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私はセーフだったけどそれはそれとしてアウトォ!

「ご助力、誠にありがとうございました! 一同――いやこの街の皆が感謝しております!」


 衛兵のリーダーが深く頭を下げてそう言った。


「いえ、お力になれたならよかったです。怪我人もいるようですが、程度のほどは?」

「はい、重傷者はいません。しばらくすれば全員元通りになるでしょう。これだけ巨大な獣が、それも5頭も襲ってきたにしては奇跡と言っていい結果です。それもこれも貴方達のおかげだ」


 ビャーズというゾウみたいなサイズの獣はすべて地に伏し、生きているものはロープと杭で厳重に固定されている。少なくない人たちが負傷し、少し離れたところで治療を受けていた。重傷者がいるようなら多少の情報が広まるリスクを覚悟でシュラノに治療してもらおうと思っていたけどそこまでではないらしい。


 私たちは全員無事。カゲヤは拘束できなかった1頭を単身で仕留め、追加で2頭の助勢にも入るという活躍ぶりで、軽傷の人たちに囲まれて同じように感謝の言葉を浴びている。


 ――さて、気になることがひとつ。


「ようようお嬢ちゃん、ずいぶんと大人しいじゃねえか、なあ?」


 日本語でそう言いつつ、ロゼルの肩に手を置く。

 そう、初っ端こそ興奮して獣に近づこうとしていたけど、戦闘中は後方で待機していた彼女だ。

 まあ戦闘職ではないロゼルが控えていたのは理解できる。……が、戦いが終わった今、生きたまま捕獲した獣もいるというこの状況でこの子が暴走していないというのが非常に気になる。


「えー、やだなあサクラ。私だってそんな見境なく研究しようとはしないって。あの手の獣は魔族領にも色々いるし、単に食指が動かないってだけだよ」


 なるほど、言葉は滑らかで表情にも不自然なところはない。

 ――集中モード発動、気配察知実行。ほう、これは……、警戒と動揺と欺瞞。役満ですね。


「そっかそっかー。じゃあさ、話変えるんだけど」

「なになに?」

「私が笑ってるうちに吐かないと簀巻きにして魔王城の方角に投げ飛ばす」

「話変わってない!」


 肩へ置いた手に徐々に力を加えていく。


「ちょ、痛い痛い! わかった、わかったからぁ!」


 私の腕をタップしたロゼルは、解放されると数歩距離を取ってから口を開いた。


「いいサクラ? 仮定だよ? 今から私たちは仮定の話をするんだ」

「なるほど?」

「……まずあの獣さ、手足を見比べてみて」


 ロゼルが指したのは一番近いところにいる獣だ。死んだ方の1頭で、手足は投げ出されている。


「見比べるって――、まあ足のほうが太いけど、どっちも長めだよね」

「そうだね。じゃあ先っぽ、爪に注目して」

「爪?」


 言われて見つめると、1本ずつが包丁サイズの爪に違いが見えた。


「手の方が色が濃いね。鮮やかっていうか」


 どちらの爪も黄ばんでいるけれど、足の方はくすんでいるというか、人間でも歯が汚い人がなるような黄色だ。

 一方で手の方に生えている爪はもうちょっと色が濃くきれいな黄色で、なんていうか、


「染めたみたいじゃない?」

「ああ、そんな感じ」


 そう、染料を使ったような黄色だった。


「でさ、ここまで来る途中に寄った山で抉られてる樹を見たことあるでしょ?」

「ああ、あったね」


 様々な形で傷がついている木々。それこそ爪を一閃したような4筋の直線だったり、皮だけ剥がれていたり、ロゼルが言うように大きく抉られた跡もあった。いずれにせよ獣の仕業なので近くにいないかその都度警戒したものだ。


「あの獣も似たようなことをしてて、樹の成分で爪が染まってるのかもしれないよね。理由は縄張りを示すだとか、爪とぎや汚れ落としだったり、内側の虫を獲って食べるとか色々考えられるんだけど、例えば樹液を舐めるのが目的だと仮定しよう」

「うん」

「ある日、獣はいつも通りに樹液を求め樹の幹を爪でガリガリしました」

「うん?」

「そのあたりは好みの樹が密集している場所で、自分が過去に傷つけた樹が何本も生えています」

「うんうん」

「獣の目に、ふと何か光るものが映りました。何かと近づいてみれば、以前に爪でガリガリした樹の根元に穴があり、そこに半透明のきれいな物体があったのです」

「ほうほう」

「獣はそれを掘り返してみました。石でも木の破片でも果実でもない、獣にはわからないでしょうが、それは樹脂の大きな塊でした」

「なるほど」

「果たして獣の脳がどの程度の思考に至ったのかはわかりません。ただきれいな物体だと思ったのか、飴のような嗜好品に感じたのか、あるいは自分の縄張りの証、樹からの贈り物、運良く拾った宝石――ともあれ、獣はそれを大切に巣へと持ち帰りました」

「……そうなるわけね」


 私は数日前のことを思い出した。ロゼルを追いかけて踏み入った山中、小さな生物を追いかけた先の洞窟奥で見つけた黄金色の樹脂のことを。洞窟自体はやけに大きくて、ずいぶん贅沢な巣を選ぶ動物だなあなどど呑気に考えていたことを。


「あの小動物とは共生関係にあるのかな? もしかしてあの樹脂は贈り物? いや大きさ的に認識してないだけ? それにあの山から追いかけてきたにしては日数がかかってるから遠征してた? どこに? 何しに? んーやっぱ生体と死体両方調べたいな! ねえサクラ助けた報酬ってことでちょっとあの人たちにさ――」


 がしっ、とロゼルの頭を掴む。身長差があるのでクレーンゲームのように持ち上げる。


「シュラノー、なんか術でロープとか作れない?」

「しれっと難しいこと言いやがるな……」


 日本語の会話だったのでシュラノは内容をあまり理解できていないだろうが、掴み上げられたままジタバタしているロゼルを見てだいたい察したらしい。ニヤリと笑いつつ、


「そのものは無理だな。拘束用の氷の輪か、炎を鞭状にするぐらいならできるぞ」

「こらシュラノ! キミは仲間に対して気軽に術式を使いすぎだ!」

「気軽に騒動を起こしすぎなお前が言うな」


 人差し指の先に火球を生み出し、ロゼルの鼻先近くで揺らしながらシュラノが言い返す。


「ちょっ、あっつい! やめてシュラノ離してサクラ!」

「反省して黙ってじっとしてられる?」

「するするする!」


 高速で首を縦にするロゼルをシュラノに預け、溜息をつきながら私は衛兵たちの方へと近づいていった。




「――本当に、本当によろしいのですか!? 確かにこの町では捌けないため都会へ持ち込んで換金する手間はありますが、もちろんそれらは我々で対応させていただきますし、それとは別に謝礼金も――」

「いえいえ! 本当に結構です! たまたま訪れただけの身ですし、とはいえ私たちが来る途中に奴らの縄張りに入ってしまったとか、そんな可能性だって考えられますし! それに、ええと、そう流れ者の性分といいますか、カバンに入らないようなお金はもらっても困ってしまいますので!」


 こんな自作自演じみたトラブル解決でお礼をもらうわけにはいかない。

 あらためて名乗り合い、やはりこの町の衛兵隊長だという男からの申し出を必死に固辞した。


「あの、それではせめて食事はいかがでしょう? あの獣は迂闊に手を出せない相手ではありますが、もう10年以上前にたまたま罠にかかったことがありまして、その肉はジルアダム帝国の有名な料理店に卸したほどの高級品です」


 そう発言したのは衛兵隊長の隣に立っている男。後から来た集団のひとりで、彼らこそが冒険者ギルドのメンバーということだった。

 ぴくり、と表情に出てしまう。

 今の戦闘はたいしたカロリー消費じゃなかったけれど、ここまでの長い道中は保存食メインだったこともあって食欲はマックスに近い。


「あの、でも、そういうことでしたらそれこそ換金したほうが……」

「いえいえ、前回も一番いいところは皆で食べてしまったといいます。まあ肉はしばらく寝かせる必要がありますが、逆に内蔵は輸送中に駄目になってしまいますから今すぐ食べてしまわないといけません。ああ、生食は大丈夫でしょうか? 新鮮な肝臓や心臓の刺身はそれはもう……!」


 くっ、ここぞとばかりに押してくる!


「ああ、それと今年の蒸留酒ができたばかりでして。冷やした果汁で割ったやつに、大腸を塩とハーブで揚げ焼きにしたものが最高に合うんですよ!」


 この人冒険者じゃなくて商業ギルドとかじゃないの!?


「それでは、その、ごちそうになります……」


 あらがえぬ欲求に、私は首を縦に振るしかなかった。




「――やー美味いねこれサクラ! 遠出して現地のものを食べてこそ見識が深まるってもんだね! これ血を使ったソースなんだって。やっぱほのかに甘い香りがするんだよなー。サクラ嗅覚もいいでしょ? 後で例の樹脂とくらべ――」


 がしっ、とロゼルの口にまたアイアンクローをかましつつ、私も大皿から串焼きを取る。じゅうじゅうと脂のしたたる大腸――たしか焼肉屋ではシマチョウとか言うんだっけ?――にはロゼルの言う通り赤紫のソースがかかったものと、塩だけのものが2種類。さらに玉ねぎやりんごっぽい果物をすりおろして魚醤と混ぜたタレなども別に用意されていて飽きない。


「美味しい、美味しいけど……」


 欲望に負けた自分に項垂れているとぺしっと頭をはたかれた。


「気にしすぎだサクラ。多少の怪我人は出ちまったが全員治る範囲だって聞いただろ?」

「シュラノ……。うん、でもそれって結果論だし……」

「そりゃそうだがな、いいだろう結果論でも。また何かお前らが騒動起こしたときにも同じように最速で動いて無事な結果を出しゃいいってことだ。それができるだけの面子ではあるだろ?」


 わざとらしく自慢気にシュラノは笑ってみせている。


「またさらっと私も一緒にしたね……。でも、うん、ありがとう」

「おう。それとそろそろ離さないとさすがに危なくねえか」

「あ」


 口と鼻をふさがれていたロゼルがだらりと手を下げていた。串焼きは離してないけど。


「ま、今回のお仕置きってことだな」


 そう言って笑うシュラノ。


「ひ、久々に死ぬかと思った」


 どさりと地面に倒れて呻くロゼル。


「どうせ反省はしないだろうがな、こいつも言ってたんだろ? 『仮定』だって」

「あ、うん」

「そういうことだ。少なくともわかってた上でやるほどの見境なしじゃない――と思うぞ一応な」

「なるほど……」


 見下ろしてみると、また折檻が来ると思ったのか倒れたまま身構えつつロゼルは頷いてみせる。


「そうだよサクラ! 私がそこまでの外道だったらとっくにモカや兄ちゃんや魔お――あの人に投獄とか処刑とかされてるでしょ!」

「言い切ってたら私が実行してたとこだよ」


 そう返してからふと気づいた。

 しゃがみ込んでロゼルに日本語で尋ねる。


「いや言ってることは正しいんだけど、ここ人族の土地じゃん? でもそういう配慮とかするんだねロゼルも」

「へ? あー、そだね」


 一瞬ぽかんとした表情をしたものの、ロゼルも地面に座り直して答える。


「ぶっちゃけ魔王城なんて大陸西端にいると人族からの被害を受けることなんてないしね。そりゃ私は遠征もするけど、それは危険地帯に自分から行くわけだし、戦闘目的じゃない分、人族もまあ普通に生きてるねーってぐらいの感覚だよ」


 あっさりしたものだ。


「その感覚って、わりと普通なの?」

「どうだろ。多くはないけどぎょっとされるほど少なくはないってぐらいかなあ。あ、でも私は運良く身内とか友達とかが人族に殺されてないから言えるってのはあるよ。あとサクラ相手だからってのも。やっぱこんなこと言うと睨んでくるやつも多いよー」

「やっぱそっか。……でもそういえば一緒に来てるみんなも特に人族を敵視したりしないんだよね」


 生まれは人族であるカゲヤとエクスナはともかく、軍人であるリョウバすらがいたってフラットにバストアク王国の人たちと接してるし。ていうかナンパとかしまくってるし。


「それはあれだよ。兄ちゃんがそういう人選にしたんでしょ。でないと人族領土の視察とか危なっかしいし」

「あ、そっか」


 ほんとパーティメンバー選びについてはバランがめっちゃ色々と細かく気遣って条件を設定してくれたんだなあと常々思う。


「……ん? あれ? 喋ってて気づいたけど、そもそも魔王様があんまり人族憎しとか滅ぶべしとかいうテンションじゃなくない? 兄ちゃんが抑えてるって感じでもないし。ていうかぶっちゃけあの魔王様、平和とかわりと好きそうじゃない? なんで戦争してるんだろ。まあ戦闘自体は好きなんだろうけど。あーやっぱ歴史とか魔族の期待とか背負っちゃってるのかなあ」


 首をひねるロゼル。

 ……なるほど、ロゼルは魔王様の爆弾岩的特性は知らないのか。

 まあ知ったら魔王様を解剖とかしようとしかねないしな。


 話を逸らしたほうがいいかなと考えていると、またぺしっと頭をはたかれた。


「おいこらサクラ。もてなされてる客だってのに項垂れたり謎の言葉でぼそぼそ喋ってたりしたら不安がらせるだろうが。楽しそうに飲み食いしろ。礼儀だ」


 湯気のたつモツ煮込みらしき料理を大さじですくいながらシュラノが言った。


「――うん、そのとおりだ。ありがとシュラノ」


 礼を言い、少し遠くでちらちらとこちらの様子を見ている衛兵隊長のいる方へと歩き出す。


「あ、すいませーん、できるだけ強いお酒ありますー?」


 まだ水平線のあたりには残照が見える時間だ。

 疲れる旅だったとはいえ着いてからが本番。シュラノの言う通り大事にはならなかったんだし、リーダーである私があんまり落ちてるわけにもいかない。

 この際景気よく酔っ払って、明日への英気を養ってしまおう。

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