初見技繚乱
シュラノの氷魔術によって地面に縫い留められている化け物。あのパワーを考えるとそう長くは拘束できないだろう。
今のうちに狙える兵装は――
試しに、恐る恐る右腕を動かそうとしてみる。
「っづう!」
収まりかけていた痛みが一気に復活した。
……これだと右腕も発動ポーズに必要な魔眼光殺法は使えないか。
ならちょっともったいないけど。
はい右目を閉じてー、舌をぺろりと出してー、こてんと可愛らしく首を傾けてー、【ネイサンの誇り】発動――からの、げんこつで自分の頭をこつんとたたきます。
すると内蔵魔石の出力が反転するのでそのまま相手へ掌底を放つと、
轟く破壊音。
化け物がさらに巨大な何かに殴られたかのようにその全身が一瞬でひしゃげて高速で吹き飛び、背後の壁に巨大な亀裂を生みながら、光が届かないほど深くまでめり込みました。
相手に与える作用を低減し、私に来る反作用を増加させる【ネイサンの誇り】と【ララの誓い】――その反転機構、【ロード・オブ・リプリー】である。
すなわち殴った私に返ってくるはずの反動を大幅に抑え、その分だけ相手に与える衝撃を大幅に高めることで、ダメージとスタン値の倍加・体重の軽さという弱点の抑制・おまけ効果で力点の拡大――と強力なバフをかけることができる。
ただしデメリットとしてこの機構は使い捨て、1回限りということだ。手術で魔石を交換するまでは通常の機能も使えなくなる。これは魔術に『相手に負担を押し付けるほど魔力消費が高まる』という原則があるからだという。
攻撃魔術の威力や範囲など狙った相手への負担を高めるほど消費MPが大きくなるのが代表例。回復術やバフも相手の体力を大きく使うことになるという負担があるため同様に魔力消費も上がる。ララの誓いは自分に負荷を押し付けるという普通は役に立たない効果のおかげで燃費のいい機能に仕上がったけど、その分反転機構は消費が大きいのだ。
けれど効果は絶大。
準備がいるし攻撃する部位がバレるから使い所が難しいけど、単純な威力はヴィトワース大公へ最後に放った全身全霊突きを上回るだろう。
それを示すかのように、闘技場に空けちゃったのよりさらに大きな横穴が光の届かない奥深くまで伸びている。
がらがらと地盤から石が落ちるなか、上空から熱を感じた。
見ればシュラノが炎の弾を宙に練り上げているところだった。
「端に」
辛うじて穴の底にいる私たちに届くぐらいの声とともに、炎弾が弧を描きながら化け物の吹き飛んだ横穴へと飛び込んでいった。
慌てて反対側の壁まで退避する私とスタン。
直後、ものすごい勢いで横穴から炎が噴出した。
「あっつ!」
「だあっちいっ!」
顔が焦げるかと思うほどの熱波が押し寄せ、悲鳴を上げる私たち。ていうかスタンだいじょうぶかアンタ魔法防御とかほとんど一般人レベルだろ。
「くぉら鉄腕女てめぇは妙な顔で笑わせてくるし上の平坦男は加減知らねえしふざけんじゃねえぞ!」
「ああやっぱ見てたねえスタン私のアレについてはお願いだから忘れて何も言わないで!」
「謝りもしねえな!?」
ぎゃあぎゃあ言い合っているうちに炎は消え、横穴からは黒い煙が流れ出す。
――なんか来る。
「スタン!」
横穴の奥から、そしてその周囲の壁からも、無数の黒い針が突き出てきた。
上空へジャンプして躱す。
スタンはと下方を見れば、針の隙間を的確に見切ったようで安置に移動していた。
針の一本一本は化け物の指先から生えていた爪より、そして私の腕に刺さったやつよりもだいぶ細い。見た感じ数十本は生成しているのでこの数と質量が上限ということだろうか。
こちらが着地する前に針は引っ込み、穴だらけで亀裂の入りつつある壁がびりびりと震えだす。単なる反撃じゃなくて、脱出するために壁一帯を脆くするのも狙い? へたすると機転の早さで負けてないか私?
「KYAARGHHHHH!!」
地盤を突き崩し、大量の土砂をかきわけながら化け物が再び姿を見せた。
ロード・オブ・リプリーを使った一撃のダメージは回復しきっていないようで、両腕の肘から先はボロ雑巾のように千切れ垂れ下がっており、胴体も不自然に凹んだり腫れたりしているし、身体に埋まっている眼球の何割かは潰れている。そのうえほぼ全身がシュラノの炎弾で炭化しており、既に人体を模したとは思えない外見になっていた。
――が、それでも化け物は動く。
突進の勢いそのままに、ホウキみたいに先が広がるシルエットになった腕を振るってくる。ただでさえ巨体なうえに面積がひろがったせいで余計に大きく回避することになり、反撃に移りづらい。
もっともそれは、ロックオンされている私にとってはという話なのでヘイトの低いスタンには絶好の隙なわけだけど、
「ちっ」
化け物の胴体からまた複数の黒い針が飛び出てスタンを牽制している。
さらに頭部からも、こちらは剣のように幅をもたせた一本を放ち、上方にいるシュラノへと見舞う。
魔術特化でそれ以外のステータスや身のこなしが弱めなシュラノはギリギリで回避に成功したけど、あれはちょっと危ない。
「シュラノ、無理せず!」
このわけわからない唐突強制エンカウントしたモンスターなんかにうちの超重要戦力を減らされてたまるか。
また軽く右腕を動かす。よし、まだ痛いけど治ったことにしよう。
腰に手を当て片足を上げ、横ピースでウインク――【魔眼光殺法】発動。
左眼から放たれたビームは化け物の胸元あたりへ命中し、激しい爆発を巻き起こす。
「うわっぷ」
穴の底にいるため逃げ場のない爆風が乱れ狂い、土埃が襲いかかる。
「てっめえ鉄腕女――ごほっ、ぐっ、何度言わせる気だ反動考えろ戦闘中に笑わせにくるんじゃねえいい加減にしろ!」
「私だって笑わせる気は毛頭ないんだよ!」
言い返しながら腕をふるって土埃をかき分け、化け物を観察する。上半身が大きく抉れ、即座に反撃する余裕はなさそうだ。そしてその特徴的な魂の様子は――燃え盛る勢いは相変わらず強いものの、天へと昇華されつつある方も沸騰しているかのように盛大、そして化け物の体内に残っている絶対量は最初よりも明らかに少なくなっている。少なくとも半分ぐらいにはなっただろう。
攻略法は間違ってない、このまま攻め続けて――と思ったら化け物がこちらへボロボロの両腕を突き出してきた。しぶとく爪の射出か、
暗っ!?
一瞬で眼の前が暗くなった。
視界の端、明るい地面を猛スピードで影が覆い隠すのを辛うじて捉える。ザグリと何かが突き刺さるような音ともに、一切の光が消えた。
「え、なに!?」
混乱する私のすぐ近くで、ガギィ! と耳障りな音が響く。やたら響く。
「うっわ?」
焦りつつも全力で気配察知に集中する。近くにいるのは――スタン? けどすぐに離れていっちゃった――
「いない!?」
周囲に感じる気配が、スタンのものだけだ。あの化け物の気配が近くに感じられない。いや、ちょっと遠く、……上の方に。
「くっそ、マジでか!」
あの化け物、補給しに行きやがった!
真っ暗な視界のなかで手を伸ばす。熱くも冷たくもなく、滑らかで、ひたすらに硬い手触り。
化け物はさっきまで爪や針、あるいは剣のように尖らせ伸ばしていた武器を、たぶん傘状にして私を閉じ込めたのだ。
ぶち破ろうと拳を放つと、衝撃とともに足元から大きく揺らされ、地面ごとゴロゴロ転がる。……傘状っていうか、たぶん覆い尽くすように射出したんだろう。カプセル状になってるなこれ。踏ん張りが効かないし殴った衝撃が周囲に流れて散らされる。さっきの耳障りな音は、おそらくスタンが斬ろうとしたのだろう。駄目だと見きって化け物を追いかけてくれたのか。
出し惜しみしてる場合じゃない。反対の手でロード・オブ・リプリーを発動し、カプセルの天井へと垂直に掌底を放った。板チョコを割った音をでかいスピーカーで鳴らされたような快音とともに天井が割れ、青い空が覗く。脱出し、壁を蹴って穴の外へ。
押し付けられたタイムロスは10秒に満たないぐらいだったか。それでもその短い間で戦況は大きく変わっていた。
戦っているのはスタンとシュラノ、そして、
「いいかいとにかく離れなぁ! 余裕あるやつは獣の死骸こっからどけるんだよ!」
周囲に指示しながら武器を振るうジュラナス将軍だ。
3人が囲っている中心、化け物はさらにシルエットを変えている。足や背中で蠢いているのは数匹分の獣の死体。――よし、人間の兵士はやられてない。
今、化け物の正面にいるのはジュラナス将軍だ。よく見れば身につけている鎧に重なるように光のプレートがぼんやりと浮かんでいる。あれは……補助術式か。
少し離れたところでフユがこちらを見守っている。そういえば彼女の得意技だったな。
私にもかけてもらおうかと思ったけど、今のところパワーは足りてるし、急にスピード上げられても戸惑いそうだし、自動回復とかは間に合ってるし……。
あ、そうだ。
別にちゃんとした補助術じゃなくてもいいんだ。
「ねえシュラノ、武器作れる?」
私は右手を掲げてそう言った。