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若干、蚊帳の外

 魔王の私室。

 それは魔王城の最奥に位置する。

 通路は一切なく、転送魔法陣でしか来ることができず、外からの攻撃にも微動だにしない、魔王城でも一番のセキュリティを誇るこの場所に、真っ黒い穴が開いた。


 穴はどんどん大きくなり、両手を広げたぐらいのサイズになる。地球に渡るときは魂だけで、精々が純金やゲーム機を持っていけるぐらいの大きさしか見たことがないので、これほどの規模は初めてだった。


 そして、その中からにゅっと、人影が出てくる。


 白い角、薄緑の長い髪、溌剌そうな顔立ち、小柄な全身。

 地球なら高校生ぐらいに見えるその少女は、すとんと穴から抜け出て床に着地する。

 ポケットのいっぱいついた、軍人とかが着ているような服装。あちこち汚れている。

 素早く室内を見渡した彼女は、私を捉え――ぎらり、とその眼を光らせた。


「XXXXXXXXXX!!」


 こっちの言語で叫びながら、ダッシュしてくる少女。

 けっこう早い、躱せなくもないけど、避けたら背後の家具が、あ、手を広げてる、やだ抱きつかれる? まあ美少女だしいいか? いいのか?


 脳内を駆け巡る思考。

 寸前に迫る少女。


 が、


 びしり、


 と音を立てて、彼女は凍りついた。

 比喩でなく、物理的に。 


 ぶわっと冷たい空気が押し寄せる。

 謎の少女は、床から天井に達する氷の柱に閉じ込められ、走っている格好そのままに、その場へ縫い留められていた。


「よし、固定した」

「サーシャ、すみませんが氷の切り出しと床の清掃を」

「はい。牢も手配します」

「あの部屋は私が見てくる」

「ではイオリ様の避難は私が」


 素早く動き出す私以外の3名。


 え、なにが起きてるの?


「イオリ様、申し訳ありませんが自室へ移って頂けますでしょうか」

 バランが緊張した面持ちで言う。


「はい、あの、これって一体……」

「……私も些か混乱しております。事態を整理し、後ほど説明という形でご容赦頂きたく」

「わかりました」


 ここで粘っても仕方ないし、焦った様子の彼ら相手に質問で拘束するのも迷惑だろう。


 バランの案内で例の豪華な部屋に移動し、ほどなく部屋付きのメイドさんがやって来て、私はしばらくここで待機ということになった。


「申し訳ありません、この部屋で数日過ごしていただくことになりそうです。必要なものはございますでしょうか?」

「あ、じゃあこっちの世界の言語を学ぶ教材とかないですかね?」


 時間を潰すのなら、今の優秀な脳みそを使ってみようと思う。

 さっきの少女みたいに、こちらの言語で叫びながら突進されると、わけがわからなすぎて一瞬テンパるのだ。

 何を喋っているのか分かれば、この置いてきぼりな感覚も薄まるだろう。

 そう、自分以外のまわりが大変そうだと、何も知らない己がなんだか情けなく思えてくるよね。


 ゲーム機も借りたいところだったけど、それをすると魔王が悲しみそうなのでやめた。電池に限りがあるので。


「承知しました。すぐにお持ちします」


 バランはメイドさんにいくつか早口で指示をしてから、部屋を出ていった。



 

 3日間。

 私はその部屋でぐうたらしていた。


 魔王もバランもサーシャも姿を見せず、メイドさんは食事の配膳や掃除以外は私の視界に入らない位置で待機している。

 やることもないので、バランが手配してくれた教科書っぽいもの――日本語対訳があるので、自作っぽい――で勉強したり、その成果をメイドさんとの会話で実践したりした。

 でもメイドさん、私と話すときすっごく緊張した様子なので、あまり長くはしなかった。……もしかして私、怖がられてるのかな? あるいは凄く偉い人とかに思われてる?こんな部屋用意してもらっちゃってるしなあ……。


 もちろんバランに指名されたメイドさんだけあって、表面的には緊張感をまったく見せないし、ドジっ子みたいな失敗もしない。けど内面の、例の光の水とか靄なんかの動きで、わかっちゃうのだ。ちょっと悪趣味かなあ、と思うけれど、あれだ、見るまいと思ってもついつい視線が向いちゃうような感じ。


 勉強や会話の合間は、バルコニーで景色を眺めていた。

 とにかく大パノラマなので飽きないし、集中すると視界の一部をクローズアップして、通常なら豆粒にもならない距離にいる動物や、頑張れば小鳥なんかも観察できたりしてしまう。


 ずいぶん、のんびりした時間だった。


 今ならシアが来てもあんまりイラつかないで会話できるかもなあ、いや厳しいかなあ、などと思うものの、あれ以来姿を見せることはなかった。

 



 そしてさらに3日後。


「イオリ様、大変お待たせしました。諸々の説明を差し上げたいので――」


 だいぶ疲れた様子のバランがやって来て、私は魔王の部屋に向かった。


「……おおう」


 部屋で待っていたのは3名。

 魔王様とサーシャと、あと、ええと、なんか死刑囚に使われるみたいな拘束器具に固定されてる、先日見たダッシュ少女。

 キャスターの上に板を立てたような器具にはりつけにされ、ベルトや鎖で全身を頑丈に縛られ、喋れないように口も布でぐるぐる巻きにされている。


 眼だけが、相変わらずぎらぎら光って私を見てる。ちょっと怖いかも。


「イオリ」


 魔王様が口火を切った。バラン同様、なんだか疲れた顔をしている。


「まず――謝罪する」


 そして魔王様が、頭を下げた。

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