ドゥ○イン・ジョンソンあたりなら違和感ないシーン
大鮫とオオトカゲが真正面から取っ組み合い、周囲には激しい波飛沫が巻き起こっている。
無事な足場は残り少ない。
海に落ちればそこは深さ数十メートル。
最も間合いが長いのはオオトカゲの尻尾。最も攻撃力が高いのは大鮫の顎。
「まあ、安置には程遠いけど……」
足場を飛び越え、思い切り高く。がしっと掴んだのはオオトカゲの背中にずらりと並ぶ針状の背ビレ。槍よりも太く、濡れて滑りやすいそれを握力任せに保持する。
そうして私はオオトカゲ『鋼玉鱗』の背中に上陸した。
高くなった視界で見渡すと、里の人たちは弓を構えつつもどちらを攻撃すべきか悩んでいる様子。アディヤさんもまだ指示は出せていないみたい。――そっか、ロゼルが投げたのが何かも知らないんだし。
「アディヤさん!」と大声を上げる。「捕獲するのは『鋼玉鱗』! てことで『化け食い』を仕留めます!」
そう叫ぶ間にも2頭の怪獣はガンガンぶつかり合っているので私の視界は上下左右に思い切り揺らされている。『鋼玉鱗』の方はサメと違ってほとんど潜らないのが救いか。
声の出どころから怪獣の背中にいる私を見つけてアディヤさんは目を丸くするが、すぐにメガホンを構え「わかった! ありがとう!」と返事が来る。
「よし、っと……」
視線を下げ、『化け食い』を見据える。鉤爪の振り下ろしを避けてオオトカゲの背後に回り込むが尻尾に阻まれ、横から脇腹へ食らいつこうとしている。
こうして上から見るとよくわかるが、『鋼玉鱗』は前脚が短く後ろ脚は海中、たぶん立ち泳ぎに使われている。つまり尻尾と牙と鉤爪、その攻撃が届きづらいのは下半身よりの脇腹ということだ。
そこが攻めやすいと『化け食い』も察したのだろうが、それはつまり私もそこを狙いやすいわけだ。
攻撃する瞬間こそが最も無防備ってのはバトル漫画の定石である。
背ビレから手を離し、呼び名の通り金属みたいな硬さのウロコを蹴って急降下。
今まさに食らいつかんと大顎を開いた『化け食い』の鼻先に飛び蹴りを叩き込んだ。
ゴキイッ、と硬い衝撃音。
20メートルクラスの大鮫がのけぞり、身体をくねらせた。C級映画のサメなら盛大に悲鳴を上げたことだろう。
背後で巨大な質量が動く気配。蹴った反動でまた上空へ戻ると、向きを変えた『鋼玉鱗』が鉤爪を振りかざしている。ウロコの間に指先を引っ掛け、また背中へとよじ登る。
私のことも餌だと認識しているはずだけど、サイズも動きもちょこまか飛び回るハエみたいなものだし、今は眼の前の敵を仕留めるチャンスが優先なのだろう。こちらを気にした様子もなくオオトカゲは前脚を振り下ろし、その鉤爪が『化け食い』の背中に突き刺さった。
のたうちまわり、激しく海面に尾ビレを叩きつける『化け食い』。太陽を隠すような水柱が上がり、周囲一体に雨のごとく海水が降る。
それでもなお戦意が衰えないのは薬の影響だけではなく大鮫の本能なのか、ぶしゅぶしゅと血液を吹き出しながらも『化け食い』は牙を剥き、たった今己を傷つけたオオトカゲの前脚に噛みついた。
「ギュロロアアアァァ!」
トカゲの方は鳴き声が出るらしい。振り払おうと前脚を動かすが、大鮫の顎はがっちりと食らいつき、バキバキとウロコを破る音が続く。
――まずい、このままだと腕を食いちぎられる。乗り物的に支障が!
再度攻撃しようと姿勢を変えたけど、遅かった。
ザグンッ
と突き刺さるは十文字槍。カゲヤの一撃は『化け食い』の顎の付け根へと見舞われ、その強靭な咬合力が緩む。すかさず『鋼玉鱗』は腕を引き抜いた。かなりひどい傷だけど動きはするようだ。
「射てぇ!」
そして頃合良しと見た里の人たちが一斉に弓を放ち、オオトカゲの腹側、ウロコの薄い部位へと矢が突き刺さる。
嫌がったのか『化け食い』への追撃をやめた『鋼玉鱗』はその視線を射手たちに向けるけど、そうはさせない。
「せいっ!」
肩口から頭部へと登り、その脳天に拳を打ち付けた。
ゴッキィーン、と凄まじい金属音が鳴り響く。『化け食い』のような鮫肌ではなくウロコ自体は滑らかだけど、マジで硬い。まあまあ強めに殴ったのにヒビすら入らないとは。
それでもダメージにはなったみたいで、『鋼玉鱗』の巨体がぐらつく。
そして『化け食い』の方にはシュラノが容赦なく氷槍を乱打し、さらにヒレを掴んでイルカショーの如くその背に乗っているカゲヤがトドメの一撃を突き刺した。
おおっ、と里の人たちがどよめくなか、頭部に十文字槍を突き穿たれた大鮫『化け食い』の身体から力が失われ、海中へと沈んでいく。
集中してその様を見つめ、魂が身体から離れていくのを確かめる。
「――『化け食い』討伐完了! 続いて『鋼玉鱗』の捕獲に本腰入れます!」
オオトカゲの頭部に乗ったまま声を張ると、周囲から歓声が湧く。
「なんだあれすげぇ!?」
「俺今日は撤退だと思ってた!」
「俺も!」
「普通殴ろうと思わねえだろ!?」
「なにでできてんだあの嬢ちゃん!?」
大量の魔獣の死骸でできてます。
さあてフェーズ2だ。
このままこいつの頭を殴り続けるのは脳に損傷が出るかもしれないし、ひとまずは離れる方がいいかな。
でも背中側は基本的にどこもウロコが硬いから、弓で狙うべきは腹や首や関節部分など。色が薄いからわかりやすいけど、そこを狙いやすくするにはなるべく立ち泳ぎの状態にさせとかないといけない。そうなるとこのまま頭部のあたりで引き続きうろちょろしつつ噛みつき攻撃を誘うほうがいいのか? でも飛べるわけじゃないし、潜って振り払おうとかされると逆に面倒になる。
どうしようかと悩んでいるうちに、アディヤさんの声が届く。
「浜辺へ誘う! サクラさんたちもこっちへ!」
「――っ、了解です!」
それは事前に聞いていた『鋼玉鱗』限定の作戦だ。
3種のうちで唯一陸上に上がれるこいつを浜辺へおびき出し、戦いやすくする。
ただしこれは背水の陣だ。なんせ浜辺から道をたどればそこは隠れ里なのだから。
つまり絶対に先へは行かせない。
無事に捕獲するか、
やむを得ず仕留めるか、
――あるいは、浜辺の人間が生贄になって怪物を満足させるか。
「みんな誤解しないように! 変な覚悟はいらない、最善の手段しか取らないよ!」
見透かしたようにアディヤさんが全員へそう叫ぶ。
おうよ! と周囲の男たちが沸き立つ。
「こっちにも笑えるぐらいの怪物がいるんだから互角! あとは皆の働き次第だからね!」
おうとも! とまた気勢が上がる。いやいいんだけど私はもうどこへ行こうとこの路線からは脱却できないのか……。
「サクラ」
「えっ?」
いつの間にかオオトカゲの頭部まで登ってきたカゲヤが口を開く。
「景気づけだ。ひっくり返すぞ」
無表情ながら言葉には気合が入っている。
「いいね」
笑って頷く。
「シュラノ! 双発式よろしく!」
眼下で浜辺へと足場を駆けるシュラノとロゼルたちの方へと声を投げかける。「あいよ!」とやや息を荒くしながら返事が来るのと同時にカゲヤが腰のロゼル特製ロープを解く。
沈みゆく『化け食い』の死骸に爪をかけ、今にも食らいつきそうな『鋼玉鱗』の首へそのロープをひと巻き、私とカゲヤで両端をしっかり掴む。
タイミングよく私たちそれぞれの真横に魔法陣が展開される。
「せえのっ!」
息を合わせて同時に魔法陣へ乗る。
ドンッ、と太鼓を叩いたような野太い空気音とともに、私たちは水平に跳躍した。
――シュラノによると、この魔法陣に込めている力は空間固定を基本に、射出か反射のどちらかを組み込んでいるという。
今回注文した双発式は私とカゲヤの全力ジャンプに耐えられるだけの、強力な空間固定特化。
浜辺へと向かって砲弾のごとく全力水平ジャンプした私たちは1本のロープを掴んでいて、それは『鋼玉鱗』へと巻き付いているわけで。
ガクンッ、と物凄い抵抗が発生して手のひらから手首、肘、肩へと衝撃が伝わる。
――けれど合わせてレベル1600オーバーのステータスは、全長30メートル近いオオトカゲの重量を受け止めるに足るものだった。
ロープに牽引され、ざばりと海面に全身を現した『鋼玉鱗』はそのまま宙を舞い、隕石でも落ちたのかと思うような轟音と共に浜辺近くの海面へと仰向けに倒れ込んだ。
うまい具合に私の落下位置に足場があったので、もう1本のロープを投げてカゲヤを引き寄せる。
手がヒリヒリして肩に鈍い痛みがある――私の義体でこれなのだから、
「カゲヤ大丈夫?」
「正直、今すぐ2度目をやれと言われれば厳しいな」
「うわゴメン!」
いけると思ったから大木の束や大岩相手に練習してきたけど、本番は想像以上のサイズと重量だったか。水の抵抗もあっただろうし。
「問題ない。狙い通りに成功した。――ただ、士気は上がったと言うか……」
周りを見渡してカゲヤはぽつりと言う。
「あっ……」
この辺りに漂っている気配は。
驚きと興奮に怯えがブレンドされた、ジルアダム帝国の闘技場でも感じたこの視線は。
弓を持つ手をだらりと下げ、呆然とこちらを見ているひとりに目を合わせるとすっと逸らされた。
隣の男は引きつった笑みで拳を掲げようとしたけど「いいのかな?」という感じで引っ込めた。
「――っはははサクラたちマジでバケモノー! みんな引いてるじゃん加減しなよっていうかほんとに勢い強すぎだって! あのロープでトカゲの首斬り落とすつもりかって思ったもん。ねーアディヤー?」
ひとり爆笑しているのはロゼルだ。既に浜辺に辿り着いてアディヤさんの肩をばんばん叩いている。うん、今は君の存在が救いだよ……。
アディヤさんもぽかーんとしてたけどすぐに気を取り直してメガホンを構える。
「……よ、よし! 訂正するぞこっちの怪物はふたりいた! 互角どころじゃない有利なんだからうろたえてないで働きなさい!」
その声に慌てて里の男たちが陸戦用に陣形を組み直し始める。
「ようこそ」
こっち側へ、と私はカゲヤの肩をぽんと叩いた。