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WARNING!!

 3畳はありそうな木製のパネルをロープでつなぎ合わせた足場は、浜辺から沖合まであみだくじのように縦横に伸びている。外周部には里の男手が立ち並び、様々な道具もそろっている。中央には私とカゲヤが、少し離れて浜辺よりにはシュラノとロゼルが陣取っていた。

 浜辺に残ったのはアディヤさんと数名の男手。さっきまではそちらにいた1頭のヤギが、今は私たちの近くで真新しい檻に入っている。


「それじゃあ、撒きまーす。皆さん準備はいいですかー?」


 声を張ると、周囲から「応!」「大丈夫だ!」「任せたぞー!」と返事が来る。浜辺でアディヤさんも軽く拳を掲げていた。


 預かった壺のフタを開けると、この間と同じく強烈な匂いがまき起こる。息を止めてそれを檻の鉄格子、足場、そして海へと撒いていく。

 空になった壺を海へ捨て、足場を数ブロック離れてじっと待つ。太陽は真上。海はギラギラと光って海中の様子は見えない。


 さっそくパチャパチャと軽い水音を立て始めたのは小魚の群れだ。次にそれを狙って中型の魚が来る。順に大物が来て、最後には目当ての怪物が来るはず。


『あの透明な化物みたいな類はそんなに多くない。連続して釣れるのは相当運が悪いときぐらいだろうな』

 とアディヤさんが言っていたのがフラグにならないよう祈りつつ待機する。


 私とカゲヤは肩の力を抜きつつも檻の近くで立ったまま。里の人たちは交代でしゃがんだりタープの下に入ったり。――今日は本番なので、殺風景だった足場の上には他にも道具の入った箱や水瓶、椅子なども置かれていた。


「ねえシュラノあっついから氷とか出してよー」

「無駄使いさせるな黙って休んでろ」


 ロゼルとシュラノもタープの下で仲良く並んで座っている。


 ばちゃばちゃと大物が小魚を追い始めた。

 じりじりと太陽に照らされながら待つ。


 ――――――。

 ――――。


 すうっ、と沖合にそれは姿を現した。


 黒く濡れた、三角形の背びれ。――それだけで自動車並みのサイズだ。

 背びれは緩やかにこちらへと近づき、ふいに海中へと消えた。


 既に全員が臨戦態勢。


 …………。

 

 ザバァッ、と水しぶきを上げて再びあの『顎』が目前に突き出た。


 3種のターゲットのうち1番の暴れん坊だという大鮫、『化け食い』だ。


 背中側が黒く、腹側が白い。瞼も白目もない、無機質で真っ黒な瞳。不自然なほど大きく開かれた両顎は軽々と足場ごと檻を上下から挟み込み、鉄格子と中にいるヤギが悲鳴を上げる。

 破壊され浮力を失った足場は大鮫の質量などとうてい維持できず、獲物を頬張った『化け食い』はすぐに海中へ戻ってしまうだろう。


 ――そのわずか数秒。


「打てぇ!」


 号令に合わせて里の人たちが一斉に放つのは弓矢。ただし通常の武器ではなく、中に薬品の仕込まれた注射器に近いものだ。

 そのぶん太く重たいので狙いを定めるのに時間がかかり、即座に発射されたのは10発ほど。そしてうまく刺さったのは半分ぐらいか。


 ゴギィッ、と重たい音を立てて鉄格子を食いちぎった『化け食い』は、矢が刺さったことにすら気づいていないのか平然としたまま海に沈もうとする。


「ちょっと待ったあ!」


 すかさず私は右手に握っていたロープを引っ張る。――反対側を鉄格子の四方に結びつけていたものを。

 がくんと大鮫の動きが止まり、私のいる足場が大きくぐらついた。


 ――さすがにきついな。


 巨体の持つパワーに加えて、こちらは不安定な海上の足場だ。釣り上げるなんて無理、もって数秒か。

 でもその数秒があれば。


「続けぇ!」


 第2射が次々と大鮫の背中へと突き刺さる。

 加えてカゲヤが投げ放ったのは槍よりも太い銛。巨大な浮きに繋がっている捕獲道具だ。


「――っ、限界!」


 さすがに銛の一撃はダメージとなったのか、『化け食い』が大きく巨体をうねらせ、生じた大波で私のいる足場が跳ね上がる。

 右手のロープを大げさに投げ捨てると、それを合図に身体がぐんと引き寄せられた。――左手で握っていたロープを引っ張ったカゲヤのいる足場へと。


「ありがと!」

「無事で何より。――しかし本当に千切れないとは」


 手元のロープを見つめるカゲヤ。

 不安定な足場で動き回るためこうしたロープワークを練習してきたけど、最初はしくじってどちらかが海に落っこちたり力加減を間違えてロープを引きちぎってしまったりと失敗が目立ったのだ。

 そこでロゼルが開発したのがこの特製ロープ。なんと私が全力で引っ張っても5秒は保つ逸品だ。


 ――ちなみに試作品を軽々とちぎること3度目、涙目で『くっそう見てろサクラぁー!』と山に籠もったロゼルが植物の繊維、獣の腱と脂、クモの糸にキノコの煮汁などを特製ブレンドで仕立てたこのロープ、カゲヤの見立てではひと巻き数千カラルでも売れるとのことです。


「何本決まった?」


 浜辺からはアディヤさんがメガホンを使って質問している。


「あー、浅いのも入れると――」

「自信持って言える分だけ!」

「赤が8本に青が5本だ!」


 地声で答えているのは男手のリーダー格らしき壮年の男性だ。


「サクラさん!」それを受けてアディヤさんがこちらに向く。「70数えたら1の壺を撒いて!」

「わかりました!」


 私も地声で返す。


 ――こうした伝達をする余裕があるのは、もちろん大鮫がいったん海中へ潜っているから。

 あの巨体には足りないだろうが餌は獲ったし、手傷も負った。普通の野生動物なら少なくともこの近辺にはしばらく上がってこないだろう。


 そこで効くのが矢に仕込まれていた薬品。ひとつめは簡単に言えば興奮剤だ。海中でしばらく泳いでいるうちに効いてくるので、タイミングを計って大鮫用に数字の1とサメの絵が書かれた壺の中身を海中に撒く。最初のよりは匂いが弱いけど、薬臭さが減って生臭さが増しているのでより悪臭に近くなっている。


「よっし、それじゃ本格的に暴れようか」

「承知」


 カゲヤとそれぞれ別の足場に立ち、片手にはすぐ投げられるようロープを装備する。足場にも命綱をひっかける金具はついているけど、私たちのパワーと動体視力だと必要時に投げ渡して互いに保持するほうが安全なのだ。


 ざぷん、と小さな音。

 少し沖合に木製の樽――さっきカゲヤが投げた銛に結わえ付けられていた巨大な浮きが姿を見せていた。


「正面少し右だ!」


 外周にいる人も目ざとく声を上げてくれる。


 そして、あの巨大な背びれが白い波飛沫と共に海中から突き出てきた。


「来るよ!」


 ザザザザ、と海面を切り裂くように直進してくる大鮫。目指しているのは当然ながらさっき2度目の壺を撒いたあたり。さっきより動作が荒々しく見えるのは、興奮剤が効いてる証拠だろう。


 ――ズァバァンッッ

 再び巨大な顎を開いて『化け食い』が躍り出た。餌のいない足場を一瞬で噛み砕き、不満げに空へとその残骸を吐き出す。


 ……あらためて、とんでもなくでかい。

 人間が余裕で立ったまま入れるだろうサイズの口、並ぶ歯は1枚で盾にできそうで、それが3列に生えている。

 あちこち古傷のある黒い皮膚は歴戦の威圧感を放ち、大型バスを優に超える巨体はその内に秘められた途方もない暴力を感じさせる。


 周囲に展開している里の人たちから、強い恐怖心が巻き起こるのを察知した。


「――いくよ!」


 呑まれてたまるか、貴様は移動手段と化すのだ!


 大鮫の動きで海面が暴れ、足場が揺れる。その上を駆け出した。

 急所は禁止、目玉やヒレなど移動に支障が出る箇所の破壊も禁止、制約はキツイけど皮膚がぶ厚いので内臓へのダメージはあまり気にしなくていいだろう。魚類なので脳もそんなに大きくないはず。


 アディヤさんに全身色々仕込まれたうちのどれかに反応したらしき『化け食い』の気配が私へと突き刺さる。……目は合ってないので嗅覚か、資料に書かれていたサメ特有の肌感覚かな。

 弧を描くように身体をしならせ、『化け食い』が飛びかかってきた。

 眼の前いっぱいに赤黒い口の中と、白い歯の剣山が広がる。


 すかさず真横に飛んだ。

 足場のないエリア。そのまま着地すれば盛大な水柱が上がる場所へと。


「シュラノ!」

「あいよ」


 空中に魔法陣が浮かぶ。本来は向かってくる敵や攻撃を跳ね飛ばす防御用の魔法陣だ。

 それを足場に空中で三角跳びし、さらに上空に追加された魔法陣を蹴り、垂直に降下する。目前には大鮫の広々とした背中。


 まずは一撃。


 放った拳に、ぶ厚いゴムマットでも叩いたような感触が返ってくる。私のパワーで殴ってこれだと、やっぱり相当に頑丈だ。


「……ったぁ」


 そして、ゴムマットの表面は紙やすりだった。――そうか、鮫肌ってやつか。さすがにアディヤさんの資料も素手で殴ることまでは想定してなかったらしい。初手なので念のためカイザーナックルをつけてない左手を使ったのが災いした。


 それでも多少のダメージはあったのか、暴れる『化け食い』の背中を踏んでまた上空へ。タイミングを合わせて飛んできたロープの先端を掴み、カゲヤの近くまで戻る。


「サクラ、その手は」

「大丈夫、すぐ治る」


 ひりひりと痛むのは、痛覚軽減が働くまでもないレベルの傷ってことだ。

 次は蹴りのほうがいいかな、と思ったものの『化け食い』は私たちのいる場所ではなく、シュラノたちへと目掛けて泳ぎだした。


「わぁー、来た来た!」

「喜ぶとこじゃねえな」


 シュラノが炎弾と氷槍、2つの魔術を左右同時に放つ。……そんな器用なことできるんだ。


 炎弾が背ビレに命中して海上に火柱を上げ、氷槍は水面下の背中に突き刺さる。『化け食い』は嫌がるように身動ぎするが、なおもシュラノたちの足場へと突進していく。

 ――が、それより早く魔法陣を展開してロゼルと共に離れた足場へ退避し、無人となった足場だけが無惨に噛み砕かれる。


「一撃ごとに足場なくなっちゃうのはまずいね」

 その様子を見ていた私が言うと、


「そうだな。長期戦は避けたいがこちらの攻撃は加減が必要で、接敵にも手間取る」

 カゲヤも渋い顔で頷く。


 ちゃんと考えていた戦法はあるけど、まだ使えないかな?

 私は浜辺へと声を投げかけた。


「アディヤさん! 過敏薬は?」

「まだ足りない! あと5本は必要だ! 狙いやすい位置に誘い出してくれないか」

「了解です!」


 4人それぞれが中央足場の浜辺よりへと移動する。足場に展開している里の人たちだけでなく、浜辺にいる人たちも矢を打ちやすくするために。

 餌の空振りが続いて苛立っているのか、すかさず『化け食い』も追いかけてくる。


「んー、やっぱ炎は効きが弱いね」とロゼルが観察する。「まず海水を蒸発させてから皮膚を焼く順番になるし、それも潜られたらすぐ消えるし」

「だな。けど氷は加減が難しいんだよ。速度出さねえと当たらねえけどそうすっと威力も上がるしで」

「あいつが口開いたとこにでっかい氷塊押し込むとか?」

 思いついて私が言うが、

「その質量だと消費がなあ……、魔法陣もわりと食うし、ってもう来るぞ速えな!」


 ロゼルの言う通りたいして火傷もしていない背ビレがもう近くまで迫ってきている。仕方ないとりあえずまた私が攻撃を――


「え?」

「は?」

「あ?」


 全員が驚愕に目を見開いた。


 暗緑色のウロコ。

 無数の槍が並んだようなトサカ。

 一軒家でも釣り上げられそうな鉤爪の生えた前脚。


 ――突進してくる『化け食い』の横っ腹に、超巨大なトカゲが食らいつく怪獣大決戦を目撃して。

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