隠れ里の船大工
街を出てから北へ2日、山道で荒れた脇道に入り、そのまま2つ山を越え、見通しの悪い森を抜け、よく見ると人の手の入った洞窟をくぐり、ロゼルの暴走を発動時に止めること4回、1回失敗して謎の沼地で追いかけっこをし、最後にもう1度山を越えた先にその隠れ里はあった。
「ここを見つけたロンズさんたちも凄いけど、そもそもよくこんな場所に住処を作ったよね」
「その当時から例の技術は秘匿すべきという考えがまずあったのだろうな。――そこから製作を頼めるところまで持ってきた手腕も見事なものです」
スタミナが断トツに高い私とカゲヤは特に息を切らすこともなく会話をしている。
「いえいえ、お褒めいただくことのほどでは! ただただ調べて走って話してを続けただけですから!」
ロンズさんたちは額の汗を拭いながら謙遜している。疲れてはいるみたいだけど例の集団の人たちだけあって体力は常人よりだいぶ高いみたい。あと言ってることのスタンスは脳筋よりなんだけど出した結果の有能さが凄い。
「ねーもう着いたんだからいいでしょこれ解いてよー! このままだと奴隷商人か何かだと疑われるよ? いいの? なんなら悲鳴とかあげてみせるよ!?」
ロンズさんたちが快く提供してくれたロープで手足を縛られているロゼルは当然のように元気がいい。なお私とカゲヤが交代で担いできた。
「シュラノ、判定は?」
「あー、まだ無理だな。今晩思い切り寝とかねえと」
たぶんフィジカル的なステータスだとロンズさんたちより低いシュラノはここまでの道中で体力を使い果たしており、加えてロゼル暴走時に索敵魔術を連打したおかげで魔力消耗も大きいという相乗効果で死体のような顔色だった。
「よしロゼル、明日までそのままね」
「うそでしょ!? お願い放していい子にしてるからぁ!」
「ロゼル」
とカゲヤが近づいてきた。
「そのままでいるのと、足関節をいくつか外したうえでロープを解くのとどちらがいい?」
「くっ……さすがサーシャの弟子……!」
「あ、そういえばサーシャ元気?」
「元気っていうかいつも通り無表情で無感動で無敵だよ」
「そう」
「何度かこっちに来ようとしてて兄ちゃんとか例の人とかが全力で阻止してたけど」
「そう……」
まだ少し遠くにあるその里は見える範囲に小さな門がひとつきり、その周囲は柵で覆われている。あまり大きくはないけれど奥の方は森に囲まれていて全貌は見えなかった。
「ロンズさん、確認していい?」
「もちろんですとも」
「えーっと、何よりまずあそこの里のことは口外しない、住民にあまり干渉しない、詮索は禁止、『歩く船』の製作には費用だけじゃなくて労働力も出す、出来上がったものを不特定多数に見せない、売買もしない――以上でよかったよね」
「そのとおりです」
そういえば、と以前にミゼットさん経由で聞いたことを思い出す。
「この里を探してるときに妨害に遭ったって聞いたんだけど大丈夫だったの?」
「おお! ご心配頂けたとはその深き慈悲に感謝いたします! ですがご安心を。実はその者たちもあの里の住民だったのですが、『歩く船』の依頼を受けるに値するのか確かめるためのものだったようで、本気で害するようなものではありませんでした」
「そうなんだ。じゃあ無事に合格したってことでいいんだよね?」
「はい。といっても明確に証などをもらったわけではありませんが、ここに来る途中の道で彼らに襲撃された際に獣が乱入してきたので協力して撃退したり、そのとき怪我をした方を運んでいるとき崖崩れで共に遭難したり、里についた後も病人が出たので街まで薬を買いに夜通し走ったり、森へ迷い込んだ幼子を助けに行ったり、そんな日々を過ごしているうちに里長から『慣例とは大幅に違うが認めなければ義理が立たぬ』と仰って頂けたというわけでして」
「おおう……」
なんというイベントフラグ呼び寄せ体質。
ロンズさんたちの活躍ぶりを詳しく聞いているうちに入口までたどり着いた。昼間だというのに門は閉ざされており、尖塔から門番がこちらを見下ろしている。
「ああ、お前たちか」
ロンズさんたちを見て門番は険しかった表情を一気に和らげた。
「ずいぶん増えてるが、言っていた正式な依頼主ということか?」
「その通りだ。開門を願えるだろうか」
「ふむ」
門番の視線が私たちを順に巡っていく。
「……その担がれてるのは何だ? 罪人なら外に置いといてもらいたいんだが」
まあ正体は確かに人族からすると罪人どころの話じゃないけど。作ってきたものとこれから作るものとそのポジションと合わせれば歴史に残る戦犯だ。私も同罪だけど。
「あ、すみません仲間なんですが持病の発作がありまして。こうしておけばご迷惑はかけませんので」
肩口でロゼルを背負い直しながら私は答えた。あ、こら暴れるな。
「……まあロンズたちの連れならいいか。わかった、歓迎しよう。ああそこのアンタ、穂先はしまっといてくれよ」
「失礼」
カゲヤが槍の穂先を革の鞘に納めるのを見届けてから門番は尖塔から降りていき、ほどなくガラガラと鎖の動く音とともに門が上に引き上げられていった。思ったよりかなりぶ厚く、重たそうな造りだ。左右に広がっている柵もよく見れば相当に頑丈そうで、この隠れ里の警戒心が表れていた。
……ほんと、よく顔パスまで繋いだなロンズさんたち。
門を抜けた先は、一見普通の山あいの村という感じだった。ただなんとなく懐かしいというか、和風――そう、時代劇っぽいイメージがある。見ているうちにそれが、縁側のような造りだったり、外の通りから家の中が見えてしまうような木戸を全開にしている様子だったりが理由だと気づいた。建物は石造りと木製とが混ざり、茅葺きのような屋根の家まである。
人通りはそれほど多くないけど、さすがに来客は珍しいようであちこちから視線を感じる。ただこれもロンズさんたちのおかげか、警戒はされているものの敵対心とかさっさと帰れ的な気配ではなかった。
門から続く一直線の通りを歩きながらロンズさんが説明する。
「『歩く船』の根幹技術を持っているのはこれから会う方だけですが、製作にあたっては里の多くが協力するそうで、それゆえに皆手先が器用でちょっとした道具や工芸品をひそかに他の町に卸しているそうです。少量なのもかえって功を奏し、なかなかに高値がついているそうでこのような秘境でも生活水準は良いのだとか」
言われてみれば建物はどれも頑丈そうなしっかりした造りで、人々の身なりも整っている。
通りの向こうには険しい山が見え、その麓あたりにもきちんと柵が設けられている。東の方には木々の間に海原が陽光に輝いている。……ん? 今なんかこっからでもはっきり見えるぐらい巨大な背びれらしきものが見えたんだけど……。
「こちらです」
そうロンズさんが示したのは里のほとんど端っこ、他の建物とあまり大きさの変わらない1軒の家だった。
「アディヤ殿! ロンズです! 依頼主をお連れいたしました!」
扉横のドアベルを鳴らしながら彼は声を張る。――よく通る声だけど、あの集団の普段の音量に比べれば常識の範囲内と言えよう。彼らがこの地の調査を任されたのはもしかするとこれが理由だったりするのだろうか。
透き通ったきれいなベルの音が建物の奥からも聞こえ、ほどなくすうっと扉が開いた。
「――ええっと、依頼主? ……患者じゃなくて?」
その人物がまず目を向けたのは、手足を縛られ私の肩の上でじたばたしているロゼルだった。
「あ、これはこういう生き物だと思ってあまり気にしないでください。私がロンズさんに仲介をお願いした者で、サクラと言います」
正直、ここでは素直にバストアク領主の身分を出した方がいいかとも出発前に悩んだんだけど、あくまでお忍び旅行の体裁を守るということにしていた。『下手をすると国家間の火種を作るおそれがありますので』というのがフリューネが言っていたことだ。
「……ああ、そう……。まあ引き受けるとは言ったからいいけどね……。とりあえず中へどうぞ。狭いところだけど」
玄関からすぐの部屋が客間のようだった。3人がけのソファがL字に置かれ、さらに1人用ソファとスツール、天井まである棚にデスク、小さなキッチンまである。中央には大きなローテーブル。部屋自体は広めだけどそうした家具でわりとぎゅうぎゅうだ。
「茶でいいかい? 里の名産ってわけじゃないけど」
「ありがとうございます」
私とシュラノとカゲヤ、ロンズさんたち3人でそれぞれソファに座り、ロゼルは玄関前に転がしておく。わぁ、キラキラ――いやギラギラした目でデスクや棚にごちゃごちゃと置かれている物に熱視線を向けている。ロープを解いてたら早速突進していたことだろう。危なかった。初見の印象をマイナスにしてでも拘束したままにしておいたのは正解だったらしい。
私もちらっと見た限り、本やファイルが大量に、用途がよくわからない工具や薬品らしき瓶、生物の模型や標本、様々な種類の木材と金属プレートなどなど。
「さて、遅ればせながら、アディヤだ。『歩く船』の製造技術を継いでいる。よろしくお願いするよ」
人数分のお茶を淹れ、1人用ソファに腰を下ろした彼女はそう言った。
そう、女だ。
船大工という職業から勝手に男をイメージしていたけど、想像とほとんど真逆の色白で細身でブラウンの長い髪がきれいな女の人だった。どこか眠そうな瞳とハスキーボイスが印象的だ。
「わ――」
「こんにちは私ロゼル! ねえその製造技術見せて教えて手伝わせてお願い!」
挨拶を返そうとした私に先駆けて元気よく声を上げるロゼル。くそう、口も塞いどくべきだった!
「だめ」
動じた様子もなくそう返すアディヤさん。
「そこをなんとか!」
まったくひるまず食い下がろうとするロゼルの脳天にすこーんと氷の弾丸が命中した。
「すまないな家の中で」
アディヤさんに謝りつつ、シュラノが床に転がった氷弾を拾って窓から捨てた。同じく転がっているロゼルは白目をむいていた。
「……大変失礼しました」
「いや……」
私たちとロゼルとを見比べながら、困惑したようにアディヤさんは頬をかいた。