死をコストにできる奴はヤバい
「皆様、あらためて昨日はお疲れさまでございました」
フリューネは柔らかく微笑みながらいつものメンバーに向けて声を発した。
「それではフゲン王国デンツ領との戦争について、総括および反省会を開催致します」
午前の静かな会議室に少女の声が響き渡る。
……反省する側であることを自覚している私は机にそっと視線を落とす。
「まず、戦争管理ギルドより書面で通達が来ております。今朝方のことでした」
「早いですね?」
アルテナが眉をひそめた。
「向こうの持ち帰りとなった以上は時間がかかるかと思っておりましたが」
「ええ、まだすべてに決着がついたわけではありません。あくまで経過報告が中心です。その事情も合わせて説明しましょう」
テーブルの上に揃えた指先を重ね、最近ますます風格を帯びつつある少女は話す。
「まず、勝敗については明言されました。265対121で、こちらの勝利です」
「おおっ、派手に勝ちましたね!」
エクスナが歓声を上げ、他のみんなも盛り上がる。
「点差にして144。つまり1億2000万カラルの借金は帳消しになり、さらに1億4400万カラルを得ることになります」
「……つまりあの1戦で2億6000万の稼ぎになったということですか……。凄まじいですな」
フリューネの説明にリョウバが感嘆の声を漏らす。
戦争に勝った場合の儲かり具合なんて地球のことですら知らない私だけど、それでも300億円に達しそうな金額のインパクトはわかる。――いや正しくは実感がわかないレベルの数字だということがわかる。
「はい。あらためて参戦した兵士たちには感謝しています。もちろんカゲヤ様も、ほんとうにありがとうございました」
深々と礼をするフリューネに、
「いえ、まだまだ至らず……。直後に未熟を痛感したばかりです」
と首を振るカゲヤの表情はいつにもまして暗い。
全員の視線が今日もがっちり包帯を巻かれている私の腕に注がれるけれど、まあ落ち着きたまえ、まだ反省のターンじゃない。もうちょっとだけ勝利に沸くターンを享受させて。
「……点数についての詳細ですが、我が領は生存点が281、敵兵の殺害2名でマイナス6、重傷5名でマイナス10、結果265点でした」
「えっと、重傷ってのは……」
「両目、両手足、性器、都合7箇所のうち2箇所以上を負傷させた場合の減点、お姉さまが追加で盛り込んだルールですね」
エクスナの問いにも即答するフリューネは、点数についてもすべて記憶しているようで手元の書類を開いていない。
「次に敵方ですが、生存点が150、殺害5名でマイナス15、重傷7名でマイナス14、結果121点です」
「――っ」
息を呑む。
淡々と述べるフリューネの気配で察した。
単なる数字じゃないから、記憶に刻まれてしまったんだ。
「死亡者はすべて兵団です。加えて重傷者4名も」
同じように平坦な口調でリョウバが言う。
「残る重傷者は特殊軍2名、警備隊1名です。心身熱烈教の方々が含まれていないのは戦術が当たりましたね」
エクスナがそう続けた。
「コウエイと私たちで、それぞれの遺族を訪問する予定です」
リョウバの言葉に「私も――」と言いかけるが、
「いえ、イオリ様までお越しになると相手が恐縮するでしょう。それでは恨みが残ることになります」
「……でもそれって」
静かに首を振るリョウバ。
「怒りをぶつけられるのは各責任者の努めです。ただし我らを束ねる領主様に向かう怒りは鎮圧せねばならなくなります」
「ということでイオリ様は稼いだ大金でこの領地を良くすることを頑張ってください」
朗らかな口調で言うエクスナに、私はしっかりと頷いた。
「うん、約束する」
「――とはいえ、でっち上げの借金騒動で死者まで出したことは事実。あらためてサトウマには怒りが湧きますが、奴の処遇については?」
リョウバが尋ねた。
「はい、それについてはまずエクスナ様からお話しいただくのが良いかと」
「あーそうですね、じゃあ簡単に言いますが。――まず獣の群れが襲来した時点で、そちらの対応をイオリ様たちにお任せして、私はナナシャ様とサトウマ捕縛に向かいました」
そう語るエクスナ。ナナシャさんは私たちの正体を知らないのでこの会議には参加していない。
「サトウマは護衛4人を連れてフゲン王国側へと逃げていきました。考えられる逃走経路には事前に部下を配していたのですが、予想より手練で突破されてしまい、そのまま私たちが追うかたちに」
そういえば遠目に見えただけだから護衛のレベルまでは判別できなかったな。――危なかった、今こうして聞いているからエクスナが無事だと知っているけど、彼女はうちのメンバーでフリューネの次に紙耐久なのだ。
「あのーイオリ様、お考えが顔に出てますよ」
ジト目で言われる。
「えっ!? いやその、ごめん」
「謝られるのも不甲斐ない気持ちになりますが……、まあ実際私は隠形特化なので、平面の戦いでは大抵の相手に勝ち目がありません。なのでナナシャ様の弓で牽制して頂きつつ近くの森へと追い込んでもらい、私は先回りするという作戦でサトウマを捕まえたわけです」
本当に簡単な説明だった。
「状況を整えれば、正面からは勝ち目がない相手を無傷で片付けるあたりは流石だな」
感心するリョウバの言う通り、エクスナには傷ひとつない。
「どうも。で、捕まえたときのサトウマは逃走に体力を使い果たしたらしくぐったりしてまして、すぐにギルドの職員も来たので尋問はできず引き渡したのですが、護衛の4人がですね……、全員死んじゃいまして」
「殺さず無力化ができない相手だったと?」
尋ねるリョウバにエクスナは「いいえ」と返した。
「ナナシャさんの弓と私の罠や奇襲で手足を狙っていったんですが、走れなくなった奴から順に自決していきました」
「それは……、自爆ではなくか?」
怪訝な表情になるリョウバ。
「はい。こちらを巻き込むようなものではなく単なる服毒でした」
リョウバだけでなくカゲヤやアルテナたちも考え込む表情になる。
「妙だな。サトウマが逃げ切れる状況だったわけでもないのに、護衛が敵を減らすこともせず自決というのは」
「ですね」ミルク多めのコーヒーを飲みつつエクスナは同意する。「つまりは単なる護衛ではなかった。対象を守ることよりも、自身が捕まって情報が漏れることを防ぐ――要は私たちの同業者かなとも思ったんですが」
「違うと?」
「はい。リョウバが言うように敵を巻き添えにする方が効果的ですし、何よりスパイだとしても、死ぬための線引があまりに早い。まあ実際に見てたのは私とナナシャ様だけなのでふたりの感想ではありますが、お互いに『え、もう見切って死ぬの?』って驚き合っちゃいましたから。ついでに言うとサトウマも愕然としてました。逃げる気力をなくした要因でもあったでしょうね」
――ちょっとおもしろい絵面だな。
などと間抜けな感想を抱いたのは私だけらしい。
みんなの雰囲気はなんだか、困っていると言うか、面倒くさそうと言うか、「マジかよ……」みたいな感じである。
「……つまり、単なる護衛でも諜報員でもなく、驚くほど死への踏み込みが早く、恐らくは死をもって守るだけの秘密を持っていると」
苦々しい表情のリョウバにエクスナは頷く。
「はい。加えて言うと高確率でその仲間であろう連中がが生み出した化け物は、イオリ様が苦戦する程の代物だったと。ちなみにそのイオリ様が察知した術者たちも死んでました。こちらは自害の形跡すらなく、たぶんですが化け物を生んだ術式の反動だか代償かと思われます」
「いずれにせよ死を厭わぬ集団だな……」
私にも話の流れが見えてきた。
軍人とか傭兵ではなく、スパイや隠密でもなく、死を手段として用いる謎めいた集団。
神様が実在する世界においてそうした集団とは。
「宗教団体」
つぶやいた言葉に、全員が頷いた。