レベル1の冒険者、特に無双とかせず
冒険者ギルド。
地球の一部の人々にとってはなかなか魅力的な響きの存在。
SランクにSSランク、または一級特級例外級、あるいは金銀オリハルコンやアダマンタイト――などを頂点とするランク制。
モンスター討伐やダンジョン攻略、素材集めや護衛などのクエスト受注。
美人な受付嬢やいかついギルドマスターや絡んでくるチンピラや引退した伝説の冒険者。
などなど。
そんな冒険者ギルドが実在するこの世界。
獣退治に援軍として駆けつけたギルド員のひとりから、宴席にてその話を聞いていた。
「なるほど、多くのギルド員はレベル1――魔族や魔獣を倒したことがないんですね」
「はい。傭兵となったりジルアダム帝国が臨時徴兵したときに参加して大荒野へ行く者もいますが、うまく戦果を上げた場合は冒険者になどならずそのまま戦士を続けるほうが稼げますからね。戦闘が嫌になったり、怪我をした者であっても訓練所や衛兵などの仕事はありますし」
そう、この世界のルールが問題なのだ。
人族が人族領土の獣を倒してもレベルは上がらない。たとえ私から見たら普通にモンスターだと思えるような、それこそ今日仕留めたビャーズという巨獣も彼らの経験値にはならない。
特にこのあたりのような大陸東端だと、魔族領土から魔獣が忍び込んでくる可能性もまずない。つまり冒険者というのは基本的にレベルが上がらない、いや、レベルを上げなくてもなれる職業が冒険者なのだ。
そんな冒険者の仕事とは――マップ埋めである。
「あのジルアダム帝国ですら、国土全域の完璧な地図はないと聞きます。地形だけはある程度書き込まれているそうですが、遠目に見ただけの領域も多いのだと。それでは注意すべき獣や昆虫、植物といった情報はわかりませんし、それらも季節ごとに変化があります。しかしながら歴史の深い国であるほど、手近な土地の資源は枯渇が早いですからね。輸入だけに頼るわけにもいかないでしょうし、かといって兵士は前線に送らなければならない。そこで我々が役立てるというわけです」
なるほど、と私は頷いた。
RPGとかよりサンドボックスをイメージしたほうがわかりやすい。拠点から近くて初期装備でも掘れる資源はだんだんなくなっていき、徐々に装備を強化して遠征していかないといけない。ただしこの世界では魔族領まで到達しないとレベルが上がらず拠点人口はどんどん増えていきインベントリ容量やスタック上限も小さいと――マジで現実がハードモードどころじゃない。縛りすぎだ。
そこで冒険者が先にマップを埋め、資源までの安全で効率的なルートを確立すると。
「戦争や戦闘のためではなく、もっと広い――生活のために冒険する組織というわけですね」
「それは、非常に嬉しい理解です」
ギルド員は笑みを浮かべた。
そう、思ってたのとは違ったけれど実際重要だ。
私はスタート時からだいたい乗り物を用意してもらって各地を移動していたけど、それでも幾度か舗装されていない場所を徒歩で進んだことはある。ロゼルのおかげで直近でも。
なので少しはわかる。RPGなんかじゃ移動というのは宝箱やボスやクエストアイコンなんかに向かうためスティックを倒し続けるだけの行為だけど、現実ではその移動ということ自体がひとつの挑戦なのだ。
ルート選定、装備とアイテムの用意、体調管理という準備から始まって移動中は足元と周囲の警戒、仲間との連携、食材消費の管理、体力の把握など家で暮らしているときとは段違いに注意することが多い。
そして――彼らの存在は例のダンジョン製作を始めとする今後の戦略においてメリデメが両方発生する。
エクスナたちは既にそのへんも考慮済みかもしれないけど、これは帰ったら相談しておかないと。
「ところで、私たちは観光目的でこのあたりをうろつく予定なんですが、ギルドの仕事のお邪魔になったりはしないでしょうか?」
「そうですね、よほど重要な調査や狩り等でない限りは立入禁止を設けたりはしません。逆に危険な動植物のある地域を記した地図がありますので明日にでも宿にお届けしますが――貴方がたには必要ないかもしれませんね」
「いえいえ! ありがたく頂きます!」
絶対にその危険エリアへロゼルを近づかせないために!
周辺の街にあるギルドにも私達のことを伝えておいてくれるというギルド員に礼を言い、他の宴席もまわっていく。
さっきの衛兵隊長から始まってここの町長、宿屋のオーナー、商会長、主婦のグループなどなど、獣が巨大だっただけに料理もたっぷりと作られ、町の人達がかなり参加しているようだった。
「いやー助かったわよあんたたち! 傭兵くずれって聞いたからまた妙な連中かと思っちゃってごめんなさいねえ!」
奥様方が基本的に元気で強いのはこちらの世界も同様だ。
かっぱかっぱと酒を干し、むしゃむしゃと肺の湯引きなどを食べている輪に引きずり込まれ、「あんたほっそいのにえらく強いんだってねー」とばんばん背中を叩かれる。
「そうそう! こないだのは酷かったもんねえ! こ汚いし愛想はないしで、金払いがいいわけでもないしさあ!」
「若い娘がちょっかいかけられたらしいわよ」
「ええ!? どこの娘だい? もうちょっとぼったくっときゃよかったわ」
「……もうこの街からは出ていったんですか?」
「そうよお。北の方に行ったわね。安心したものよ」
――私たちの目的地と同じ方角だな。
「そいつらも傭兵だったんですか?」
「どうだかねえ、武装はしてたし雰囲気が怖い感じで、傭兵ならマシって具合よ。野盗とか脱獄囚だとか言われても驚かないねアタシは」
「ほんと、奴らがいなくなって落ち着いたってところに今日の騒ぎでしょ! もう最悪だわってみんな思ってたからさ、ほんと感謝してるのよあんた方には!」
「ほらもっと飲んで食べて! もうちょっと肉つけたほうがいいわよあんた!」
「そうそう! 見た目が健康そうならちょっとの傷跡ぐらい気にせず嫁にしてくれる男も出てくるから!」
――そう、例の仮面は今もつけたままだ。食事用に口元だけ外した状態で。
『戦争で醜い傷がついてしまい、引退して暫く観光巡りしている』というのが私の偽装プロフィールになっている。
この夜風もどこか生ぬるい海沿いの野外宴会で仮面をつけたままというのはなかなかに暑苦しいけど、騙っている素性が故に実は傷跡など残りようのない回復力を誇る素顔をさらすわけにはいかない。
ちなみに、宴会には男性陣も多く参加しているけどこの仮面のおかげで普段感じているような視線の類が激減しているのは意外なメリットではあった。
それにしても、なんだかガラの悪い連中がいるらしい。まあ一般的な悪党なら大した敵にはならないと思うんだけど、騒ぎを起こすのは得策じゃないし皆にも伝えておこう。出会わないに越したことはない。
やがて宴会がお開きになり、私たちは宿へと戻った。オーナーが「すべて無料にさせて頂きます」などと言い出し、帰ってきた部屋のテーブルにはお酒や果物が山と乗せられていた。――ええい静まれ良心! ここで断っても逆にがっかりされるだけだ!
「そういえば2人ともかなりモテてたね」
気を取り直して、酔醒ましにスイカのような果物を食べつつ私はそう言った。
宴会中、カゲヤもシュラノも街の女の子に囲まれている光景を目にしていたのだ。これだけ大陸の端まで来ると旅人もそう多いわけではないそうで、おまけに街の危機を救った英雄だ。黄色い声がだいぶ盛り上がっていた。
「いや、自分はそのような」
とカゲヤはあくまでクールに答え、
「あー、あんときだけはリョウバに代わってもらいたかったな。いや、これを土産話にする楽しみはできたか……」
とシュラノもあまり嬉しそうではない。
カゲヤは、まあ色んな意味でサーシャ一筋だし。
シュラノはどうなんだろう、と考えたところで気づいた。
「もしかしてシュラノ、人族の女には興味が持てないとか?」
「あ? あー、どうだろうな」
「あれ、そもそも魔族と人族ってお互いにそういう気にはならないとか?」
こうやって人族領土に忍び込めるぐらい外見に特徴的な違いはないんだけど、私にはわからない何か生物学的だったり本能的な差異があるとか。
「おいおい、リョウバのこと考えてみろよ」
「あれを標準にしていいと言ってるの?」
「駄目に決まってるだろ」
いやそうじゃねえ、とシュラノは頭をかく。
「あー、別に性的な対象にならないわけじゃないぞ。ただ子は生まれないがな」
「あ、それ知らなかった」
神様目線でいうと、レベルアップの仕組みもあってハーフだとややこしいことになるからだろうか。
「じゃあ単にシュラノがあんまり女の子に興味ないだけ?」
「まあ遠からずではあるが……、人族は年齢に応じてどんどん外見変わるからな。つまり昨晩寄ってきてた奴らは精々が30歳以下だろ?」
「うん、そんなもんだね」
正確には大半が10代後半から20ちょいってとこだったかな。
「さすがに離れすぎててなあ……、話も価値観も合う気がしねえ連中に好かれても面倒でしかないな」
…………?
「――あっ、そうか! 魔ぞ」
「おっとサクラ! 部屋の中だからってさすがに声大きいよ!」
すかさずロゼルに突っ込まれ慌てて口を抑える。目ざといのはいいんだけど、なぜその配慮を自身にも向けてくれない……!
ジト目でこちらを見てくる男性陣から顔をそらしつつ、
「……あれ? そういえばシュラノ何歳だったっけな……」
バランがこのパーティメンバーを選抜したときに履歴書は読んだんだけど、シュラノは仮想人格時の印象薄さが相まって細かいところを覚えていなかった。
「3桁いってたような気はするんだけど……」
「ま、そんなもんだ」
にやりと笑いつつシュラノは言う。
「それよりサクラが聞いた連中のことだ。まさかとは思うけど例の船大工を探したりしてねえよな?」
「やー、そこまでの偶然はないと思うんだけど」
「あると思っといたほうがいいよなカゲヤ」
「そうだな」
互いに頷いてやがる。
「――というわけで念のため注意しながら速やかに向かいましょう」
「承知しました」
翌朝、そう答えたのは心身熱烈教のロンズ。
今日は彼らの案内で船大工がいるという隠れ里へ行くのだ。
昨晩の宴にも参加していたけっこうな人数に見送られながら街を発つ。
「んー楽しみー」
とニコニコしているロゼル。
「わかってると思いたいんだけど、あえて隠れ里に住んでる人たちなんだから強引に製法聞き出したり盗み見たりしないようにね……」
「絶対にバレない自信はあるけど?」
それを言うのがエクスナだったら信じたけれども。
「まあ安心しろサクラ。さすがにこれだけ一緒にいたから傾向はわかってきたし、カゲヤもロゼルの最高初速は把握しただろ?」
「そうだな」
「つまり突進しそうな予想は立てられる、動いたら即座にカゲヤが止める、例え逃げられてもオレが索敵する、そしたらサクラの身体能力で捕獲する、と」
「ちょ、シュラノ! 仲間に対してそんな的確な対策を打つの!?」
とロゼルが騒いでいるけど、こちらのセリフである。
「君がお行儀よくしていれば対策なんて考えなくていいんだよー?」
ヘッドロックを決めてとりあえずロゼルを固定しつつ旅路をゆく。
ロンズたち3人が不思議そうにそんな私たちを見ていたけど、うん、そのうちわかるよ。