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新鮮な道中

「ああ、駄目だこれ、吐くぞ……!」

「うわちょっと待ってカゲヤ止まって! って止まんない!?」

「あっははは投石機の気分ー!」


 氷の荷台から吹っ飛び、宙を舞ったシュラノとロゼルを地面激突前に慌てて捕獲した。


「いい手だと思ったんだけどなあ」

「揺れを防ぐ機構つけた荷台とか作れないかな? 作りたいな!」

「……なにげに売れそうだからそれは領地帰ってから詰めようかロゼル」


 現在、私たちはアジフシーム都市連合の少し手前、ジルアダム帝国の端っこあたりを進んでいた。

 メンバーは私、カゲヤ、シュラノ(主人格)、そしてロゼル。

 今回はお忍び旅行なので領主専用の馬車は使わず、乗合馬車を使ったり馬を借りたり歩いたりと手続きが多く馬の速さも敵わないので、今までの移動の中では比較的ゆっくりめのスピードで進んでいた。


「走ればいいんじゃない?」


 と言い出したのは私。

 なにしろ私とカゲヤは馬より速く1日中走っていられるステータスがあるのだ。

 というわけで立ち寄った町の雑貨屋でロープを買い、シュラノが魔術で造った氷の犬ぞり風な荷台に毛布を敷き、ふたり乗せたそれをカゲヤが引っ張るというなにかのトレーニングみたいな仕組みを試してみたのだけど、残念ながらご覧の通りだった。


「まー歩くのは慣れてるからいいんだけどさあ、これ窮屈なんだよー」


 氷の荷台を溶かしてロープもしまい、あらためて出発して早々にロゼルが愚痴る。彼女が指しているのは、その額をぐるりと覆うヘッドギアだ。

 なにかの魔道具というわけでもない市販品だけど、ロゼルの防御力を上げるのが目的ではない。

 角隠しである。


 魔族特有の、年齢を重ねたりレベルが上ったりすることで発生する身体の変化。基本的には戦闘中に意識して変化させるもので、リョウバの腕なんかがそうだ。

 けれど時折、生まれながらに角が生えていたり牙や爪が鋭かったり鱗で覆われていたりする魔族が誕生することがある。往々にして彼らは成長すると優秀な戦士になるのだという。なので基本的にはエリートの証明みたいなものなんだけど、この兄妹はバランが参謀役、ロゼルが研究職とどちらも戦士の道は歩まなかった。

 それでもロゼルは勝手に大荒野へ行ったり獣を仕留めたりしてそれなりにレベルが高いので、任意に角を引っ込めることができる。……できるのだけど。

 

『おっはよー』

『あ、おはようございます――って班長それ引っ込めて部屋戻って今すぐです!』


 寝ぼけて角を隠さないまま領主館の客室から出てきたロゼルを速攻でモカが叩き返すという一幕があり、旅の間は再犯防止用にヘッドギアの着用が義務付けられていた。なお市販品ではあるけど当然のようにモカが改良し、ロゼルひとりでは外せないようにしてある。



 文句を言っている彼女の額に手を伸ばした。ヘッドギアに挟まって変な感じになってる前髪を直しながら私はため息をつく。


「まだいいよそっちは。私なんて……、これだよ?」


 自分の鼻のあたりを指でつっつく。カツンという硬質な音が鳴った。

 仮面。

 出発にあたってようやく両腕の包帯封印を解いてもらえたと思ったらこれである。顔全体を覆うタイプで、ご丁寧に食事のときは口元だけ外せるようになっている。つまり目鼻は常に隠しておけということだ。


 まあ、これにも理由がある。

 なにしろここは端っことはいえジルアダム帝国領土。あの闘技会で私の顔と名前はだいぶ広まってしまったのだ。そして写真や映像に残す技術がないこの世界だけど、それでも絵師という存在がいる。

 今もなお、帝国首都では姿絵や似顔絵が売れまくっているらしい。

 ちなみに売れ筋で言うと1位がダントツでアルテナ。2位が私。3位が武神ユウカリィラン様。4位がナナシャさん。5位が戦神アランドルカシム様。なおヴィトワース大公は以前からコンスタントに売れてるので今回はランクインしなかったとのこと。

 それを聞いたときのアルテナは両手で顔を覆い嘆いていた。



「ていうかシュラノずるい。一緒に闘技会出たのに素顔だし」

「嫌味じゃねえのはわかってるが反応しづらいこと言うなよ」


 仮想人格だとほとんど印象に残らないシュラノは、たぶんそのままでもバレるリスクはなかっただろう。そこへさらに主人格に切り替えているので物腰から普通に別人レベル。楽しそうに風景を眺めている。


「とにかくさっさと行こうぜ。日が暮れる前に次の街入っとかねえとまた野宿だ」

「えー私野宿好きー」

「いやロゼルさん、あんた野宿だと逆に寝ないだろ。植物とか調べだして。また昼間に眠くなるぞ」

「あっ、さん付け!」

「あー、悪い。つうかそれ言うならカゲヤお前普段以上に無口になりやがって。ちっとは喋っとけ今のうちに慣れろ!」


 急に話を振られたカゲヤは一瞬怯んだように顔を引き攣らせた。

 ロゼルとシュラノは楽しそうに「ほらほら」みたいな感じで私の方を指している。


「…………」


 難敵を相手にするかのような表情で見つめてくるカゲヤ。

 私も「どうぞどうぞ」と手招きしてみる。

 実に申し訳無さそうな顔で、重たげに彼の口が開いた。


「……早く、行くぞ、サクラ」

「きゃー!」


 テンションの上がる私。思わずカゲヤの背中をばんばん叩いてしまう。


「私だったら背骨折れてそう」

「オレもだな」


 ロゼルとシュラノがなんか言ってるけど構うものか。

 カゲヤがタメ口で話しかけてきて、おまけにサクラと呼ぶこのインパクトとむず痒い嬉しさ。

 普段は基本的にレイラと呼ばれ、仲間内だけのときはイオリ、おまけにどっちも様づけだ。苗字であるサクラで呼び捨てされるのはこの世界に来て初めてのこと。けれど地球にいたときはやっぱり苗字で呼ばれることが多かったので、その懐かしさも相まってとても気分がいい。


「よし行こうカゲヤ!」


 その腕を取って歩き出す。


「……帰ったらリョウバに教えてやろ。すっげえ悔しがるのが目に浮かぶ」


 後ろからシュラノが面白そうに言った。


 そんなわけで仮面を被り、また偽名が増え、傭兵抜けした旅人という仮の身分を纏った私はジルアダムの領土を越え、アジフシーム都市連合へ踏み入ろうとしていた。

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