鳥立つ前の濁流
罪状:カゲヤ
領主レイラの両腕を覆った氷の破壊を行った結果、その腕自体にも致命的な損壊を与えた。 ただし破壊命令は領主自身から、かつ緊急性の高いものとして下されており、直前まで戦争に参加していたため状況把握が困難であったカゲヤの罪は極めて軽微なものと判断する。
なお当人は『最大脅威との戦闘に参加しなかった挙げ句、イオリに大ダメージを与えた』という内容の報告書をサーシャに送るという事実上のセルフ死刑を望んだため、領主代行フリューネが軽やかに棄却した。
罪状:シュラノ
魔王のみ使えるはずの魔獣生成術式を目にしたにも関わらず援軍を頼らず、加えて領主レイラを参加させたまま戦闘を行った。
また戦闘中に領主レイラの命令とはいえ解除不可能な氷塊でその両腕を覆い、結果としてカゲヤが引き起こした傷害事件の原因を生んだ。なお反省会の途中で主人格のシュラノが登場し、『いやーわりぃわりぃ、あの術式は研究部門でも極一部が習得方法を研究したことあってな。それで4人死んでから禁忌になってんだ。なもんで俺も観察に夢中になってなあ』などと供述したため仮想人格の責務を問うことと合わせて当面は激務に就かせることとする。
具体的には今回の戦争で怪我をした兵士たち200名以上に片っ端から治療術をかけてまわらせる。なおその間は仮想人格の使用禁止。
罪状:領主レイラ(イオリ)
正体不明の怪物に対して領主の立場にありながら先陣を切った。
右腕を刺されるなど相手の攻撃能力が危険だと判明した後もお構いなしに先陣を切り続けた。
シュラノに対して訓練したことのない術式を後先考えずに指示した。
その術式が仇となって最終的に両腕を失い、他国の兵士や将軍がいる場で無防備に気を失った。
両腕が生えて目覚めた時点で反省の気配がなかった。
「なんか日に日に包帯がきつくなってる気がする……」
あの長く厳しい反省会を終えた私は、罰の一環として未だに両腕を包帯で封印されっぱなしだった。
「イオリ様が中で指を動かされたりしているからですよ。すぐに包帯が緩んでしまうんです」
困り顔でモカが言う。
「動かせないとなんかムズムズするんだよねー。そもそも怪我してるわけじゃないから痛くないし、それでついつい」
「昨日からはもう普通の巻き方はやめてるんですけど、まだ固定が甘いみたいですね……」
「なにその普通の巻き方って」
「治療目的の包帯法のことですよ。今のこれは新市街の大工さんに習いました」
「それ包帯じゃなくて針金とかじゃないの!?」
「あとは船乗りがいればロープ術も合わせようかと思いましたが、ここは内陸国ですから」
ハサミで包帯を切り、毎朝のルーティンとなってしまった封印作業を済ませたモカは額の汗を拭った。
「秋季とはいえ力仕事は汗をかきますね。これが夏季でしたらイオリ様ももっと辛かったと思いますよ」
「あー、それはそうだなあ、めっちゃ蒸れそう」
ちなみにこの世界は季節が8つに分かれている。
それぞれ春季、雨季、夏季、乾季、秋季、風季、冬季、嵐季となっていて、一番熱いのが夏季、寒いのが冬季というのは地球と同じだ。この中で乾季の後半から風季の前半までが1年で最も天気が安定したレジャーシーズンなのだという。
「――ということで気候も良いですし、お姉さまにはしばらくラーナルト王国南の保養地で失った両腕の回復に努めて頂きます」
「……なるほど、そういう体裁ってことね」
「はい」
「もしかして、初めに両腕封印って言ったときからここまで考えてた? たんなる罰じゃなかったんだ?」
「どうでしょうか」
にっこりと微笑まれた。
……どっちにしても怖いな。
モカに包帯を巻き直してもらった後、私は研究所の別室でフリューネから今後の予定を聞かされていた。
「本当の行き先はアジフシーム都市連合。ミゼット様たちが見つけた例の『歩く船』について現地で詳細を確認後、船大工へ作成を依頼するかお姉さまに決めて頂きます」
「いいの? 私で」
「これに関しましては、正直申し上げて私では判断できませんので」
ただし、とフリューネはテーブル越しに包帯で覆われた手を掴んだ。
「怪我したり危ない真似はしないでください。私も皆様も心配します。――約束ですよ、お姉ちゃん」
「わかりました!」
もちろん全力で頷いた。
――しかし、また長期間この領地を空けることになってしまった。
領主としての仕事は代行としてフリューネが完璧にこなしてくれるので私ごときが懸念するのもおこがましいレベルだけど、問題なのは誰を連れて行くかだ。
「やはりシュラノ様は必須でしょう。道中でも目的地でもあの索敵術があるとないとではまったく話が変わりますから」
「だねえ」
「ひとまず重傷者への治療が片付くまではあと5日というところですか……。せっかくですから旅の間も仮想人格は禁止のままにしましょうか」
「……最近フリューネ、遠慮なくなったね?」
こないだカゲヤがサーシャに出そうとした報告を笑顔で却下したときもそうだったけど、以前なら魔族サイドのメンバーに対してはこんなに強く出ていなかったと思う。
「ええ。お姉さまとこの領地、そして魔王様のためにもっと頑張ろうと気持ちを新たにしましたので」
やる気なのは嬉しいけど、休みも取ろうね?
「お忍びですので、あとひとりかふたりでしょうか。その『歩く船』というのが隠された技術だということですし、モカ様はいかがです?」
「そうですね、とても興味はありますが建造の様子を見られるかはわかりませんし、なにより今は抱えている研究が手一杯でして」
残念そうにモカはそう答えた。
「そうなりますと、エクスナ様も激務の最中ですし、カゲヤ様かリョウバ様ですね」
「それ大丈夫? 私とシュラノも入れてレベルが上から4人だよ」
「確かに領地が手薄になりますが、莫大な臨時収入が確定しましたので人員増強に取り掛かっておりますし――そうですね、トウガ様たちがそろそろ帰国されると仰っていましたので、それまでは出発を待ちつつどこまで体制を強化できるかでメンバーを決めることにしましょうか」
「わかった。……でもそれってつまり、まだしばらくはこの包帯が続くってこと?」
「なにか問題が?」
フリューネの目が1段冷えた。
「ないですごめんなさい」
そして数日が経ち、トウガさんとフユたちジルアダム帝国の一行、それにレアスさんも帰国することとなった。
「せっかく足をお運び頂いたのに騒がしい時期で申し訳ありませんでした。さらにはフユ様に戦争へご助力頂き、トウガ様にも戦後処理についてご指導頂いたこと、深く感謝しております」
頭を下げるフリューネの言う通り、化物退治に参加してくれたフユだけでなく、トウガさんはあの横やりで手薄になったうちの陣営をフォローしてくれ、各地の情報整理や采配、戦争で出た怪我人の治療の仕切り、さらに戦争管理ギルドとのやり取りについてフリューネにレクチャーまでしてくれていた。
「なんのなんの、こちらこそご厄介になりっぱなしで恐縮でございます。おまけにこのような報告書まで頂いてしまうとは。おそらく皇帝も関心を寄せることでしょう。返礼の品を届けにまたここへ伺えるかもしれませんな」
快活に笑うトウガさんに渡した報告書には、私たちが会議で話したことの魔王絡みを除いた大部分を割と素直に書いている。例の宗教団体についても、トウガさんなら当たりをつけられるだろうというのがフリューネたちの読みだ。
『ひいてはグランゼス皇帝にも、ローザスト王国と千夜払暁宴が繋がりを持つ可能性が伝わります。さすがにこの情報はうちだけで抱えるには大きすぎますので、早めに渡して貸しとすべきでしょう』
この手の話になると私は追いつけないのでフリューネやエクスナたちが合意したことに追従するばかりです。
「アルテナ様、いずれまた是非とも――」
「ああ、待ってるぞ」
フユは名残惜しそうにアルテナと会話している。戦争が終わった数日後に試合をしたそうで、あちこち痣だらけだ。まあ彼女も実はステゴロ上等な戦闘スタイルなので、アルテナとはノリが合うのだろう。少々――いやまあまあ――アルテナへの視線が熱を帯びすぎてるような気もするけどまあ気のせいかな。
「いいですか、くれぐれもレイラ様への礼儀を忘れぬよう、この領地へ迷惑をかけぬよう、言葉の代わりに剣を振らぬよう、ふらっと出ていかぬよう――」
「だあうっせなレアス! わかったからとっとと帰りやがれ!」
レアスさんはスタンに最後の指導をしている。ほんと毎日ご苦労さまでした……。
そうして一行が出発し、戦争の残務処理もある程度落ち着いた領主館は久々に普段の様子を取り戻した。
そして翌日すぐに落ち着きを失った。
朝食後の定例会議で、まずフリューネが頭痛をこらえるように目を細めながら切り出した。
「ウォルハナム公国のヴィトワース大公より書簡が参りました。……人材募集の噂を聞いたため、大公の御親戚を向かわせるとのことです。なお文章そのまま申し上げますが、『最近小遣い足りないみたいだから気に入ったら雇ってねー』と記されておりまして……、あの、本当にこのようなことを仰られるお方なのでしょうか?」
当人と会ったことのある私やリョウバ、アルテナは微妙な表情で顔を見合わせるばかりだ。
続いてエクスナが報告を上げる。
「戦争での活躍が広まったのか、心身熱烈教の評判が上がってます。……他の領地や隣国から加入希望者が集まりつつあるようで、推定ですが3割ほど規模が大きくなっちゃいそうです」
新市街復興の責任者を努めているカゲヤがいつも以上に険しい顔になる。……戦争中はずっとあの大声を聞き続けていたため、さすがにダメージがあったらしい。
そして、既に両手で顔を覆っているモカが絶望を帯びた声で話す。
「班長が……、ロゼル班長が魔王城を抜け出したそうです。来ます……絶対来ちゃいますここに……」
ロゼルを知る全員が重たい沈黙に包まれ、噂だけ聞いてるフリューネやアルテナが怯えた表情になった。
「――さて、じゃあ私は明日にでも都市連合へ出発しようかなそうしようかな」
「さすがに泣きますよお姉さま!?」
ごめんて。