ホスト役の苦労
続いて向かったのは、スタンの弟子たちが集う一角。ハキムとフユもそこに混ざっており、どうやらフユがあの化け物について説明しているようだった。
「ええとそれで、変形した化け物がさらに巧みに格闘するようになって、スタンさんの初手が横薙ぎ、あれ違ったジュラナス将軍の薙ぎ払いに合わせて? 待って駄目もう混乱してきました」
「合わせた!? そもそもスタンが集団戦をこなせること自体驚きなんだが仲間の動きに連携できるのかあいつが!?」
驚愕の表情を浮かべているハキムにフユも深々と頷いている。
「それは私も驚きました」
「それで師匠の攻撃は化け物にどれほど効いたのですか?」
弟子候補たちもフユの話に興味津々らしい。
「えーっと、肉に食い込んで奪われそうになってましたね。いえ、あれはもう佳境だったかな?」
「待て待て、もっと一手ずつ丁寧に説明したまえ!」
ハキムのボルテージがかなり高い。
フユはかなりの困り顔で首を振っている。
「無理ですよ3対1で皆さん動きが早くて化け物は理解不能でそもそも私だってジュラナス将軍へ術式使っててそっちにも集中してたんですから」
「戦況を把握しながら術を放てずなにが補助術師だ!」
「う、それはその通りなんですが……」
まあ、化け物を実際に見ていない彼らが聞きたがる気持ちはわかるのだが、絵面としては少女に詰め寄るむさ苦しい男たちの集団だ。
そういえば似たような場面があったなと思い出す。帝国での闘技会打ち上げだ。あのときも武神の戦いを見られなかったハキムがフユに詰め寄っていて――
周囲に目を配ると、案の定トウガさんがいた。けれどここは帝国ではなくうちの領地である。視線で『どうぞ』と言われたので進み出る。
さて、まだろくにコミュニケーションを取れてない相手だけど領主としてそうも言ってられない。よし、認識しろ自分、彼らは私の部下だ。彼らのやらかしは私の責任。
「こらハキム」
ミシィッ、とその脳天に軽いチョップ――のつもりが戦闘の名残かまあまあ強めの手刀になってしまった。
「かはっ……」
呻きつつ頭を抑えて崩折れるハキム。
やや涙目で睨み上げた先にいるのが私だと気づいて即座に立ち上がる。多少ふらついていたけど流石にタフだ。
「ハキムはうちの傭兵になったんでしょ。で、他のみんなも傭兵希望と」
スタンの弟子入り志願者たちを見渡す。私が何を言いたいのか察したようで姿勢を正したのが数名。あ、スピィがたぶん顔を覚えようとしてる。
「そしてこちらはジルアダム帝国から観光に参られた大切なお客様です」
揃えた指先でフユを示す。
「え、いえ私は、そのような」
当人は慌てているけど事実は事実、そしてハキムたちも言われてわからない集団ではなく、「失礼いたしました!」とそろって彼女に頭を下げていた。
「わかればいい。もっと聞きたいならスタンを捕まえなさい。――そういえばあいついないな」
疲れはあるだろうけどダメージはないだろうし、来てるだろうと思ってたんだけど。
弟子候補のひとりが一歩前に出て発言する。
「師匠は酒に弱いため、こうした場にはおられないかと」
「そうなんだ!?」
意外。
「この国へ来る道中も、夜に飲むときは相当離れてから酒瓶を開けないと即座に叩きのめされました」
「離れすぎた上に酔いつぶれて翌朝置いていかれた奴もいたな」
「それ私です。あのときは血の気が引きました」
――へたすると弱点にならないかなこれ。スタンは帝国の一件で相当名を上げたから、変なこと考える奴が出てきかねない。
「そうか、まあ明日にでもあらためて聞けばいい。――よし、じゃあ引き続き楽しく飲みましょう」
そう言ってスピィにフユも加え、また別の場所へと移動する。
「感謝致しますレイラ様。あの場で微力を尽くしてはいたものの、恥ずかしながら目で追えないことや理解できなかったことも多く……」
「やー、あの化け物は私もなんだったのかわかってないからね」
3人並んで歩いていると、焼き物や揚げ物の割合が多い屋台の中からふと甘い匂いが寄ってきた。
ぴくり、とスピィの肩が動く。
「あ、ドーナツか」
穴が空いておらず小さめの丸いかたちなので、揚げパンとかサーターアンダギーとか言うほうが正確かもしれないけどこの世界の言葉ではドーナツと同一視されている。
塩とナッツをまぶしたものや、カリッカリのベーコンを刻んで乗せたものなどがあり酒に合わせているらしい。一方でクリームや果物を乗せたものも見える。
「スピィ、いくつか持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
本人は明言していないが甘党の彼女は素早く屋台に向かった。
「そういえば、あの戦闘についてはトウガさんからも聞かれなかった?」
待っている間にフユへ尋ねる。
「はい。そちらはできる範囲で説明をしましたが……、あっ、申し訳ありません! 許可も得ずに」
「いやそれは気にしなくていいから、他にも大勢見てたんだし」
頭を下げようとするフユを慌てて止める。
「そうじゃなくて、明日私たちも諸々の総括する予定だから、内容まとめた資料を渡そうかなと思ってて。もちろん全てを開示はできないわけだけど……」
「いえ! 十分ありがたいです! 過分なお心遣いに感謝致します」
ほっとしたようにフユの肩から力が抜ける。
「あ、ただ同じ情報はレアスさんにも渡す予定だから。あまり希少価値のある情報にはならないと思う」
「はい、それは当然のことかと。むしろローザスト王国から睨まれる材料は、あまり……」
わりとマジに深刻な表情になるフユ。彼女だって人族最大の領土を誇るジルアダム帝国の優秀な戦士だというのに。
「ねえ、これは完全に興味本位なんだけど、ローザスト王国ってどんな印象?」
「そうですね……」考え込むフユ。「私自身はあまり彼の国の人間と接したことがないのですが、上官や同僚がよく話題に出すことがありまして。――国土の広さ、戦士の数、歴史の深さ、財力、そうした要素でローザストはどれも1番ではないのですが、『敵に回したくない国家』としては他を圧倒しての1位であるというのが定評だそうです」
「おおぅ、なるほどね……」
今のところ知り合いはグラウスさんとレアスさん、それにジュラナス将軍か。とりあえず個々人とは仲良くできてると思うので、できれば今後も国同士の関わりにはタッチしたくないなあ……。全力でファガンさんに投げることにしよう。
スピィが運んできたドーナツを3人で食べ、トウガさんのところへ行くというフユと分かれてまた別の場所へ。
なおフユもけっこう甘党のようで、ドーナツはきっちり3等分でそれぞれのお腹に収まった。
「おいしかったね。ドーナツ自体は甘さ控えめでクリームも軽くて、その分フルーツが爽やかで」
「普段もメニューに出しているそうです。店名と場所も控えました」
生真面目な表情だが満足げなスピィ。
「お、じゃあまた今度休みのときに行こっか」
「お供します」
中盤でデザートにいってしまったのでこの後のお酒はどうしようかななどと考えながらゆったり会場内を歩く。
隅の方ではカゲヤと警備隊のダズがひっそりと飲んでいた。
『ダズは身を挺して敵の攻撃を引き受け、周囲の味方を守ることに専念していたとのことです。助攻としての警備隊内での賞金もいらないと申しておりましたが、代わりになんらかの手当を――』
というのが事前に聞いた評価。
近づこうかと思ったけど、ふたりとも静かに飲んでいたい的なオーラを全開にしていたのでそっとしておくことに。……なんか仲いいんだよねあのふたり。基本無口な同士で気が合うのかな。
会場の中央あたりではナナシャさんを領内兵団の人たちが囲んでいた。有名人だけど普段は王城勤務なので確かにうちの領地にいるのは珍しい。ていうかもしかして初かな?
フユみたいに迷惑がっていたら介入しようかと思ったけど、楽しそうにしていたのでこちらはスルー。
戦争に参加していた特殊軍はあまりこの場には来ていないようだけど、一部は姿を見せていた。うちひとりが見覚えのある顔だと思ったら、この間リョウバの恩寵を取りに行ったときも一緒だった男子だ。
「りょ、領主様!」
頬張っていた焼き鳥を慌てて飲み込んでいる。そういえば彼はあの旅でもエクスナが作った料理に感動してたな。
「どう? 料理は評判の良い店から色々集めているんだけど」
「はい! どれも非常に美味でして――もちろん明日は非番なので匂いは訓練前に落としますので!」
「そう、よかった。今日はお疲れさま、明日はゆっくり休んでね」
「ありがとうございます!」
上気した顔で返事をした彼は、仲間のところへ戻った途端ゲシゲシと蹴られていた。「お前なにひとりで領主様と――」「スピィちゃんに妙なこと言ってねえだろうな――」などという声が聞こえる。
「……意外と普段は普通にしてるんだね」
なんだか妙な言い方になってしまったけど、オフの特殊軍の人たちをあまり見ないので新鮮な光景だった。
同じく特殊軍のスピィは苦笑いしている。
「確かに休憩中や休日もほとんど物音を立てないような方々も多いですが、エクスナ総隊長が賑やかなこともあり、最近はわりと……。食事についても潜入任務が予定されていないうちは好きなものを食べる者も増えてきたそうです」
「そっか、いいことじゃん!」
任務のためにすべてを捨てるっていう生き方もかっこいいとは思うけれど、それを強制するような組織は作りたくない。エクスナもそれを嫌がっているからこその振る舞いという面もあるのだろう。
そして会場をほぼ端まで横断し、最後に見えてきた――いや聞こえてきた集団は。
「おおーっとコウエイ選手が倒れた! さすがにピッチが速すぎたか! ああっ速やかに運ばれていく途中で嘔吐! しかしご安心ください衛生兵が気道確保しております! お食事中の方申し訳ありません! しかし強い強いリョウバ選手、5人抜き!! 今日はここが自分の戦場だと言わんばかりの鯨飲、敵兵の血の代わりに酒を浴びるのだと豪語した肝臓は伊達じゃない! さあそれでは次の挑戦者はこの方だ!」
解説者の煽りに観客が怒涛の歓声を上げている。
――昼間の戦争で叫びたりなかったのだろうかあの人たち。
「えっとそれじゃ戻ろっか。あ、レアスさんどこにいるかなー」
「レイラ様、お気持ちは非常にわかりますがご辛抱を。彼らも今日の功労者ですので――」
「おおお皆様ご注目ください観客席最後列に後光が差しております! 偉大なる指導者、慈悲深き領主、そして剛強なる戦士レイラ様がこの場に来訪なされました!」
ずざあっ、と眼の前の集団が左右に分かれる。
スピィがビクッと震える。
もはや逃げられない。
死刑台に登る囚人のような心地で私たちは最前列へと歩みを進めていくのだった。