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断章:死門の黒獣

 周囲に他のグネヴィルが擬態していないか、巡回する魔族に補足されていないか、大荒野の戦況は維持されているか――それらを確認し終えた頃、

 

「来る」


 偵察担当がそれに気づいた。

 遅れて他のパーティメンバーの耳にも届く、硬い足音。


「陣形を」


 レアスの言葉と同時に、足音の向かってくる方角へ向けて全員が決まった配置へと着いた。


「――今頃、坊主たちは訓練中かねえ」


 先頭に立ち、大盾を構える男がぼそりと言った。


「あと何年かかると思う? グラウス」


 戦斧を握る背の高い女が、斜め後ろに立つグラウスへ尋ねた。


「……3年、ってところか」グラウスは笑った。「稼がないとな。時間も、情報も」


 彼らのいるローザスト王国軍、その若手兵士達のなかに『恩寵を受けし者』が固まっている年代があった。

 総勢6名。

 授かった奇跡も、成長すれば凄まじい戦力になるだろうと誰しもが思う代物だった。


 ――それが、古豪とはいえ未だ現役の英雄であるグラウスを今回の作戦に使う決定打になっていた。

 

「死んでもアレを討伐しろ、って王は言ってたそうじゃない」


 最後尾から、医療担当の女性が言った。

 それは皆が既に承知していること。

 明るく、愚痴っぽく言う彼女の意図をグラウスは悟っている。


「司令官には感謝しないとな」


 彼が王を説き伏せ、情報収集でも構わない、という命令に抑えてくれたのだ。

 国はどうあれ、自分たちの所属している軍は自分たちを使い潰そうとは思っていない。


「優しい上司に、酒好きの同僚に、優秀な後輩がいる組織だ。俺たちも貢献して、点数稼いで、とっとと後進育成に回るとするか」


 激を上げる性格ではない。

 こうした諧謔が、グラウスなりの士気の上げ方だった。


「私あの金髪の子。ほっとくとすぐ悪い男に捕まりそうだし」

「何を教える気だよ」


 手を挙げるレアスに、隣の男が笑う。


「さて、じゃあ、やるか。帰りも大荒野を走るからな。体力は残せよ」

「今までで一番の無茶言うね、グラウス隊長」


 軽口を叩きながら、全員が腰を落とし、足を踏みしめ、前方を睨む。


 そして、それが現れた。


 ――ガシャリ、と硬質な音を立てて、地面に爪を立てながら。


 太い四つ足、長い首、異様に伸びた牙。

 全身が黒く輝く石のようなもので覆われた、大型の獣。体高は人族の大人をやや上回る程度。

 そして、その獣の背中から、直接生えている大柄な人型の上半身。右手には身体と同じく黒一色に輝く両刃の大剣。


 遠くから見れば獣に乗った戦士に見えるだろうそれ、2頭1体の異形――【死門の黒獣】と呼ばれる魔物であった。


 

 ひゅっ、と風が鳴る。


「――――ぐぉっ!?」


 ギイィッ、と金属が悲鳴を上げる音。


 獣の長い尾が、無造作に最前列の男が持つ大盾を殴りつけた。


「ダッド!」

 グラウスが男の名を呼ぶと、


「――5回は保つ!」

 男は、力強くそう答えた。


 翻った尾が獣の背中へと戻った瞬間、中列から槍持ちが2名、左右同時に黒獣へ迫る。

 左翼は獣の胴へ、右翼は人型の脇腹へと槍を突き出す。

 同時に、後列からの矢が獣の頭部へ、そしてレアスの光球――法術による攻撃が、人型の顔面へと放たれた。


 四点同時攻撃。


 それに対して黒獣は、


 右手の大剣で片方の槍を打ち払い、

 獣の頭部が矢を噛み砕き、

 そして左手でもう片方の槍を掴み、持ち手の槍兵ごと振り回してレアスの光球へぶち当てた。


「――ぅあぁっ!」

 グネヴィルを仕留める威力を誇るレアスの法術は、槍兵へ致命傷を与える。


 動揺するパーティの中で、しかしグラウスだけは、


「……轟き、落ちよ」


 体内に満ちる『恩寵』の発動準備を乱すことなく、終えていた。


 瞬間、

 晴れた空に一筋の稲妻が走り、激しい音と共に黒獣へ落雷が命中した。


「ガッ!?」

 

 全身に雷を受け、呻く黒獣。


 召雷。

 雷の神からグラウスが賜った恩寵である。

 本来、こうした接近戦で用いるには贅沢過ぎるが、その威力はパーティ内どころか王国内でも群を抜いている。


 黒獣の様子をじっと見つめるグラウスは、「……続け」と呟く。

 そして二度、三度と稲妻が黒獣を貫いてゆく。


 凄まじい音が鳴り響き、周囲の木が燃え上がり、そのなかで黒獣は、


「……くそっ」


 しっかりとこちらを睨み、剣を構え始めた。


 グラウスは即座に号令を上げる。


「仕留めきれん! 前衛は回避優先、俺とダッドが1合で判断する! 中列2名は周囲警戒、アレンはヒースを回収、後列は下がりつつ支援!」

 全盛期を過ぎたグラウスが呼べる雷の数は、日に5度が限界。

 その大半を使ってなお動く魔獣を見て、目的を討伐から情報収集へと切り替えた。


 黒獣が突進し、大剣を振るう。


「ダッド!」


 彼が構える大盾が、2つに割けた。

 がしゃりと地に落ちる盾と、――肘から先の両腕。


「ありゃあ……」


 失った両腕を見て、ダッドは泣き笑いになる。


「尾っぽの比じゃねえぞ、隊長」

「わかった! 下がれ!」


 ダッドの代わりに前へ出る、グラウスと戦斧使い。

 ――回避優先と命令しただろうが、とグラウスは一瞬だけ横目で睨むが、女は正面を向いたまま短い口笛で誤魔化した。

 再び、黒獣の大剣が横薙ぎに迫る。

 地に伏せてそれを躱したふたり――、その片方、戦斧使いの女に獣の顎が襲いかかった。


 ばづん、と肩口が食いちぎられる。


「野郎!」


 右腕をだらりと下げ、左手一本で戦斧を振るうが、人型の左手がその刃を受け止めた。


「――っ、ガルサイト鋼より頑丈だな!」

「武器を捨てて引け!」


 そう指示して自身は前進するグラウス。


 4発目の稲妻を黒獣へ落とす。


 が、もはや慣れたように、黒獣は動きを止めない。

 袈裟斬りに降ってくる大剣を、グラウスは自身の剣で受け流す。

 その速度、間合い、鋭さ、重さを頭に刻み込みながら。


「後ろ!」


 レアスの声で、横へ転がりながら回避するグラウス。

 もとの数倍の長さまで首を伸ばし、背後から噛み付こうとしていた獣の牙がガチリと鳴った。


 ――打ち合える、俺なら。


 そう判断したグラウスだったが、人型部分の左手に集まる赤い光を見て血相を変えた。


「逃げ――」


 その言葉を言いきるより速く、レアスの放つそれより数倍大きな光の玉が炸裂した。

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