ボーンデッド・アンノウン
人や獣が死んだときに天へと昇る魂の速度は、わりとゆっくりである。
封神台へ飛ばされる魂魄とか願いを叶えた後のドラ○ンボールとか、ああいったスピーディーさは欠片もなく、精々が風船よりちょっと速いかな? ぐらいが平均値で、かなりバラつきもある。
死んだら即座にまっすぐ天へ向かうわけでもなく、しばらく死体から離れなかったり地上をうろうろしたりもする。地球ならこれが浮遊霊とか地縛霊になりそうな感じだ。
魔族と人族、魔獣と獣など異種族同士で殺し合った際の経験値、魂の欠片も似たようなもので、倒した相手の周囲をぐるぐる回っているものもあれば引力に抵抗するようにぷるぷる震えているようなものもいる。
なので戦闘中はそうした魂と欠片が光の洪水となって視界に満ち溢れ、私の目と脳はそれを綺麗なものだと認識する。
――ただし今だけは、妙な違和感に脳内で警鐘が鳴っていた。
倒した獣は、半数はとっくに越えている。40頭以上の死体から立ち昇る魂と、そのうち10頭ちょいから経験値として私とシュラノに流れてくる魂の欠片。そこまではいい。
問題なのは本来欠片とならず天へ昇るはずの、人族である兵士たちが殺した獣の経験値。それが今あたりを漂い、そして――不意に脈打った。
「ん?」
同時に謎の集団が潜む森の方から、いきなり光の弾が飛んできた。
――攻撃? いや違う。
あれも魂、それも欠片じゃない、天へ昇るはずの魂がこちらはかなりの高速で飛んでくる。
はたして打ち返したりしていいものか、そもそも触れられるのか、けど私にしか見えないし――
ひとまず軌道から着弾地点を予測、そこに味方がいないことだけ確認。
隣で臨戦態勢を取っているシュラノに「あの辺気をつけて」を声をかけつつ何が起きるのか見守ることにした。
光弾は、地面へ衝突した。
音ひとつ立てず、砂埃すら上げず、静かに土へと吸い込まれていく魂。――普段見ているものより、それこそ今周囲で天へ向かっている魂よりだいぶ大きい。いったいなんなんだこれ?
「死体」
「え?」
シュラノに言われて気付いた。
着弾地点じゃなくて、その周囲。
私たちが仕留めた獣の死骸、それがずるずると蠢き、着弾地点へと集まりつつある。
「まさか、ゾンビ……?」
引き寄せられる死体に、土に、魂とくれば地球人の私が連想するのはそれだ。この世界にそういう物語とか、あるいは実物とかいるのか知らないけど、今目の前で起こっているのはそれに類するものかもしれない。
「ゾンビとは」
「あ、えっと、とりあえずあの動いてる死体燃やしたりできる?」
「可能」
言いながらシュラノは炎弾を連射し、蠢く死骸を燃やしていく。
「……駄目か」
けど炭化して煙を上げながらも死骸は動き続け、より遠くの死骸も集まりつつある。それぞれの死体がそのまま起き上がる感じじゃないのかな? 集まってから爆発するとかないよね? 手近な死体を殴って粉々にしてみる手もあるけど、生理的にちょっと嫌だしそれこそ飛び散った死体から変なものが感染とかする仕掛けがあったら最悪だ。
他にいい手はないかと悩む暇もなく、集まった死体は見えない巨人にこねられたように形を変えていき、地面の土が盛り上がって死体に混ざり合い、そして周囲にいた魂の欠片がその中に吸い込まれていく。
「おい、なんだあれ?」
「化け物……?」
周りの兵士たちが騒ぐ中、それはでき上がった。
体高は5メートルぐらい。子供が作った泥人形のように手足が左右で長さも太さも違い、その材質すら異なる。色合いの違う毛皮が全身にまばらに貼り付き、他の箇所はむき出しの赤黒い筋肉や、茶色の土が見えている。
頭部は3頭分の獣が団子になったような見た目で、5つの目玉が不均等に埋まっている。口は大小ひとつずつが縦に並び、血とよだれが流れていた。
化け物。
そう呼ぶしかない代物だった。
獣をけしかけたのとほぼ確実に同じ連中の仕業で生まれたこと、それと見た目の邪悪さからエネミー確実と思っていいだろうけど、問題は殴って倒していいのかってことだ。まあエクスナが無毒判定した獣の死骸から生まれたわけで、その死骸も死にたてホヤホヤで腐ったりもしてないから、単純なパワー系だと思いたいけど。
化け物が大きく口を開いた。声は出ていないけど、鳴いているようにも見える。
まぶたのない5つの目玉がぎろりと動き、正面に立つ私を捉える。うわ気持ち悪い。
そして化け物は覆いかぶさるように巨体を踊らせ、殴りかかってきた。
「っ、シュラノ、距離取っていったん攻撃は待って!」
指示しながら集中力全開で化け物の動きを観察する。
たった今できたてのクリーチャーとは思えないほどスムーズな動きだ。ただ殴るフォームは思った通り力任せ。スピードは十分に目で追える。
軽くバックステップして避ける。
轟音を上げながら地面を抉るその拳はかなりのものだ。周囲の兵士たちはこのまま参戦させないほうがいいだろう。
「5秒足止めできる?」
「おそらく可能」
言いながら術式を発動するシュラノ。
私に追撃してこようとした化け物の動きがガクンと止まる。片足が膝まで氷で固められていた。
その隙に周囲を見渡す。
「その獲物ちょっと待った!」
向かうは兵士4人で相手している真っ赤な熊みたいな獣。ずんぐりした見た目通り頑丈なようで、多少の傷は見えるけどまだ元気そうな様子だ。
「領主様!」
「あっ、あの怪物はいったい!?」
「これから調べるとこだけどこっちに任せて安心して!」
赤熊へと間合いを詰める。ゴフッと重たい吐息をついて赤熊は短く太い腕を振るってくる。爪が包丁ぐらいありそうだ。
その腕をぺしっと払いのけ、横に回り込んで首根っこと背中を掴み、頭上に抱え上げた。
「は……?」
「これもらうから、他の加勢にまわって」
ぽかんとしている兵士に指示を出し、獣を担いだまま化け物のところへダッシュで戻る。
「悪いとは思うけど殺しに来た君も悪いからね」
掴んでいた背中、針金みたいな毛で覆われた皮膚のすぐ内でゴリゴリとした手触りの背骨、そいつを握りつぶした。
甲高い悲鳴が上がる。
足を覆う氷を殴って割ろうとしている化け物、その手が届くエリアにぽいっと赤熊を放り投げる。
「シュラノ、あの氷って解除できる?」
「可能」
さっきからほぼ同じことしか言ってないなシュラノ。まあ全部有言実行してて頼れるのはいいんだけど久しぶりに本体にも会いたくなってくる。
氷がはらはらと散ってゆき、動けるようになった化け物の足元には背骨を折られて身動きできない赤熊、その次に近いのが最初に標的となっていた私だ。
「さあ、どっちを狙う?」
はたして化け物は、そのゴツい両手で赤熊を掴み上げた。
私をターゲット固定してるわけじゃなくて、一番近いとこにいる生き物を狙う設定かな。
赤熊を地面に叩きつけようとする化け物。
「おっとまだ殺さないでね」
その肩口に飛び蹴りを見舞う。――ちょっと嫌な感触が足裏から伝わる。こいつ、骨がない?
厳密にはもともとの死体に備わっている骨が粉々になっているのだろうけど、たぶん肉や土と一緒にこねまわされて形だけ人に似せてる感じだろうか。
さすがに重量があるので大きくは吹き飛ばなかったけど、それでも何歩かたたらを踏んで後退する化け物。赤熊は取り落とされ地面で苦しげにのたうっている。……残念だけど君はモルモット代わりだ。
「シュラノ、攻撃解禁するからいい具合に合わせて! ただ間合いは保つよう気をつけて、特にそこの獣が毒にやられるとかおかしな症状出したら即座に離脱で」
「了解」
さあ、本格的に戦闘開始だ。