バッグ・クロージャー
5メートル以上の巨人だった死骸の集合体へ、さらに数頭の獣と7人の兵士の死体が加えられ、それを4メートル程度のサイズに圧縮した化け物。重さとパワーはさっきまでより数段上だろう。
――そして気になる点がひとつ。
「とりあえず私がひと当てするから、観察よろしく」
「あいよ」
スタンは技量に関しておそらく大陸でもトップクラス、どうやら見識も高そう、けどレベル1ゆえに防御力が低い。ならある程度化け物の能力を掴むまでは私が前衛に立つべきだろう。
まずは叩いてみる。
両手をだらりと下げてこちらを見ている化け物へと距離を詰め、左へ回り込む。化け物は姿勢を変えるでもなくその場に立ち尽くしているので簡単に背後を取れたけど、
「うわきっしょ」
背中にも複数の眼球がついていた。まぶたもないむき出しの目玉がボコボコと埋まっている背中は相当に気色悪い。そして死角はないってことか。
まあいい、ならどっからいっても正面突破だ。
まっすぐ間合いに踏み込む。背面を見せている化け物の腕が上がり、後ろ向きのままこちらへ片腕を振り下ろしてきた。
スピードは――ちょっと早くなった、ぐらいか。関節は相変わらずないものと考えたほうがいい。
打ち下ろしを避けながらさらに前進し、相変わらず目線の高さより上まで伸びてる大木のような足へ廻し蹴りを放った。
さっきまでの姿のときは肉を抉り取ったけれど、今度の姿はそこまでいかず、それでも大きくへこみながら化け物の片足が衝撃で跳ね上がる。
そして私の方に返ってくるのは、とんでもなく重たいものを蹴飛ばした手応え。まるで山ひとつ蹴り上げたような感じだった。
間違いない。
巨人と、獣と、兵士だけじゃない。それ以上にこの化け物は重量を秘めている。
その素になっているのは、今戦っているフィールド――この巨大なすり鉢状の穴。そこにあった大量の土か。
そうなると目につくのは、さっきまで化け物になかったパーツ、指先から伸びる鋭い爪だ。
一本一本がスタンの持っている刀ぐらい長く、黒く光沢を帯びた爪。獣や人の死体から作り上げたようには見えなかったあの爪は、たぶん取り込んだ土を高圧縮したような代物だろう。そう思って見れば光らせた泥団子に質感も似てる。
「KEEOOOW――」
獣の鳴き声というより機械の駆動音にも似た唸りを上げる化け物。私の視線を察したのか、片手を上げてその爪をこれみよがしにひけらかしている。
それを見上げるかたちになった私の視界には、化け物の巨体――その足元の方が入りきっていなかった。
何かが空気を切り裂く音に、反射的に体が動き、けれど腕を引っ張られてガクンと止まった。
「――え?」
遅れて思考が追いついた私の目に映るのは、太く長く黒い爪、それが貫通している私の右腕だった。
爪は背後の壁まで深々と突き刺さっており、その根本は――化け物の膝。なんの突起もなかったはずのその位置から爪が生え、高速で伸び、貫かれたのだ。
自覚からコンマ数秒遅れて猛烈な熱さと痛みが脳を貫く。
「い、ぎ、っあああっ……!」
「我慢しろよ」
音もなく近づいたスタンが刀を振り下ろし、その爪を叩き切ろうとする。
「ちっ」
けれど断ち切ることは叶わず、僅かに刃先を食い込ませたに過ぎなかった。
斬撃の振動が爪を通して私の身体に直接響き、痛みを増幅させる。
「――っ、あ、あ、よけ……」
涙に滲む視界の先、化け物の指先が私とスタンに向けられる。
「くそが」刀を構えてスタンが言う。「斬るぞ。ちぎれ」
その短い言葉を理解したくはないけどできてしまった。
――嫌だ痛い怖い怖い怖い。
けど逡巡する猶予もない。歯を食いしばるのと同時に、スタンの刀が二の腕に吸い込まれるように入ってきた。
かつん、と私の腕の内側で音が鳴る。刀と爪、そしてたぶん私の腕の骨が軽くぶつかる感触に怖気が立つ。
痛みが押し寄せるまでのほんの僅かな隙に、さらに歯が欠けるほど噛み締めて身体ごと腕を引っ張った。
スタンに作られた切れ目から、ぶちぶち、と肉が千切れる音がする。背後まで貫通した爪から、ずるりと腕が離れていく。
逃さんとばかりに、化け物の指先から高速で爪が伸びてきた。
「っあ゛ああっ!」
一気に腕を引き抜き、思い切り横に回避する。
私たちのいた空間を4本の爪が貫く。
「う、ぐ……、ふうーっ」
強く息を吐き、必死で痛みから意識を逸らす。
数秒で脳内麻薬が分泌されはじめ、楽になってくる。ほどなく自動回復も動いてくれるだろう。怖いので傷口は見ない。たぶん食パンの袋を留めるプラスチックのアレみたいな形なんだろうなーとか考えない。
「おい、いけるか?」
「大丈夫っ!」
この手のダメージは久々だったからかなり効いた。けどバストアク王にはもっと酷いことされたし、総ダメージ量ならヴィトワース大公から受けた方がずっと多かったし。
たぶん半分ぐらい千切れかかった右腕をぶらぶらと揺らしながら、半身で化け物を見据える。
伸ばした爪を一瞬で元に戻した化け物は、距離の空いた私とスタンにそれぞれいくつかの眼球を向け、
「KYIINK!」
金属音のような鳴き声を上げて私へと突進してきた。
「っつう……!」
和らいだとはいえまだ痛む右腕にバランスが崩れつつも、初撃のパンチを躱す。大きくバックステップして、化け物の全身が視界に収まるように気をつける。
「――マジか!」
廻し蹴り。
強風を巻き起こしながら放たれるローキックを躱してさらに後方へ。壁際まで下がってしまったので横へ動きつつ距離を取る。
力任せのパンチや蹴り上げならともかく、なかなか綺麗なフォームの廻し蹴りとかゾンビ巨人がやっていいムーブじゃないだろ。
がくん、と化け物の体勢が崩れた。
背後からスタンが軸足を斬ったのだ。――ほんと頼もしいなあの男。
肉質が硬くなったのか両断とまではいかないけど大きく隙を見せた化け物へ追撃しようと間合いを詰める。が、再び指先から伸ばされる爪の回避を強いられ、また距離が空く。
「KIIIOH……」
今度はスタンへと向き直る化け物。その右手が手刀の形をとり、親指以外4本の爪が変形し、癒着し、まさしく剣のような姿になった。
まっすぐに振り下ろされる。
「……ほう」
余裕を持って避けたスタンだけど、その顔に獰猛な笑みが浮かんでいる。
「筋が良いじゃねえか」
そう、私から見ても今の一撃はパンチに比べて数段鋭いものだった。さすがにスタンが見せた斬撃ほどではないけど――
「待てよ」
そういえば私も化け物相手に廻し蹴り何度か放ったな。逆に拳は一度も使ってない。
「スタン、こいつ学習してる?」
「だろうな」
……マジか。
「見極めるっつってたけど、あんま時間かけてると面倒になるぞこいつ」
「だね……。まあだいたいわかったし、そろそろ本腰入れて潰そうか」
大きめに返した言葉は穴の外、地上まできちんと届いたらしい。
上空から氷の槍が複数降り注ぎ、化け物の身体を地面に縫い止めた。
視線を上げればシュラノが穴の縁からこちらを見ている。だいぶ擦り傷ができてるし服も埃っぽいのは私が思い切り投げすぎたせいか……。
「兵士たちは?」
「獣の始末と負傷者の手当。近づかないよう指示」
「了解!」
彼らには悪いけど、へたに援軍に来られても化け物に吸収される方が厄介だ。
「ようし……!」
そうなるとこの戦いを見ているのはスタンとシュラノだけ。
なら久々に兵装も解禁するか。いいかしばらく恥を捨てるんだ私。