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この中に1匹、ク○映画になってない奴がいます

「オレの索敵術はあくまで発動した瞬間を捉えるもんだからな。動き回る見えない相手を常に補足するのは無理だ。連発してたら戦闘にまわる余裕がなくなるし、例の集団じゃねえんだからいちいち波音に負けないような大声上げて情報共有するってのも現実的じゃないな」

「見えないとなると、急所もわからないしな。捕獲するのだから下手に致命傷を与えるわけにはいかない。どうにかして当ててもいい部位を判別する必要があるが……、サクラはどうだ?」

「そうだな、お前のあれは常時発動できるんだろ?」


 シュラノとカゲヤに顔を向けられ、私はさっきから試している気配察知の効果について話す。


「んーとね、まず海中まで察知するのはかなりきつい。全力で集中すればある程度の深さまでいけそうなんだけど、そうすると他の魚たちの気配も感じ取っちゃうから。あの透明な奴もレベル自体はそんなに高くないし、素のステータスが高い生物なんだと思う。慣れればあの個体を判別できるかもしれないけど、それはあくまで魂――要は身体の中心の気配なんだ。けどあの怪物ってさ」


 透明な怪物は、まだ海面近くにいる。おそらく他に餌がないか探しているのだろう。あちこちの足場が大きな水音を上げながら沈んでは浮かぶ。……それも、複数の箇所が同時に。


「尻尾なのか腕なのか触手なのかわからないけど、たぶんそういう感じのパーツだよねあれ」

「ああ、さっきの索敵で形はわかったぞ。太さは人間の胴体ぐらいだが、長さはは15タック弱はあるな」


 ……長さの単位はお金より計算しづらいんだよなあ。えーと、27メートル弱――うそ、そんなに?

 いずれにしても気配察知をフルにすると他の魚の魂が邪魔になって、あの触手が放っている気配まではわからなくなる。もっとレベルが高いと手足や武器にまでオーラ的なものが漂うので感知できるんだけど。


「いっそのことさ、わざとあの触手っぽいのに捕まってから力技で浜辺まで引きずり上げるってのはどう?」

「それお前が捕まる役だろ? フリューネ姫がいないからってまたろくでもないこと言い出すな……」

「もちろん許可できま――できない」


 呆れた様子のシュラノと、生真面目に首をふるカゲヤ。フリューネの名前が出たからかちょっと敬語に戻りかけたけどそろって却下には変わらない。


 しかしどうしたものかと周囲を眺める。

 ロゼルはアディヤさんに色々尋ねてはあしらわれている。

 ロンズさんたちはやや呆然とした様子ながらも、怪物の様子を観察している。

 なんとなく3つのグループに別れているので私たちもやや声を潜めた上で作戦を考えているのだけど、なかなか妙案が浮かばない。


「脅威度は理解してくれたうえで撤退は選ばないんだね」


 そこへアディヤさんが声をかけてきた。


「はい。厄介ではありますけど、絶望的ではないので」


 私がそう答えると、アディヤさんの後ろでロンズさんたちが目を輝かせている。こらこらあなたたち、うっかり女神様に祈りを叫んだりしないようにね。


「うん。頼もしい――けど、実を言うとあれは『ハズレ』なんだ」

「はい?」

「来るぞ」


 アディヤさんが海の方へと向き直るのに連れられて視線を飛ばした先。

 まだしつこく足場を叩いている透明な怪物のさらに奥。


 すうっ、と音もなく海中から山がせり上がった。

 太陽を背にした黒く鋭角的な山。


「え……、あ、嘘」


 それは、無数の映画がポスターやパッケージに用いたアングル。

 水面から突き出た巨大で鋭い『(ジョーズ)』。

 浜辺から離れたこの位置でも感じられる圧倒的な質量と脅威。


 ぞぶり、とその顎が閉じられ、そのまま滑らかに海中へ消えていく。最後に見えたのは巨大な背びれ。――里からも見えたのと、たぶん同じやつだ。


 そして静かになった海に、異形が姿を露わにした。

 やたらとぶよぶよ弛んだ紫色の皮膚、鉤爪の並んだ太く長い触手、そして半分以上を齧り取られた巨大な頭部。

 透明になる力を失った、頭部だけで10メートルはありそうな醜い大蛸の死骸がゆっくりと海に沈んでいく。


 ごくりと誰かがつばを飲み込んだ。

 そして、


「あれ欲しい超欲しい!!」


 ロケットスタートを切ってロゼルが浜へと飛び出した。


「しまった!」


 油断した――と焦ったけどよく考えたらロゼルはいまだロープで縛られたままだった。

 素晴らしい跳躍を見せたロゼルは長々と放物線を描いた後に頭から砂浜へ突き刺さり、魚のように下半身をびちびちと暴れさせている。


「……頼もしい、な?」


 困ったような表情でアディヤさんがこちらを見る。いやたしかに今の光景を見た直後に海へ飛び込もうとするあの子のメンタルは頼もしいんだけど。


「その倍、危なっかしいんです」


 無言でカゲヤが回収に向かう。


「さて、いったん引き上げるとしよう。あいつらの詳しい情報は明日説明するから、今日はゆっくり休んで」


 その言い方が少し気になった。


「あいつら、ですか?」

「ああ。食われた方は入れていないよ」


 アディヤさんは怪談でも話すような低い声で言った。


「歩く船に使える生物は、今のを含めて3種類いる」




 推定20メートルの大鮫、『化け食い』。

 私たちが見た、あのでかい顎の持ち主だ。

 単純に大きくて素早くて静かで力強い、半ば災害のように恐れられている生物。


「鉄を貼った船を食いちぎったり、岩礁で休んでる鳥を岩ごと齧り取ったりするそうだよ。ある意味頭が良くない生物ではあるけど、乱暴者でね、捕食能力はこのあたりの海じゃ頂点だろう」



 サンゴ礁を切り取って甲羅の代わりにする巨大ヤドカリ、『城背負い』。

 甲羅に身を潜める防御態勢になると、『化け食い』すら文字通り歯が立たなくなるという。


「それだけの頑丈さを誇るサンゴを切り取れるんだ。好戦的じゃないけど、あいつのハサミは過去に『歩く船』を作ろうとした戦士たちを武器ごと両断してきた」



 海中に生きるオオトカゲ、他の2匹を上回る体長を誇るという『鋼玉鱗』。……いやそれはもう恐竜では?


「でかくなりすぎて燃費が悪いようでね、獲物を取るとき以外はだいたい寝ている。だから被害はほとんど聞かないんだけど、こいつだけはたまに陸地へ上がってくるんだ。ある意味一番危険だよ」



 ――以上3匹からお選び頂けます。さあどれにする?


「……大鮫が最悪だろ。捕獲って条件だと」


 翌日、アディヤさんから説明を受けた私たちはまず互いの考えを確認することにした。第一声を発したのがシュラノだ。


「同感だな。聞いた限りでは最も攻撃能力が高く、防御能力が低そうだ」


 カゲヤも同意見だと頷いている。


「昨日実際に見たっていう印象の強さはあるんじゃない?」


 私がそう聞いてみると、ふたりとも少し唸っている。


「否定はできないが、逆に見たから言えることもある」とカゲヤ。「あの一瞬で現れ捕食してすぐに去っていった身のこなし。あの速度に対して海上で向き合う困難さは想像できるだろう。一般的な種類で考えても、トカゲやヤドカリがさらなる素早さを持っているとは考えづらい」


 確かに。……いやトカゲのスピードなんて知らないけど、でもヒレのある魚の方が早いよねたぶん。


「乗り物って目線なら逆にサメが一番か?」


 シュラノの問いにまたカゲヤが考えつつ答える。


「難しいな。ヤドカリのほうが遅くとも頑丈で壊れづらいのであれば、道具として優秀ではないか?」

「あー、いや、そうか、どこに行って何をするかにもよるんだな。そこがわからねえと……なんだが」


 男ふたりに見られてたじろぐ。


「いや、そこは私にもなんとも……」


 なにしろ心身熱烈教の人たちを通じて謎の地図から探し当てた正体不明の人物に製作を進められただけ、と実にふわふわした話なのだ。

 ……それで5億円近くも用立てたという無謀さに我ながら今さらビビるけど。


「残念ながら、選べるような余裕はないと思うよ」


 話を聞いていたアディヤさんがそう告げた。


「大物が暴れた後、しばらくその近辺には多少なりとも頭のいいやつは近寄らなくなるからね。昨日は一方的な捕食だったけど、あれでも5日以上はあの浜辺に大物が来ることはないだろう。羊もそう気軽に潰せるわけじゃないし、なにより昨日はハズレが暴れただけであの始末だ」

「……ああ」


 昨日、あの透明ダコが獲物を探して海面を触手で叩いたあの一幕、あれだけで相当数の足場が砕け、破片が散乱していた。


「ロゼル」

 とアディヤさんは今日も念のため足だけはロープで拘束している彼女に声をかける。

「なに?」

 そして本日も熱心に室内のあれこれを凝視しているロゼル。

「昨日お前が作ろうかと言ってくれた仕掛けね。他にも思いつくものはあるだろうけど、ああも簡単に破壊されてはさすがに毎度作り直すのは大変すぎて。だから最低限必要な足場を、一部破壊されても補修がやりやすいような構造で敷くに留めてるというわけ」

「へえー……」


 今は観察に気が向いているようで、淡白な反応だ。


「だから基本的には最初にアタリが来た奴を捕まえることになる。まあ何十日でもここに滞在できるなら話は変わってくるけど、そんな余裕はある?」

「いやー、それはちょっと厳しいですね」


 フリューネたちに叱られる未来が想像できる。


「ただ、どれを捕まえることになっても仕上げる船の性能は保証するし、目立ったハズレがいるわけでもない。そこは安心してほしいな」

「わかりました」

「じゃあ、里の皆には準備に入るよう言っておく。足場の修理は海が落ち着くまでには終わると思うから、それまであなた達も備えを」


 これは後で読んでおいて、と渡されたのは3匹の怪物についてのレポート数枚。めっちゃ目をキラキラさせたロゼルが「さあ!」と言わんばかりに両手を差し出してくる。


「んー、そうだね。実際のところ準備っていうか、手札を練ることができるのはロゼルとシュラノだし」


 カゲヤへと視線を向ける。

「私たちはとりあえず昨日の浜辺行って、あの足場で動き回るのに慣れておくのがいいと思うんだけど」

「そうだな。今なら大物は寄ってこないというなら都合がいいだろう」


 私とカゲヤはどのみち前線でタンク兼近接アタッカーにしかなれないのだ。先にシュラノが使う術式と、おそらくロゼルがしでかす何かを決めてもらってから段取りを考えるほうが良いだろう。


「……妥当ではあるんだが、そうすると数日はオレがロゼルのお守りか?」


 シュラノが嫌そうな顔をしている。


「我慢しろ。こちらとて訓練中にサクラが奇跡的な何かを起こす可能性はあるぞ」

「それも否定できねえな」


 えー、この旅において男たちが妙な結束を見せている件。

ヤドカリ主役のC級パニック映画も世界の何処かにはあるのでしょうか。

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