあと思ってたら色々あって大鮫相手には見せずじまいだった。
長さはざっと4メートル。
真ん中から先端にかけては、まるで釘バットのように木製の鋲がランダムに打ち付けられている。
これもロープと同じくロゼル特製で、選び抜いた木芯を繊維や骨粉で覆い、樹脂や膠で固めた一品だ。特殊能力はないけど、しなやかでとにかく折れにくい、ただそれだけの棒。
そこへシュラノが行使するのは、おなじみの氷魔術。
棒の先から氷で覆われていき、どんどん重さが増していく。
冷気が周囲に漂う。
そして出来上がったのは、氷属性の巨大ハンマーである。
当然ながら持ち手までは凍らせていない。こないだの戦争でフリューネたちからめっちゃ叱られたことを反省して考えたアイテムだ。
「っと、砂浜だと沈むな」
海上の足場で使うことを想定した重量にしていたのだけど、砂浜だとすねの半ばぐらいまで沈んでしまう。
「お前とあの怪物が暴れりゃすぐに踏み固まるだろ」
「一緒くたにしないでよ、ね――」
シュラノの軽口に返しつつ前進する。一歩ずつ砂に深く沈むので大股でゆっくり歩く姿は客観的に見ればモンハンの重量武器背負ってるキャラに近いかもしれない。ハンマーは抜刀時も速い方なのに……。
影。
紀元前から生きてる樹木のような野太い前脚が持ち上がり、今まさに私めがけて踏みつけようとしている。
「あらためてご挨拶ってとこだね」
避けずにアイスハンマーを構える。
天井が落ちてくるかのような足の裏へ、カウンターを見舞った。
グワッキィン! というホームラン音が遠ざかる。超質量をぶん殴った反動で、私は砂浜の地中奥深くへと沈み込んでしまっていた。
地表への穴から明かりが見えるので、当たり負けして踏み潰されてはいないらしい。外からの大歓声もそれを物語っていた。
「わぷっ……」
どさどさと砂が落ちてきて口にも入ってしまう。さっさと出ないと生き埋めだ。軽く足元の砂を踏みしめて、ララの誓いを発動。ジャンプして地表へと脱出した。
「うわっ、やっぱ無事だぁ!」
どこか悲鳴のようにも聞こえる歓声が里の人たちから聞こえてくる。
さて『鋼玉鱗』は、と見れば横倒しになって低い唸り声を上げていた。ダメージと言うより、バランスを崩してダウンしたか。がら空きの胴体に次々矢が命中していく。
「薬は既定値に達した!」とアディヤさんが声を上げる。「じきに矢を痛がるから、それが薬効の印だ!」
「了解!」
ハンマーを肩にかつぐ。
「変形させるか?」
とシュラノが尋ねてくる。
一撃を叩き込んだ足に目を向けると、鱗がいくらか剥がれ落ちているようだけど起き上がる動作には支障がなさそうだ。
「もうちょいこのままで、ダメージ重ねる」
「わかった。お前みたいに頑丈な化物だな……」
「そうだよ今私は化物モードだから力加減わからないよ?」
デコピンを構えてみせるとシュラノは本気の表情でバックステップしやがった。
「あっ、傷つく!」
「エクスナからそいつの痛さは何度も聞いたからな」
……そういえばそんなこともあったっけ。
「サクラ!」
「――っ、と!」
カゲヤの鋭い声。見れば『鋼玉鱗』が起きがりざまに素早く身を翻していた。その勢いのまま、天空から尻尾が振り下ろされる。
私がロゼルを、カゲヤがシュラノを担いでそれぞれ反対に跳躍。叩きつけられた尻尾は空振りに終わるが、その衝撃は地面を揺らし木々をざわめかせ爆風のような砂埃を舞い上げる。
視界を奪われたこの状況、動くべきは気配察知に優れた私だ。
咳き込んでいるロゼルを地面におろし、ハンマーを握りしめて数秒前までいた場所に戻る。舞い踊る砂で茶色い視界の中、大きくのたうつ影はオオトカゲの尻尾。その先にはカゲヤとシュラノがいる。この尻尾が横薙ぎに払われれば当たる位置だ。
地面に縫い留めるようにハンマーを叩きつけた。
「ギュアアアアァァァ!」
上空から悲鳴が轟く。逃げ出すように尻尾が動き出したので、そのウロコを掴む。直後に物凄い速度で全身が振り回された。高速で視界が流れ、砂埃を抜ける。『鋼玉鱗』は再度反転して己が攻撃したばかりの砂浜へと向き直っていた。
――その尻尾にしがみついている私はすなわち奴の背後に回っているわけで。
砂埃が薄れてきた浜辺へと、『鋼玉鱗』が今度は前脚の鉤爪で薙ぎ払おうと身体を捻り力を込める。そして今まさに攻撃しようとする瞬間、
ドゴンッ!!
尻尾の根元あたりまで移動して、一撃を叩き込む。
またも悲鳴を上げて暴れるオオトカゲ。真下は浅瀬とはいえ海中なので背ビレの1本をしっかりと掴む。
「ん?」
近づいてくる気配は――カゲヤか。
「ギュガウッ!?」
オオトカゲの脇腹から血飛沫が上がった。
「サクラ!」
そしてこちらへ飛んでくるのはロープの端。それを掴んで浜辺まで戻り、『鋼玉鱗』の正面を見るとその腹には巨大な銛が刺さっていた。
とはいえサイズ比で言えば爪楊枝がお腹に刺さったようなもの――いや痛いなそれは凄く。
「あー、あのへんは大丈夫なんだっけ?」
「ああ。あの位置には内臓がない」
「ギュグゥルルルル……」
バカでかい三白眼ががっちりとこちらを見据える。
どうやら私たちふたりを餌ではなく危険な小虫と捉えたのか、『鋼玉鱗』の気配に多大な敵意が混ざり突き刺さってくる。単純な食欲よりも攻撃を察知しやすくなるので歓迎だ。
不意にぱかり、と口を開けるオオトカゲ。ずらりと並ぶ牙に目が行くが――その下、喉が不自然に蠢くのが視界の端に映った。
「散開!」
叫びつつその場を飛び退く。
グァボァッ! と汚い音を立てて『鋼玉鱗』が口から黄色っぽい液体を吐き出した。砂浜に撒き散らされたそれはしゅうしゅうと煙を上げる。――胃液?
「無事!?」
「ああ、助かった」
反対側に逃げたカゲヤが答える。
「この攻撃は聞いてないなあ……」
アディヤさんからもらった資料では、『鋼玉鱗』は牙と爪と尾の単純な物理攻撃オンリーだと記されていたのだけど。
「奥の手――いや、餌には使わないのだろう。まずくなりそうだ」
「ああ、そういうこと」
私達を食べるのではなく駆除すると決めたから使ったわけか。
確かに吐瀉物まみれの獲物なんてトカゲとはいえ食欲も失せるだろう。
「ていうか臭っ!!」
いやマジでヤバい! とんでもない刺激臭だ。涙が溢れる、鼻と喉が痛い。頭がクラクラする。ほとんど毒ガスだ。
「サクラー、それ採取してほしいなー!」
「遠くから勝手なことゲホッ」
いつの間にかだいぶ離れたところに退避していたロゼルに思わず突っ込むがその拍子に咳き込んでしまう。
「来るぞ!」
ロゼルの隣でシュラノが声を上げた。
涙目で見上げる空から、再び『鋼玉鱗』の前脚が落ちてくる。
さっきと同じようにカウンターを当てようと――あ、無理かも。ハンマーが重い。咳で反射的に呼吸してまた悪臭を吸い込んで噎せる悪循環。ろくに息ができない。力を入れられない。
それでも無理やりハンマーを振りかぶり、視界が滲んでいるので半ば勘で迎撃する。
ゴンッ! という音はやはりホームランには程遠い。
威力は軽減できたのだろうが当たり負けして今度は踏み潰された。
「――っ、けほっ、はあっ」
視界が真っ暗だ。地中奥深くまで全身がめり込んでいる。けど大量の砂がクッションになったおかげでダメージは低いし、息も吸える。ちょっと饐えた匂いだし湿って薄い空気だけどさっきの悪臭に比べれば遥かにマシだ。
「ぐっ……」
けれど大怪獣の足に潰されているこの状態、身体にとんでもない圧力がのしかかってるしこの狭い空間じゃ酸素もすぐ切れる。
湿って重たい砂とオオトカゲの足に挟まれている中で強引にポーズを取る。
「画鋲踏んだぐらいなら泳ぎに支障ないよね?」
魔眼光殺砲、貫通モード発射!
「うえっ……」
これまた生臭い血がびちゃびちゃと顔面に浴びせられる。けど慌てたように『鋼玉鱗』の足が上へと去っていき、重圧が消えた。
ララの誓いは必要ないぐらい足元の砂は固まってるので、追いかけるように私も地表へと脱出した。
「サクラ! ――その血は!?」
カゲヤが焦りの混ざった声を上げる。上着の一部を破ってマスクのように口と鼻を覆っていた。
「大丈夫! あいつの!」
明るい陽射しの下に出ると、身体のあちこちが鈍い痛みを訴え始めた。変な格好で寝てしまったときの起き抜けみたいな痛みだ。踏み潰されたことによる、打撃というより単純な重さのダメージか。
「すまない、息を整えるのに時間がかかり――」
「平気だから謝んないでぇっほっ、ごほっ!」
まだあいつの吐瀉物からは強烈な匂いが放たれ続けている。魔眼光殺砲は足裏を貫通したようで、今は低く唸りつつこちらを睨んでいるけどこの場で闘うのは海上より不利かも。
「サークラー! どいて!」
遠くからロゼルが叫び、同時にシュラノから魔力の高まりを感じる。
カゲヤとふたりその場から離れると同時にシュラノが見えない何かを放った。
突風――風の魔術か。
風の塊と思われる魔力弾は砂浜に命中し、爆風が辺りに漂っていた刺激臭を吹き飛ばしてくれる。さらに舞い上がった砂は『鋼玉鱗』が吐いたダメージゾーンを埋め尽くすようにドサドサと落ちていく。
「匂いだけじゃなくて毒とか溶解の可能性もあるから、その場所は踏まないようにねー!」
「ふたりともありがとう!」
ようやく深呼吸ができた。涙が止まり、クラクラしていた頭もはっきりする。
「私は完全回復したけど、カゲヤはどう?」
「奴を屈服させるには事足りる」
まだ目が赤いし息も少し苦しそうだ。
けどカゲヤが大丈夫と言うなら、それはそうなのだと信頼できる。
「しっかし随分おいたしてくれたねこの子は……」
高く見上げた位置の三白眼を睨み返す。
「まずは不浄の場所から躾けねばならんな」
……カゲヤ、もしかしてペット飼ったことある?