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私か? 私がフラグを踏んだのか!?

 港町といえばそれなりに栄えているイメージだけど、こちらの世界だとあまりそうでもない。

 未踏海域が多く、船で遠くまで行くことができないというのが大きな理由だ。輸出入で海路を使うという発想自体がまずないので、この世界における海沿いの町というのは港町というより漁師町という方が正確である。

 それでも碧海都市で最初に入ったこの町は寂れているというわけでもなく、観光客向けの宿もちゃんとあった。


 細い竹のような素材でできた床は素足の方が気持ちよく、窓からは潮の匂いを帯びた風が入り込んでくる。シャワーはきちんと真水で、やっと旅の汚れを落とした私たち4人は備え付けのテーブルを囲んだ。


 ちなみに男女別ではなく、4人部屋を選んだ。


「私ひとりでロゼルを抑え込めると思うの!?」

「このふたりから目を離すとか何が起きるか知れたもんじゃねえぞ」


 微妙に方向性が違うものの私とシュラノの訴えを受け、大部屋に目隠し用のパーテーションを運び入れてもらうことでカゲヤもしょうがないと頷いた結果だ。なおチップを弾んだので宿の人はだいぶ喜んでいた。


 サービスドリンクの果汁を飲みながら今後の予定をあらためて話し合う。


「まず冒険者ギルドに行って顔見せしつつ安全そうなら入会して、最初は船大工のとこだね。お金払うのと、例の船用の海獣捕獲について聞いて、そこからは捕獲手段次第かな。で、うまいこと製作依頼して待ちになったら黎明都市に向かって、この地図の人に会う、と」


 取り出したのは久々に見る地図。もうけっこう昔のことに思えるラーナルト領内で金色の狼に教えてもらい掘り出したものだ。


 ――千年王国の消滅を知る者へ


 そう書かれた地図にいるだろう人物は、たぶんこの世界最大の重要事項を知っている。魔王が討伐されず千年が経つことで地上すべてを消し飛ばす爆発を引き起こすという、その秘密を。


「この地図もそうだし、海獣捕獲についても何が起きるのかわからないことだらけだから、基本的に別れて行動はしないほうがいいよね」


 私の問いに、シュラノとカゲヤがしっかりと頷く。


「ああ、当然だな」

「もちろん」


 ジト目で彼らを睨んでやる。

「ちょっと男子、言いたいことあるならはっきり言いなさいよ」


 ――カンカンカンカン!


 窓の外から、不意に鐘の音が響いた。

 その大きさとテンポの速さは明らかに時報とかのんびりしたものじゃない。警報だ。


「つまりこういうことだ。何を起こすかわからないお前らと分かれて行動とかあり得ないっつうな」


 手早く身支度を済ませて立ち上がりながらシュラノが言う。


「ちょっとこれは絶対私のせいじゃないでしょ! いや確かにタイミング良すぎる気はするけどさあ!」


 4人そろって部屋を出て1階ロビーへ行くと、ちょうど入口からロンズたち3人が駆け込んでくるところだった。


「何か起きたの!?」

「おおサクラ殿! それが山の方から大型の獣がこの町へ向かっているとのことです! 物見台がすぐに気づいて警報を鳴らしましたので住民の避難は間に合いそうですが、生憎と衛兵にギルド員だけでは……!」

「わかった! どっち?」

「――っ」私たちが向かうことを察し、教えていいものか一瞬迷った様子のロンズだったけどすぐに口を開いた。「あちらの通りを真っ直ぐ! 門などないので建物がなくなるあたりに衛兵が集まっています!」

「ありがとう!」

「どうかお気をつけて!」


 入口を出て方角を確かめる。


「カゲヤ、先行して!」

「承知」


 ズドンッ、と地面を震わせてカゲヤが駆け出した。

 私たちも3人そろって後を追う。

 ――ちなみに一番足が遅いのはシュラノだ。


「シュラノ、建物の外に人いない?」

「――だいたい避難済みだな。まだ外の奴らも走ってる。どっかの建物には入れれるだろ」


 ほんと便利だな索敵魔術。


 目でも周囲を確認しつつ通りを駆け抜けると、ロンズの言う通り武器を持った衛兵らしき人たちが集まっていた。――ただ、6人しかいないけど。レベルもこれは10ちょっとかな? まあ避難の呼びかけや他の場所にも散っているだろうし、大荒野から最も遠い地域の小さな町ならこういうものか。


「お仲間ですね! 助勢に感謝します!」


 既にカゲヤが説明していたようで、6人のなかではリーダーっぽい壮年の男が声を発した。


「向こうから5頭。ビャーズという肉食獣。体高は人の倍、体重は10倍以上。牙と爪、突進、のしかかり、特に爪は雑菌まみれです」


 説明を聞いている間にも、地響きをあげてその獣が猛進してくるのが見えた。

 頭はクマに似ている、身体はわりと細めで手足が長い猿のような体格、そして大きさは――ゾウくらいありそう。

 それが5頭、なんだか怒り心頭といった感じで吠えながら突進してくる。質量的な威圧感がすさまじい。


「ひぐっ…!」


 衛兵のひとりが悲鳴を押し殺し、一歩後ずさる。

 でも逃げ出さない時点で偉いだろうこれは。

 彼らのレベルからしてあのビャーズという獣1頭ですら正面から打倒できるとは思えない。


 ――何かを期待している?


 衛兵たちの気配にそれを感じ取り、同時に背後からさらに数名が駆けてくるのを察知した。


「待たせた! 装備はある!」


 衛兵たちとは違い、槍は持っていない。代わりに何やら細々としたものを服やベルトにつけている。男女混じりで7名だ。


「よし、配置! 急げもう来るぞ!」


 衛兵のリーダーが恐怖を払うように叫び、私たち以外が散開する。


「足を止めます! 1頭お願いできれば!」

「2頭いけますよ!」

「――っ、助かります!」


 ぎゅっと口元を引き締めてリーダーが礼を言いつつ獣へと向き直る。

 こちらも私とカゲヤが前へと進み出る。


「シュラノ、援護とロゼル任せた」

「前者は任せろ。――っていきなり前に出んなロゼル!」


 さっそく足を凍らされて盛大に転倒するロゼルを背に、目測で30メートルを切った獣たちを見据える。


「やれ!」


 後から来た集団のひとりが声を上げ、同時に彼らが振り回していたもの――両端に球のついた短いロープが勢いよく投げ放たれる。なんだっけあれ、狩猟民族とかが使ってるようなやつ。

 そのアイテムは見事に獣たちの前足に絡まり、何重にもまとわりつき、


 ドズズゥーン!


 とロゼルの何百倍かの衝撃で地面を揺らしながら転倒したのは3頭。

 残り2頭は絡まり方が片足に寄ったのか、バランスを崩しつつもロープを引きちぎってそのまま突進してくる。


「次!」


 すかさず投擲されたのは――樹の実?

 1頭の顔面に命中するや乾いた音を立てて弾けたそれは、中から赤黒い粉末を飛び散らせる。


「グゥアオウゥ!」


 途端に野太い悲鳴を上げる獣。後ろ足だけで立ち上がり、前足で目の辺りを抑え悶えている。なるほど、目潰し的なアイテムか。


 しかし最後の1頭はその投擲を躱してそのまま突進してきた。大きさの割に身軽だ。「おい次!」「待っ、ちょっ……!」数名が急いでなにかの準備をしているけど間に合いそうにない。


 獣の進行方向にいた衛兵が逃げることもできず尻もちをつく。


「あ……」


 ぽかんとした様子の衛兵に迫る死の暴威は、けれど横合いからシュラノが放った炎弾によって怯み、次いで踏み込んだカゲヤの槍によって胴体を深々と貫かれた。


「――っ、よし! 残りだ!」


 目を見張りつつ、すかさず衛兵のリーダーが叫ぶ。

 さて、次に危なそうなのは――目潰し食らって見えないまま暴れているアイツだな。


 ダッシュして接近し、無闇やたらに振り回されている腕をかいくぐる。近くだとマジで大きいな。まあ、こないだの化け物相手でちょっと慣れたものだ。


 右拳を握る。普段とは違う冷たくて硬い感触はナックルダスター、あるいはメリケンサック呼ばれる武器だ。魔王城から持ってきていた装備だけどタイミング悪くて全然使う機会がなく、せっかくだからと旅行道具に加えた一品。


 クマにしては長い後ろ足の膝関節へと叩き込んだ。


「グァアアアウ!!」


 またしても悲鳴を轟かせながら獣は倒れ込んだ。

 その隙に周囲を確かめる。

 

 カゲヤはもちろん大丈夫。たださっきの一撃では死ななかったようで獣は血を流しながらもカゲヤと戦い続けている。


 初手で転倒した3頭にはそれぞれ3人以上が囲んでおり、槍や薙刀っぽい武器で遠間から攻撃したりまた何か投げつけたりしている。起き上がらせないようにうまく手足を中心に攻めているけど、そのうち1頭がちょっとヤバそうだ。御しきれてない。囲んでるからシュラノも攻撃しづらいだろうし、


「仕留めていいですか!? 捕獲じゃないと駄目?」


 声を掛ける。


「え!? ああ、いや、そう――問題ない!」

「お邪魔します!」


 後ろ足を折ったこいつはもうまともに動けないだろう。放置して彼らの方へと駆け寄る。


「ガウゥッ」

「しっ」


 覆いかぶさるように噛みついてこようとした獣の鼻先にジャブ。お、やっぱそこ弱点なんだ地球と同じだ。

 嫌そうに顔を背けたそのコメカミへとストレート。砕けた感触がナックルダスター越しに伝わってくる。


「カ…………」


 苦しそうに舌を出しつつ、それでも力のこもった爪を振るってくる。それを避けつつ膝へローキック。またもいい手応え。

 ズズン、と地に伏した獣はなおもバタバタと手足を動かしているけど、もう危険性はほとんどないだろう。


「…………は?」


 呆然とした感じの声が聞こえた。

 同じように獣を囲んでいた衛兵たちだ。

 ……腕力任せの女という情報が広まると万一があり得るな。


「すごい威力でしょう、この武器、傭兵団から抜けるとき餞別にもらったんですよ」


 右手の装備をかざしてそう言った。


「え、いや、最後のは蹴りじゃ……」

「さあ他の援護にまわりましょう!」


 勢いで誤魔化しつつ私も次に体力の残っていそうな獣へと走り出した。

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