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乱入クエスト受注

 推定20メートルの大鮫を優に上回る巨躯。

 陽の下に出てきてなお深く昏い輝きを帯びた緑のウロコ。

 漆黒の騎槍が槍衾を作っているかのような、トサカから背ビレへと繋がるトゲ。

 太く短い四つ足の先には、クレーン車のフックに負けないサイズの鉤爪が生えている。

 ワニほど長くはないけれど、鼻先から伸びた顎は裂けるように大きく開き、針のような形状の牙がずらりと並ぶ。


 ――海中に生息するオオトカゲ、通称『鋼玉鱗』。

 『化け食い』と同じく『歩く船』に仕立てることのできる捕獲候補ではあるけれど……。


「両方来るなんて予想外だよ!」


 目前で繰り広げられている怪獣大決戦の衝撃に私は叫んだ。


 オオトカゲに横腹を噛みつかれた大鮫は大きく身動ぎし、その牙から逃れる。そして反撃しようと『鋼玉鱗』の周囲を素早く旋回するが、そうはさせじと野太く長大な尻尾が海面に叩きつけられる。


 巨大な水柱が何本も上がり、周囲の足場は早くも壊滅状態だ。


 ゴジ○vsメガロドンみたいな映画ってあったかなあ? アサイ○ムあたり作ってそうだなー。……などと現実逃避している場合じゃない。


「えっ、でもどうすればいいのこれ? ――アディヤさーん!?」


 位置取りとしては私たちが最も沖の方で、浜辺にいるアディヤさんたちとの間で巨大生物2体がバトっている構図だ。

 水飛沫と巨体の向こうに見え隠れしているアディヤさんも驚愕している。――これは、すぐには答えが来ないかもしれない。


「片方倒すしかねえだろ?」


 シュラノがそう言った。


「うん、そうだよね」


 2体とも捕獲する余裕はないだろう。足場はどんどんなくなるし、薬だって多少予備はあるにしても2体分には足りないだろうし、捕獲したところで持て余しそうだし。


「えっ、やだもったいないどっちも欲しいよ私!」


 いやまあロゼルはそう言うと思ったけど。


「陸地ならともかく、海上であの2頭を殺さず大人しくさせるのは無理だ」


 カゲヤが断言すると重みが違う。


「そして速やかに片方を仕留めねば、残った方とて『歩く船』に使えないほどの傷を負いかねない」

「ああー、そっか、でもなあちょっとなあサクラどうにか頑張ってなんとかできない?」

「いい子だから諦めなさい」


 ぐりぐりとロゼルの頭を撫でる。


「で、どっちを仕留める?」

 シュラノの問いに私は悩む。


「うーん、既に薬がだいぶ効いてるはずの『化け食い』を残した方がいいかと思ったけど、最初の一撃でけっこう大きな傷できてるんだよね……」


 怪獣同士のバトルは今のところ互角に見えているけど、『化け食い』の胴体には『鋼玉鱗』の噛み跡がはっきりと残っていた。食いちぎられてはいないけど、無数の針が刺さったようなものだ。じくじくと血が流れている。


「だが両者の全長に反して、口の大きさと牙の威力は『化け食い』の方が上だ」

 とカゲヤが言う。


 それを証明するかのように尻尾の叩きつけを避けながら『化け食い』が距離を詰め、お返しとばかりにトカゲの脇腹へ食らいつく。

 ガキィン! と硬質な破壊音を立てて『鋼玉鱗』のウロコが弾け飛び、白っぽい肉がむしり取られる。


「資料でも攻撃力は『化け食い』が最強だとあった。致命傷を受ける可能性が高いのはむしろ『鋼玉鱗』の方かもしれない」

「どっちにしても早く決めて早く倒さないとかぁ……」


 こういう場合、結論を言わなきゃいけないのはリーダーである私だ。カゲヤもシュラノもそれを待っている気配がする。


 ――が、今回の旅にはイレギュラーが参加していた。


「え?」


 ぱしゃり、と近くで上がった水音に目を向ければそこには足場を離れ海面を走るロゼルの背中があった。器用なことに砕かれた足場の破片へ次々に飛び乗りつつ怪獣たちの方へと突進していく。


「なにしてるのロゼル!?」

「加勢!」


 振り返らず答えた彼女はまっしぐらに駆け抜ける。――信じ難いことに恐怖の気配がまったく感じられない。

 小柄なロゼルが近づいたおかげで2頭の巨大さがより一層際立っている。あんんなの、豪華客船同士の衝突事故現場に突入するようなものだ。


「とりゃっ!」


 ロゼルが右手に握った何かを投げ、それは『鋼玉鱗』の口の中へと吸い込まれていく。本来であればそれぐらいじゃまったく意に介さない怪物たちではあるけれど。


「あ、やべえな」

 シュラノが呟く。


 眼の前の強敵に意識が向いていた怪物も、餌と思われるよう色々塗ったり身につけたりしたロゼルが接近すれば気づく。『化け食い』は尾ビレを揺らして彼女の周囲を旋回しはじめ、『鋼玉鱗』はぐわりと首を曲げて小さな獲物を睨む。


「ようし逃げるよ! へいパース!」


 ひゅんひゅんとロープを振り回してからこちらへと投げるロゼル。先端には重りがついているので飛距離は十分だ。


 ばちゃり。


「あっ」


 ただしコントロールが良ければだけど。……ロゼル、道具開発に熱心であんま練習しなかったからなあ。


「ぎゃあちょっと待って待って助けてぇ!!」


 大鮫は海中に姿を消し、今にも足元からロゼルに食らいつきそう。オオトカゲは既にがばりと口を開け、黄色いよだれが垂れている。これまたパニック映画のジャケットになりそうな絵面である。


 シュラノが無言でため息をつきながら魔法陣を展開した。

 慌てて飛び乗ったロゼルが勢いよく射出され、私たちのいる足場の真上まで一瞬で到達、そのまま通り過ぎて沖まで行ってしまいそうなところを追加の魔法陣が防ぎ、彼女はワンバンして垂直落下。まるでバレーのスパイクがネット際に叩きつけられるような軌道だ。

 かっこーん、といい音を立てて脳天から足場に激突した。


「ぅあいったあー、ねえシュラノわざとでしょ!? わざと勢いつけ過ぎたでしょ!」

「……ほんと頑丈だなお前」

「感想そこじゃない!」

「そしてお前も文句言うとこじゃねえ。んで何を投げたんだ?」


 私も気になってるので『鋼玉鱗』の様子を見てるけど、今のところ変わった様子はないかな? 餌が逃げたので再び『化け食い』とぶつかり合っている。


「何って、ああそっかシュラノは知らないかな? サクラわかるでしょあのミックスハーブ」

「え? お刺身の?」

「もうお腹すいたの? 違うよあれだよ強化する方の」

「……ああ! あっち!」

 

 ロゼルがアディヤさんに提案していたうちのひとつ。


「たしか、基礎体力を上げるっていう……」

「そうそう。素の能力を割り増しするからレベルが低いほど効果があるの」

「そっか!」


 ぱっと視線を向けると、たしかに『鋼玉鱗』の動きが徐々によくなっているような。

 大鮫もオオトカゲも、生物として巨大で強大ではあるけどレベル自体はかなり低い。この大陸東端では魔族領土の魔魚などまずやって来ないのだろう。


「作った分ぜんぶぶち込んだけど、あの大きさだから5割増とはいかないよね。代わりに濃縮しといたから即効性はあるよ」

「あー、そういうことな」


 一緒に聞いていたシュラノも納得したように声を上げる。


「片方に加勢するだけじゃなくて強化もしてやりゃあ、より速やかにもう片方を討伐できると」

「そうそう! そんで防御力はトカゲの方が高いからそっちを強めたほうがどっかのパーツ破壊されたりする可能性下げられるしね」

「そうだな。そんでもって、ただでさえ化物なオオトカゲが強化された状態ってのを、オレたちは捕獲しなけりゃならなくなると」


 こうして話しているうちにも『鋼玉鱗』はみるみる勢いを増し、明らかにスピードもパワーも高まっている。尻尾の一撃で粘土のように『化け食い』の背中が凹み、鉤爪は深々と皮膚を引き裂く。


「そこはまあがんばろう!」


 にっこりと笑うロゼル。


「……よしっ」

 息を吐いて気を取り直し、私はカゲヤとシュラノに声を掛ける。


「帰ったら、モカも呼んで飲み会しよう」

「そうだな」

「手配する」


 男ふたりも頷き、戦闘態勢に入る。


 さあ、とりあえずは手加減なくせるのでパーッと行こう。


 まだ無事な足場はぽつぽつと残っている。私のジャンプ力なら問題ないだろう。


「ひと狩りいくよ!」

 私は跳躍した。

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