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VS巨人

 私の上半身ぐらいありそうな拳が、2階建ての屋根ほどの高さから落ちてくる。

 楽に腰を下ろせそうな幅のつま先が、高速道路の自動車のような勢いで向かってくる。

 

「そういや意外と経験なかったな……」


 私の戦闘履歴は対人が多く、大型相手は白嶺の魔獣や思い出したくないけど改造された昆虫ぐらいだ。ここまで大きな奴はいなかったし、しかもそれが四足獣じゃなくて人型というのはけっこうやりづらい。そもそもジャンプしないと急所に届かないのだ。

 けれど迂闊に跳ぶのは危険。今のところ単純な蹴る殴るしかやってこないけど、他に攻撃手段があるかもしれないので回避行動を取れない空中は気軽に使っていいエリアじゃないのだ。うーん、飛行とまではいかないけど2段ジャンプとか内蔵できないものだろうか。


 一方で相手の化け物も私へ攻撃するには急角度のパンチの打ち下ろしか地を這うような低空のキックしかないので、地上にいる分には回避は楽だ。たしかにパワーもスピードもあるけどヴィトワース大公と比べればほとんどの敵は見劣りする。


「左足」

「ありがと!」


 シュラノの術で再び化け物の足元が凍りつき、躓いたようにその巨大な身体が前傾する。それでもまだ跳躍なしでは腹にすら届かないので、凍った方のサイドへ回り込んで膝へハイキックをお見舞いする。

 ぐにぃ、とあり得ない方向へ膝が曲がったけれど、効いた様子もなく上空から拳が降ってくる。バックステップで距離を取るのに合わせてシュラノが槍のように尖らせた氷塊を射出した。

 本物の槍より数倍太い氷柱は化け物の腹部へと刺さり、その身体がぐらりと揺れる。――が、化け物はあっさりと自分の腹から氷柱を引き抜いた。ぽっかり空いた傷口からは黒っぽい血が流れ出す。しかし半ば予想通りに痛みを感じた様子はなく、再びこちらへ攻撃を仕掛けてくる。


「だいたいわかってきた……」


 巨体に相応しいパワーと、それなりのスピード。

 痛みを感じることのない身体。

 力任せに振るわれる手足。

 ――ゾンビと言うより、フランケンシュタインの方が近いだろうか。


 そして最も特徴的なのが、そのレベル――いや、私がレベルと捉えているその本質、秘められた魂だ。

 普段、私の目には、血のように体内を巡っている光として映っている。その輝きの強さと、そこから溢れ体を覆う霧のような輝きの量、それらを総合的に見てだいたいのレベルを推定している。


 けれど今目の前にいる化け物は、私が今まで見てきた人たち、魔族や獣、あるいは魔王様と比べても、明らかにおかしかった。

 秘めている魂が、輝いているというより――燃え盛っている。体内を巡っているというより、暴れ狂っている。

 こんな状態の魂を秘めた存在を見るのは初めてだ。


 そしてそこから溢れ出る霧は身体を覆いつつも、その上端が湯気のように天へと昇っていた。

 さながら進行形で成仏しかけているように。


「まあ……、実物を見るのは初めてだけどね」


 要するに、タイムリミットつきの超パワーだろう。

 驚くような仕掛けではない。私が地球でどれだけの物語、どれだけの強化手段を目にしてきたと思ってる。


「シュラノ、たぶんこいつ一見不死身だけど、体力の消費が激しい。力を使い切ったらそのまま死ぬと思う」

「理解。全員で避難して放置が最善?」

「あー、それができたらいいんだけど……、あっちはまだ戦争中だからね」


 そう、今日ここに来た本来の目的、フゲン王国軍との戦争はまだ絶賛開催中だ。


「ここで止める。急所とかないかもだから、とにかく削り切るよ」

「了解」


 ちらりと背骨を折って放置している赤熊の様子を見る。怪我に苦しんではいるけど、口や鼻から血が出たり痙攣したりはしていない。シュラノが化け物に氷槍を刺した傷口からは今も流血が続いているけど、とりあえず体液が即効性の毒だったりはなさそうだ。

 ならば宣言通り、()()()()


 化け物が拳を振りかぶった時点で軌道を読み、間合いを詰めて軸足へ久々全力のローキック。

 嫌な感触とともに、私のスネから下と同じサイズの肉片が吹き飛ぶ。服の汚れは諦めよう。


 足首近くを大きく抉られた化け物がバランスを崩す。よし、追撃を――

 ぐにゃりと、化け物の膝から下が不自然に曲がり、その巨大なつま先が飛んできた。


「はぁっ!?」


 避けきれない、両腕でガード――呆気なく吹き飛ばされた。


「っ、領主様!?」


 近くで獣と戦っている兵士たちのところまで宙を舞ってしまった。


「大丈夫、ノーダメ!」


 言いながらダッシュで戻る。

 ……実際ノーダメなんだけど、これはあの化け物に対する明確な私の弱点だ。たとえパワーで勝っていても、体重がはるかに軽いので平面でぶつかり合うとこちらが押し負ける。


 ――そして懸念がひとつ急浮上した。

 今の攻撃、膝を逆方向に曲げるというのは想定してなかった私のミスだ。殴った時点で骨がないって気づいてたんだから関節がないのもわかってろよという話である。見た目と動きは人間っぽいけど、実際には模しているだけでたぶんあの膝とか肘っぽい位置以外も自由に曲げられるんだろう。


 問題は、ここまであの化け物の攻撃はすべてサッカーボールキックやバレーのスパイクばりの予備動作があったんだけど、今の一撃に限ってそれがなかったこと。奴はノーモーションで膝から下だけをありえない方角へ曲げ、こちらの意表を突く一撃にしていた。


 単なるゾンビじゃない、知恵がある。


 最初から隠していたのか、あるいは――奴が出来上がってからこの数分間で意識が芽生えた?


「シュラノ、もうちょっと警戒したほうが良さそう!」


 再び化け物の正面に立ち、その6つの目玉を睨みつける。――そのうち2つがぎろりと横を見た。そっちにいるのは、倒れ伏している赤熊。


 化け物はこちらを無視して赤熊へ突進し、私が抉った方の足をぐわりと上げ、必死の悲鳴を上げる赤熊を踏み潰した。

 びしゃっ、と鮮血が地面に花を咲かせる。


「うわ、そういう吸収もあり!?」


 ぐにぐにと赤熊の死体が蠢き、化け物の片足に絡みついていく。当然というように私が蹴った箇所も修復されてしまう。

 化け物の片足はもう片方より不自然に大きなシルエットと化し、そのつま先やかかとから赤熊の頭部や手足が突き出たとんでもなく不愉快な外見になった。


 ていうか今こいつ、一番近くにいる私からターゲット変えたよね。

 ……つまり。


「全員、こいつからもっと離れて!」


 私が声を張り上げたのとほとんど同時に、化け物はその歪な足で地面を蹴り上げた。

 大量の土が舞い散るその先にいるのは――シュラノ。


「くっ」


 腕で顔をカバーするシュラノにダメージはなさそうだけど、その手は止まる。

 そして化け物は身を翻して兵士たちの方へと駆け出した。

 くっそ、やっぱりこいつ知恵づいてるな!? 明らかに行動パターンが進化してる!


「うっ、うわあぁ!?」


 化け物の進路にいる兵士が悲鳴を上げる。

 地面を震わせる重たい足音を上げながら5メートル以上の巨人が駆け寄ってくるのだ。これで何人か殺されたりすると恐慌が広まりかねない。


 この際しがみついてでも止めてやるかとその背を追うが、


 ――ぐるんっ


 轟音を上げながら走っていた異形の巨体が、勢いよく一回転した。

 激しい地響きを立てて化け物が背中から転倒する。


 周囲一体に砂埃が上がり、兵士も獣たちも苦悶の声を漏らすなか、


「んでレイラ姫、この妙な重量級から倒していいのか――ですか?」


 砂煙をわけて姿を見せたスタンは、まったく緊張感のない調子でそう尋ねた。

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