便利キャラはすぐバランス崩そうとするんだから
すがりついているロゼルの頭を見下ろしながら私は悩んでいた。
脳裏にはバランが手紙にまとめてくれた『ロゼルの取説』が浮かんでいる。
――単純に禁止するのは無意味どころか逆効果。裏をかいたあげく斜め上に被害を拡大する恐れあり。
――本質は素直なため約束までこぎつければ守る確率は高い。ただし自身の欲求を最上位に置いているため決して素直で善良ではないことに注意。
――その欲求をくすぐりつつ、別方向に逸らす、誘導するのが目先の問題だけに対応する場合は有効。ただそれを継続させる場合は相応の研究対象を事前に集めておく必要があり難易度が高い。
……苦労してるなあ、バラン。
とりあえずロゼルはこの旅が終われば魔王城に回収されるので、目先の問題であるアディヤさんたちの仕事を邪魔しないということだけ成功すればいいだろう。
そうなると、何に彼女の意識を向けさせるかなんだけど……。こんな旅先で私の改造手術をさせるわけにもいかないし、下手に山や海の調査を許可しちゃうと里の人たちに迷惑がかかりそうだし。
アディヤさんが言ってたように捕獲時は私たちが怪物を圧倒するのが重要なんだから、なにか武器とか考えてもらうか……。
「……ん?」
ちょっと閃いた。
というか、今さら気づいたというか。
「アディヤさん、ひとつ聞きたいんですけど」
私が口を開くと、胸元からロゼルがぱっと顔を上げた。なにやら希望に満ちた眼差しだけど、すまん、君の考えている方向とは違うんだ……。
「なんだい?」
と小首を傾げるアディヤさん。
「調教と似たようなものってことでしたけど、それって捕獲するときに前に立つ私たち以外は『歩く船』に乗れないことになりますか?」
「ああ、そこまで厳しくはないよ」とアディヤさんは首を振った。「他の人を乗せることはできる。ただ、操縦するのは捕獲時にいた人に限られるんだ。加えて言うと、たとえば今回ならサクラさんが4人のなかで圧倒的に活躍したりすると、他の3人だけではうまく操れず、あなただけしか言うことを聞かせられないといった可能性はあるな」
なるほど、親密度――とは違うな、服従度合い? みたいなものはパーティじゃなくて個人に紐づくわけか。
「それと、捕獲してから完成まで最低でも半年はかかるんでしたよね」
「そうだね。できるだけ傷つけず、かつ完璧に服従させた場合の理想値でそのぐらいはかかるよ」
「わかりました。えーっと、ちょっと内緒話するので離れますね」
「ああ」
特に気にした様子もなく頷くアディヤさんに礼を言って背を向ける。森の近くまで移動してから、念のため日本語でロゼルに話しかける。……やっぱ便利だよなこれ。いつものメンバーだとまだ意思疎通に不便がないレベルまで達してる人はいないけど、ちょっと私がレッスンする時間を増やせば――いやでもフリューネたち今でさえ相当忙しいので悩ましい。
まあそれはまた今度、今はロゼルの説得だ。
「あのさ、制作時間のことを考えるとロゼルは1度魔王城に帰らないといけないよね」
そう言うと、ロゼルは憂鬱そうに顔をしかめた。
「……そこは残念ながらそうだね。こっからまた逃げるとさすがにどんな刑をくらうかわかったもんじゃないから」
「念のため聞くけど、逃げ切りたいとかもう魔王城には戻りたくないとかじゃないんだよね?」
「うん、それはそう。まだやりたいこといっぱいあるしねー。今回のはモカたちからの手紙でこっちのこと色々聞いて我慢がきかなくなったというか、まあそんな感じ」
……そういう危険があるので私もモカもロゼル宛の手紙自体ほとんど出したことがないし、重要情報も書かないようにしてるんだけど。さてはバラン宛のとかを盗み見たかな?
「そっか」
私は大きくひとつ頷いてから、逃さないようにロゼルの肩に手を回した。
「それでさ、ふと気づいたんだけど、『歩く船』が出来上がっていざ乗るとき、ロゼルがいなくても平気なんだよね」
夕方が近づく山の方から鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「…………はっ!?」
すべてを悟ったらしいロゼルが愕然とした表情で私を見上げる。
「アディヤさんの説明からすると、たぶん操縦に必須なのは私とカゲヤになりそうだし、シュラノはどうかな? まあ少なくともロゼルには戦闘力はあんまりないんだから、ロゼルがいないと言うことを聞かせられないって結果にはならないと思うんだよ」
ロゼルもしょっちゅう大荒野踏破という普通に偉業クラスのことをしたりしてるのでレベルはそれなりに高いけれど、それでも40~50ぐらいに見える。それでよく単独で魔王城からバストアク王国までさらっと来たりするなあとは思うけど、まあ様々な道具の力と、ステータスがスピードとスタミナに特化してるのと、後は本人の強すぎる意思意欲とかなのだろう。
「――いや待って待って待とうサクラ! 嘘でしょ!? ここまで来てそれはないでしょ!? 私すごい楽しみにしてるんだよ! こんなに聞いたことない技術ってそうそうないんだから!」
「まあまあ落ち着いてロゼル。ここからが相談だよ」
ぐいっと薄い肩を引き寄せつつ私は彼女の耳に口を寄せる。
「例えばだ、私が魔王様への手紙に『歩く船の捕獲に立ち会ったロゼルも乗船時には必須になる仕組のため、完成時にはまた呼び寄せなければなりません』と適当なことを書くか、それとも『なんかロゼルいなくても平気だったんでそのまま魔王城で働かせ続けてくださーい』と書くか、すべて私次第なわけだ。――だって魔王様への報告で嘘なんて他のみんなは書けないから」
まあ私だって気軽に嘘つけるわけじゃないけど。
それどころか魔王城を出発してから今日まで色々と独断で動いた件についてけっこう言いたいことが溜まってるだろうから、戻ったらたぶん私もお説教くらうんだろうけど。
「くっ……、なにが望みなのサクラ?」
「さっきアディヤさんも言っていた通りだよロゼル。それはわかってるんでしょう?」
「ぐぬうぅぅ……」
しばらく苦悶していたロゼルは、やがて諦めたようでがくりと力を失った。
「……アディヤのやり方に口を出さない。捕獲のとき怪物や里の人に薬品とか使わない。要するに物理ダメージを与えたり防御力を上げたりって方向でサクラたちの強化に務めればいいってことだよね?」
「その通り」
決して人の言うことを理解してないわけじゃないのだ、この子は。
「けど絶対だよ! 船ができたら絶対呼んでよ! 先に乗ったりしないでよ約束だからね!」
「わかった、そこは約束するから」
だから服引っ張らないで。私、体幹強いから揺らされると服だけ伸びるんだってば。
「あ、そういえばさっき言ってたハーブって、むしろ私たちが使ったほうがいいんじゃない?」
いつもの5割増の力って、それ普通にヤバいバフなんだけど。
「あー、これね」
とポケットから小さな布袋を取り出すロゼル。中に入っている乾燥した黄色い葉っぱがそのハーブなのだろう。
「結論としては無意味。えーっと、なんていうかな、これって素の筋力というか、そうそうイオリ風に言うならレベル1の基礎ステータスを上げるって効能なんだよ。だからカゲヤみたいにレベル高すぎるのが使っても微々たる効果しかないんだ。レベル1の攻撃力が10で、レベル1000だと1010ってのがこれ使っても1015にしかならない。微差もいいとこでしょ」
「へえー、そういうこと。……じゃあ、私は? 私、レベル1でもかなりのステータスだったんだけど」
「たぶん効かない。このハーブで一時的に基礎ステータスを上げるのってさ、さらに別の言い方だと力加減をバカにする、全力の向こう側まで使い果たす、みたいなものなんだ。けどイオリの義体ってそのぐらいの出力まで標準装備だから」
「そうなの!?」
いわゆる潜在能力を100パー使えるみたいなものか。
「うん。耐久力がバカ高いから出力も常人より遥かに許容量が大きくてね。そうそう、そうなんだよ! そういうイオリの性能はなんとなく覚えてるんだけどそれをどう作ったのかがまったく記憶になくってさ手術したときにちょっと思い出せそうな気がしたんだけどあのとき私は手を動かせなかったしやっぱちょっとも一度手術しようよ今ならサーシャいないしこの際帰ってから殺されるのも――さすがにやだからサーシャ対策も考えたいなねえねえイオリとカゲヤでサーシャ退治しない?」
「ちょ、ま、ええい落ち着けぇ!」
脳天に強めのチョップを入れる。
「いったあ!?」
リョウバでもとりあえずダウンするぐらいの攻撃を受けてその一言で済むのは流石だけど、今の話を広げさせるのはマズい気がする。
「話を戻すよロゼル。結論としてはそのハーブはあんま使えないってこと?」
「そうだね。でもでもうちらにはあんま効果ないってだけで、これ自体は研究する価値あると思うんだよ! つまりは基礎ステータスとレベルによる加算分を切り分けて扱う手段を模索するきっかけになるんじゃないかなって! その方面を詰めていけば例えばだけど高レベルな相手にほど効く毒や薬が作れるかもだし、究極的にはレベルを上げ下げする魔道具とかねえどう楽しそうだよね夢が広がらない!?」
……こっちもこっちで危険な気がするけど、でも実際そういうのができたら凄まじく役立ちそうだな。それこそ魔王討伐の一手に繋がるレベルの。
「うんうん、その夢は理解できたけどいずれにしても魔王城に戻ってからだね。ここは論外だしバストアクでも危険かなその研究は。というわけでまずはさっきの約束をお忘れなく捕獲の準備を進めようか」
「んーあーそうだねー、はあ……、わかったわかったよそっち頑張る!」
様々な欲望を振り切るように大きく背伸びをしてから、ロゼルは頷いた。