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シルエットならこっちが異形

 私の弱点のひとつは、攻撃手段に幅がないこと。具体的には遠距離攻撃や範囲攻撃だ。兵装の搭載によっていくらかカバーできているけどあまり連発はできないし、さっきまでの穴から地上に出てきた今、国外含めた多くの目に晒されている現状ではこれ以上見せるのもリスクが高い。

 

 けれど眼の前の化け物を倒しきるには、範囲攻撃とまではいかずともある程度広い面積で攻撃すること、奴の身体を物理的に削り取るのが効果的。

 巨大な棍棒とかあればかなり有効っぽいんだけど、そんな異形武器を持ってる兵士はこの場にいないし、かといって近くの森までダッシュして木を1本引き抜いてきても一撃で駄目になりそうだ。


 ということでシュラノにお願いする。


「――てな感じでお願い」

「了解」


 近くに他の仲間がいたら反対意見が出てきそうな頼み事だけど幸い今はフリー。

 スタンたちが化け物の意識を引いてくれている間に手早くシュラノが術式を組み上げる。発動先は、私の両手。


 術式から魔力が飛び、両手に冷気が纏わりついたかと思った途端、勢いよく青白い氷が形成されていく。

 それは私の前腕を覆い、指先からさらに1メートル以上は長く伸びた氷の巨腕と化した。先端は拳というよりも鉄球、それもトゲ付きの。


「っ! くおおおぉ……、これは、予想以上……!」


 当然ながら、激烈に冷たい。皮膚はあっという間に感覚を失い、じんじんと痺れだけが危険を脳に訴えてくる。肘を越えて肩口あたりまで骨が凍るような感覚が伝わり、心臓が鼓動を早めている。


 スタンたちを相手にしていた化け物の眼球が複数、目ざとくこちらを凝視した。


「――いいよ、おいで。腕だけならそこそこ張り合えるぐらいになったでしょ?」


 突進してくる化け物。走りながら右腕で地面を抉り、土砂の嵐を見舞ってくる。

 片腕で顔面だけガード。すごいなこれ、こんだけでかい氷なのに向こうがほぼ素通しで見えるぐらい透明だ。

 続いて化け物が繰り出すのは地を這うような軌道の下突き。いいね、試すには絶好の攻撃だ。


 半身で後ろ足を踏ん張る。氷の腕は片方だけでドラム缶いっぱいぐらいの質量がありそうで、すなわち重さもそれに見合うほど、たぶん成人男性3人分ぐらいだろうか。足にかかる荷重が普段とは段違いで、それが持て余し気味だったこの義体のパワーにうまく噛み合っている。

 向かってくる巨大な拳を、氷の拳で迎撃。


 破裂音。


 ある意味そのまんまな例えだけど、水の代わりにユッケなんかを詰め込んだ風船を叩き割ったら同じ音がするのだろう。


「GAHHKIYYYY!?」


 びちゃびちゃと破片が降り落ちるなか、片腕を失った化け物が悲鳴らしき叫びを上げる。

 殴ったこちらの氷拳は、よし、ひび割れてもいない。さすがシュラノ渾身のひたすら頑丈で溶けない氷。

 おそらく10倍近く重たくなった身体で前進しつつ逆の腕を振るい、化け物の胴体ど真ん中を狙う。

 スピードはだいぶ落ちているせいで化け物に残る腕でガードされる。今度は破裂せず、恐ろしいほど重たい反動が返ってくる。へたすると殴った私の方が吹き飛びそうな衝撃を、


「こんっのおおおお!」


 全身の筋肉をフル稼働させて強引に踏ん張り、化け物を殴り飛ばした。すごい、体重があるって最高などという感想を抱くことになるとは。


「だあっ、この馬鹿!?」

 

 スタンが叫ぶ。え? と疑問に思ったのも一瞬。化け物を吹き飛ばした方向に気づく。――あっちはいまだ続いている戦場だ。


「わあほんとにバカ!」


 急いで追う。ちょ、巨大な腕が走るのにめっちゃ邪魔! ああでも氷ならこうすれば……。

 両腕の力を抜いて氷塊を地面に着け、そのまま引きずりながらダッシュする。重たいのは重たいけど摩擦がそんなにないのでこれならいける!


「珍妙な生き物だな……」


 スタンがなんか言ってるけど気にしない。

 具合の悪いことに化け物が吹き飛んだ先は周囲よりちょっと小高い丘になっている。起き上がろうとしている奴のさらに先の方、戦場からは既にどよめきが巻き起こっていた。これ以上吸収されてたまるかと速度を上げると、化け物が腕を上げてこちらに突きつけてきた。

 手痛いダメージを食らった黒い槍をまた飛ばしてくる――と思わせて怯ませたいんだろうけど、


「ようやく見慣れてきたっての!」


 暴れ狂う奴の魂からも、周囲に向ける気配がわかるようになってきた。

 それはブラフでしょ。


 構わず一直線にダッシュし間合いへと入る。

 予想通り、化け物の腕からは何も飛び出てこない。

 原因はさっきのアレ。私を閉じ込めた黒い球体だ。化け物は私を封じて地上に出るために、あの素材を自分から切り離した。それまでに使っていた槍や針の質量を思えば、たぶん根こそぎ使い果たしたのだろう。


 通じていないと気づいた化け物が腕を振り上げるけれど、遅い。

 引きずっていた氷腕を持ち上げ、ダッシュの勢いそのまま横ざまに振り抜く。リーチが長くなったおかげで化け物の脇腹に届いた氷塊はその巨体をくの字に曲げる。


「そっちは立入禁止!」


 氷塊の先端についているトゲをうまく引っ掛け、全身を捻って化け物を斜め後ろ、戦場から遠ざけるように吹き飛ばす。軌道を見てすかさずスタンやジュラナス将軍が落下予想地点へ駆け出すのを視界に収め、私は戦場へと向き直った。


 ――よし、ちゃんと勝ってるね。


 ざっと眺めた感じ、目に見えてバストアク側の方が立っている兵士の数が多い。あの化け物に対応している間にずいぶん差が開いているようだった。

 とはいえ私に近いエリアでは敵味方仲良く手を止めてこちらを見ている。まあ、あんだけ見た目のインパクトが強い化け物が急に飛んできたらしょうがないんだけど。

 息を吸う。


「バストアクの兵たちに告ぐ!」


 戦場の怒声と、例の団体の人達に負けじと大声を上げる。


「妙な横槍を仕掛けてきた連中がいるが、それはこちらに任せておけ! お前たちは眼の前の相手を一心に倒せ! まさかと思うが今見た化け物に怖気づいた弱卒はいないだろうな!?」


 ずしん、と地面が震えた。

 戦場の中央、天災と見紛うような震脚を放てる人物が他にいるはずもない。


「無論にございます!」


 カゲヤ、出そうと思えば大きい声出せるんだよね。

 あとそんなパワー見せていいのか演技はどうしたと思ったけど、さすがにそろそろバレてたのかな。


「万が一そのような者がいるとすれば、この戦場を生き抜くこと能わず屍と散ることでしょう!」


 その返しにビクッとしているのは警備隊の人たちだな。

 戦場へ向けて、頷く代わりに氷塊のついた両手を広げて見せる。


「その言たしかに聞いた! 兵たちよ終盤だ、気を抜くな、振り絞れ、あと報奨を思い出せ!」


 兵士たちがどっと沸く。

 まあ、カゲヤのあれ直訳すれば「サボったら敵兵のついでに殺す、マジで」だし。特に悲壮な顔で武器を振るってる警備隊の人たちはカゲヤが冗談言わないって知ってるし。

 そこまでカゲヤを知らない兵団の人たちもそろそろ報奨金が具体的に見える戦況だとあらためて実感したのか、同じく気勢を上げている。

 そして心身熱烈教の人たちはうるさい。この距離でもうるさい。


 戦場に背を向ける。

 ――さて、任せろと言ったからには私も頑張らないと。

 

 再び氷の腕を引きずりながら化け物へ向けて走りつつ状況を確かめる。

 化け物と対峙しているのは先程と同じくスタンとジュラナス将軍。少し離れた位置にシュラノとフユが備えている。他の兵士たちはさらに遠くへと退避し、一部の人たちがあちこちに散らばった獣の死骸を回収している。

 飛び道具を失ったとはいえ巨体と怪力は変わらぬ化け物の相手は戦歴の程を伺わせるジュラナス将軍であっても厳しいらしく、大ダメージは受けていないものの肩で息をしている。つうかスタンあんたなんで平然としてるんだ。かすり傷ひとつ負ってねえ。


 走る私の方へと誰かが駆けてくる。


「領主様! 中央より伝令! エクスナ総隊長の方は優勢、助力不要ゆえにこちらへ専念されたしとのこと!」

「了解! ありがとう!」


 暗部の人か。

 言われて気づいたけどエクスナやナナシャさんたちの方でもあの化け物を生み出す術式が発動してる可能性があるわけか……! けど今は報告を信じて目前のあいつを早く倒すしかない。


「お待たせしました!」

「いいや、さっきは任せっきりで気が引けてたからねえ!」

「どうも! 正面代わります!」

「悪いね、ちぃとこいつは荷が重い!」


 ジュラナス将軍と入れ替わるように化け物の前に立つ。……おお、敵意が私に集中してるのが伝わってくる。私が6、スタンが3、将軍が1って塩梅かな。

 氷腕を地面から持ち上げる。

 冷たさによる痺れもとうに感じなくなり、代わりに鼓動に合わせてひどい頭痛がする。凍傷の自動回復にカロリーが使われてるせいか痛みの軽減が追いついてないな。


「KOOOHHGRHHH……」


 ゴキゴキと音を立てながらまた化け物の身体が変わっていく。

 細く、短く、鋭く。

 4メートルほどだった体高が、3メートルぐらいに。全体もずいぶんとスリムになった。複数の眼球が融合し、真っ黒いレンズのようなものに変わっている。


「対照的だな」


 皮肉げにスタンが笑う。視線の先は私の腕についている氷塊。

 彼の言う通り、大きく重くなろうとした私と反対に、化け物は最初の姿から2段階小さくなってきている。


「どこまでいくのか興味はあるけど、もうおしまいにしないと」


 さあ、最終ラウンドだ。

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