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最悪細工

「レイラ姫、遅ればせながら助勢に参りました!」

「フユ様!?」


 スタンに続いて駆けつけてきたのはローザスト王国からの客人、トウガの孫娘である彼女だった。


「私とスタンさんがこちらに、レアスさんとハキムはエクスナ様たちの方へ。トウガは本来の戦場を見守りつつ全体の把握に努めておりますゆえ、助太刀できず申し訳ないと」

「いえそんな、むしろ客人のおふたりにご迷惑を」

「その点はどうかお気になさらず。この場で何もしないほうが名誉に関わりますので」


 あまり話し込んでいられる状況じゃないし、ここは甘えてしまおう。

 ……そしてリョウバやカゲヤたちがいないこの場では、加勢してくれた彼女たちも含めて私が采配を振るわないといけない。なるべく自信のある風に繕いながら……。


「わかりました。フユ様は周囲の獣と戦っている兵士たち――そう、あのあたりの苦戦しているところへ加勢をお願いします」


 特にサイズの大きな獣を相手にしている兵士たちを指してそう告げる。


「承知しました」

 駆け出す彼女から視線を切り、化け物を見据える。


「シュラノ、スタン、3人でこいつ仕留めるよ! 他の兵士たち狙わせないよう囲みつつ、まだなんか隠してそうだから気をつけて!」

「了解」

「あいよ」


 化け物の正面に私、左右の斜め後ろにふたりが陣取る。

 先ほど転がされたのを脅威と見たのか、化け物は向きを変えスタンへと巨大な拳を打ち下ろした。

 気軽な動作でそれを躱し、手にしている刀で一閃。――そう、今気づいたけどスタンの武器はこの世界だとわりと珍しい片刃の日本刀っぽい代物だった。


 化け物の左肘から下がすっぱりと切り離される。身体のバランスが崩れ2、3歩たたらを踏む化け物の足元、地面に拳を突き刺した状態で左腕が残されていた。


「なんだこいつ、骨も管もねえぞ、肉の塊かよ」


 スタンも斬った感触で気づいたか。


「そいつ関節無視して身体動かせるから注意してね! あと痛みもなさそう!」

「けったいな奴だな……、おい、こいつまさか魔獣や魔族の類じゃねえですよな?」

「え? ……ああ」


 そういえばこの男、レベルを上げたくない主義の人だったな。


「素材になったのは人族領の獣で間違いなし! だからたぶん大丈夫なんじゃないかなと思う!」

「……ソーデスカ。とりあえずトドメはどっちかに任せるぞ」


 刀の峰を肩口に置きながら、しかめっ面で嘆息するスタン。

 私たちの調べだとラストアタックより貢献度のほうが経験値配分が大きくなるみたいなんだけど、まあ言わぬが花か。もしレベルが上がっちゃって洒落にならないぐらいスタンがキレたら、それこそどうにかして武神にお願いしてみよう。あの神様、相手に合わせて自分のレベル下げるというスキル持ってたし。


 

 こちらが喋ってる間に、化け物は反対の手で斬り落とされた前腕を掴み、傷口同士を押し当てていた。


「……あ? 治んのかよ」

「生き物じゃなくて、死体でできた粘土細工みたいなもんだと思ったほうがいいかも!」

「なるほどな。……あー、ご助言アリガトウゴザイマス……」

「支障になるんだったら戦闘中は口調無理しないでねー」

「おっ、そうか? 助かるぜ」


 今日一番の笑顔を見せながら滑るような足取りで化け物へ斬り込むスタン。今度は片足を袈裟懸けにして両断する。――ほとんど足の太さと刀の長さ同じなのに一刀両断できるのか……。


 倒れ込む化け物にシュラノが氷槍を放つ。今度はこめかみに深々と突き刺さるが、それでも化け物は苦にした様子がない。片手で身体を支えつつ上体を起こし、さっきと同じく斬られた足を探っている。


「させねえよ」


 しかし支えている方の腕を再度スタンが斬り落とす。

 片手片足を失い、ついに化け物は仰向けにダウンした。

 チャンス!


 化け物の頭に刺さったままの氷槍を掴む。――めっちゃ冷たい! 我慢して氷がひび割れるぐらい指先を食い込ませ、一気に引き抜く。中に人ひとり入れそうなサイズの氷塊は、白く冷気を放ち溶ける様子もない。

 手首を返し、鋭い穂先ではなく鈍器のような根元側を下にして、起き上がろうともがく化け物の巨大な頭部へ勢いよく振り下ろす。


 大きく、鈍く、湿った破壊音が響き渡った。

 次いでびちゃびちゃと、大粒の雨に近い音が無数に。


「くっそ、てめぇコラ汚えぞ気をつけやがれ鉄腕女ぁ!」

「ちょ――」うわこっちも口入ったぁ!「ぺっ――仕方ないでしょこんだけでかいの相手じゃ!」


 マジで毒とかないよね!? あーもう全身どろっどろだ……。ちょっと距離開けて投げつければ良かったけど、外したら最悪だったし。


 服を犠牲にしつつも頭部を丸ごと潰された化け物は――さすがに動かないみたい。


「なっ、なんだ今の音は?」

「領主様!? お怪我を――」

「違う、俺は見た……、いや見なかったことにしたい……」


 周りの兵士たちもざわついている。見ればフユが援護に向かった先の獣は既に倒れ、当人は別のところで補助術を使っている。残りはもう数頭だ。


「終了?」


 シュラノの問いに私は化け物を睨みつつ、


「いや、たぶんまだ……」


 化け物の体内では、いまだ魂が燃え盛り続けている。昇天どころか身体から離れる様子もない以上、まだ何かしてきそうだ。


「ん……?」


 化け物の妙な魂の具合に目が行っていたけど、戦闘もいったん止まった今、妙な気配を感じ取った。

 これは――足元?


「そういえば」


 最初、あっちの森から飛んできた謎の術式、あれは獣の死体そのものにではなく、この地面に命中していた。


「なぁおい、レイラ姫よぉ」

「え?」

「なんかこいつ、萎んでねえか?」


 スタンが刀の先でつついている化け物の身体は、言われてみれば確かに皮膚がすこししなびているような……。


「まさか?」


 いつ攻撃が来ても反応できるよう警戒しながら近づき、バスみたいなサイズの身体を蹴り上げてひっくり返した。――たしかにさっき蹴飛ばしたときより軽い? 頭部がないことを差し引いてもだ。


「うげっ」


 そして見えたのは、仰向けになった化け物の腹から伸びている紫色の野太い肉管。それが地面へ刺さり、どくどくと脈打っていた。


「んだこりゃあ? 気色わりぃが斬ってみるか?」

「そうだね、おねが――」


 川の音?

 突然、川が流れるような音が聞こえてきた。――足元から。


「っ、退避!」


 言いながら化け物から離れ、シュラノの腕を掴んでさらに距離を取ろうとした足が、地面に埋まった。


 ぼこり、と規模の割に軽薄な音を立てながら、周囲一体の地面が大きく陥没していく。


「ごめん! 投げるよ!」


 無事な地面のところまでシュラノを投げ飛ばし、反動で私は穴の底へと落ちていく。

 陥没したのは直径30メートルぐらい? すり鉢状になった急斜面を大量の土と、化け物と獣の死骸、そして巻き込まれた兵士たちが滑り落ちていく。

 そして土埃の奥、うっすらと穴の底に見えるのは――化け物と管でつながっている大きな肉の塊だった。管が脈打つごとに、肉塊は膨らんでいるように見える。


 その肉塊から、さらに数本の管が勢いよく飛び出た。


「ぅぎ、ぃああああ!」


 管は落下していた兵士に突き刺さり、ブルブルとその身を震わせている。兵士の悲鳴はすぐに止まり、鎖帷子や服がぶかぶかになっていき、ぽとりと眼球が落ちた。

 ――中身を吸い取られている。


「っ! くっそ!」


 頭が一気に沸騰し、そして一瞬で冷めた。

 ――この義体も、あいつを危険視してるってことか。


 宙に浮いていては何もできずもどかしかった身体が、ようやく穴の底に着地する。


 管にやられた兵士はもう助からないだろう。その無惨な有り様を見て、斜面に近かった兵士たちは武器を突き立て、穴の途中で踏ん張っている。縁から遠かった兵士たちはかなりの距離を自由落下し、穴の底で怪我に呻いている。――でも、死んではいない。


 一番近くの兵士までダッシュし、


「飛ばすよ!」

 

 さらに怪我が増えるだろうけど、この状況じゃしょうがない。数十メートル以上の高さになっている地上まで投げ上げる。遠ざかる悲鳴を後に、次々と兵士たちのところへ向かう。

 さらに追加で肉管が飛び出る。

 一本は叩き落とし、もう一本を無事に着地していたスタンが斬り落とす。けれど残りでさらに3人が犠牲になった。歯を食いしばって他の兵士を助けてまわる。

 斜面から自力で脱出した兵も含め全員――肉管にやられた都合7人を除いて――救出し、穴の底に残ったのは私とスタンのふたり。


「スタンも投げてあげよっか?」

 冷静さを失わないように、強いて軽口を叩く。

「ほざけ」


 そして私たちの前にいるのは、先程までより数段大きくなった肉の塊。質量は既にさっきまで戦っていた化け物より上だろう。

 肉塊から伸びている管の先には、その化け物とうちの兵士たち――それぞれ中身を吸いつくされ、抜け殻のようになっている。


 肉塊がぶるぶると蠢き、また人を模した形へと変わっていく。管が縮んでいき、抜け殻が――人間と獣の皮膚だったものが肉塊に貼り付いていく。鎧や服もまるごと、適当な位置に、乱雑に、まるで死体を冒涜するように。


「今のうちに斬るか?」

「ううん、ここまでやられたんだから――きっちり見極めて完璧に潰す」


 出来上がったのは、さっきまでの化け物に似ていた。

 ただ全身が一回り小さく、4メートルぐらいになっている。

 指先からは新たに太く鋭い爪が伸び、頭部と肩口と胴体に個々の大きさがバラバラな目玉が複数並び、その体内で燃える魂はさらにその激しさを増していた。


 そして、化け物は今まさに生まれたとでも言いたげに、


 ――KIAAAAAAARGHHHHH!!!


 地の底で激しく鳴き叫んだ。

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