ドーム1周しながら熱唱できるレベル
兵数は同じ。
戦場は平地。
太陽は真上で、風も弱い。
要するにハンデなし。
そうなると勝負の要因は大きくふたつ。兵士の質と、作戦だ。
兵士の質については、装備や技量や士気や連携など色々要素はあるけれどそのあたりの観察は仲間に任せている。私が見るべきは、私でしか見られないもの、すなわちレベルだ。
さすがにこれだけの人数と距離ではひとりひとりの精査はできないけど、全体的に見て――もちろんカゲヤという超特殊個体は除いて――平均レベルはフゲン王国軍の方が高い。
こっちの平均は20、あちらは25ぐらいという感じだろうか。
あちらで特に目立つのは、ローザストから借りたと思われる集団。60人ほどいる彼らだけに絞れば平均レベルは30を越えるだろう。身につけている武具も立派で、身のこなしも周囲より明らかに場馴れしている。
実際、その連中と相手しているうちの兵士は既に何人も倒され、陣地も押し込まれていた。
――自分は戦えず、領内の兵士が斬られ、打たれ、倒されるのをただ見ているのは覚悟していたよりだいぶきつい。
「お顔に出てますよ」
そうエクスナに指摘され、どうにか表情を余裕あるふうに見せつつ拳を握って誤魔化す。
ただ救いなのは、彼らも結構な割合でカゲヤを気にしているというところだ。さっきもひとりが周囲の制止を振り払い向かっていった。是非他の人達も流されていただきたい。頼んだぞカゲヤの後ろの宣伝係よ……!
一方でこちらが優勢なところもある。
なかでも戦果が高いのは戦場左翼の一角、周囲の兵士よりもぐっと細身の身体が群青色の髪を揺らして駆け回る。
手に持つのはこちらも細身の短槍。
「てめえシアン、離れ過ぎだ!」
「あんたらが遅い!」
「取引やめるぞ!」
「それは駄目だろ! 戻りまーすっ」
敵兵の間を軽やかにすり抜けつつ、穂先で太腿や二の腕を切りつけ、石突で腹や股間を打ち据え、反撃は受けずに避ける。
戦場の平均よりも高めのレベルを持つシアンだけど、そこまでの大差ではない以上どうしても体重の軽さがハンデとなってしまう。それ故の一撃離脱、そして殺したらマイナスがつくため出血やボディ狙いでの弱化を図っているということだろう。
「シアンたちが取引って言ってるけどなんだろう?」
「ここから聞き取れるんですね……」乾いた笑いを浮かべながらエクスナが答える。「たぶん、3点分の報奨に絡む話ですよ。あれ連携を乱す危険がありますからね。助攻や援護に応じて分け前を払う約束でもしてるんでしょう」
「あ、そうか! え、マズかったかな……」
カゲヤを倒したら恩寵をもらえるという、敵兵に仕掛けた作戦と似たようなことを私は自軍にやらかしていたのか。
「そのあたりはリョウバやコウエイがうまく仕切ったはずですよ。だからシアンたちもそんな取引をしてるんだと。私も特殊軍の参戦者には通達してますからね。3点報奨は原則等分、私の裁量で多少按配すると」
「うわー、そうか、ありがとう考え足らずだった……」
「大丈夫ですよ。確かに士気は上がるのでフリューネ様たちも止めはしなかったでしょう?」
「うん、そうだったけど、反省します……」
とはいえ反省はしても気落ちしている場合じゃない。戦況は動き続けているのだ。
「はいそこ押し込まれてるんじゃないわよ」
シアンだけじゃなくてもうひとり、ミージュも活躍していた。
放たれた光弾が敵兵の肩口で炸裂し、巧みに体勢を崩す。そこを突いて劣勢だった警備隊のひとりが盛り返す。
「ミージュちゃん! ちょ、こっち! こっちもヤバい!」
「あんたこないだ私の胸元緩んでたの黙って見てたわね」
「嘘だろ気づいてたっていうか今言うの!?」
「助攻1回3000上乗せで承りましてよ?」
「お願いしますちくしょう!」
あそこだけ独特な陣形というか、ミージュを男たちが囲ったまま前進し、中央の彼女は法術でサポートに専念している。シアンとは対極的なスタイルだ。
「あっちの方が帝国らしい戦法ですね」
とエクスナが言う。
男が前衛、女が後衛、男尊女卑の風潮を招いているという帝国のオーソドックスなスタイルのことだろう。
だけど、
「わかってるわねあんたら、私に傷ひとつでも負わせたら後頭部撃ち抜くわよ」
「おう、任せろ!」
「絶対にここは通さん!」
「だから食事奢らせてくれるの忘れないでね!」
ごく当たり前のように男たちを指揮しているミージュと嬉しそうに従っている警備隊を見る限り、あれが帝国で教えている戦法には見えないよね。
他の場所でも、特殊軍からの参戦者は堅実に数名でひとりを倒す動きを繰り返して着実に点を稼いでいる。軍人ではあっても、戦士というより諜報員なのでレベルは周囲より低めだけど、乱戦の中で死角を突くのが上手い。被弾も少ないし、あの部隊はそうそう崩れないだろう。
スタンの弟子候補たちも流石というべきか、皆レベルはこの場の平均ぐらいだけど、技量が高い。……ただ周囲との連携はそこまでうまくないので、眼の前の相手には優勢だけど挟撃や奇襲をけっこうくらっている。まあスタンのもとに集まってまだそれほど日が経っていないし、そもそもが軍隊よりもスタンのもとで『自分が強くなる』ことを目指している人たちだ。しょうがないとも言える。幸い防御も上手いので死者どころか大怪我もしていない。
――目立って優勢なのはこのあたりだけど、それでも合わせて800人が戦っている場では大勢を決するには至らない。向こうの元ローザスト兵が獲っているポイントとギリギリ競り合っているというところだ。
つまりはそれ以外の大多数である300人近い領内兵団に対して、フゲン王国軍の方が平均レベルが高い以上、ただ正面から殴り合っていてはいずれポイントが離されていく。
けれど、
「マリエットさん、今の点数は?」
「352対339でややこちらが勝っております。両軍死者はゼロ、大怪我による罰則がこちらにマイナス2、向こうにマイナス4ついております」
恩寵によって常人より遥かに計算が早く、加えて見たものを数値化する能力にも非常に長けている彼がすかさず答える。
そう、現状ではこちらが優勢。
みんなが奮戦してくれているというだけじゃなく、おそらくその理由は――
「ぅおお流石は第2部隊の皆さん、ひとりも欠けることなく早くも5点獲得ぅ! 周囲はどうだ!? おおっと左の第3部隊が少々厳しいっ! これは援軍が必要か? しかしどうだ第2部隊は勢いそのまま前進が望ましい状況! 誰か駆けつけられる者は現れるのでしょうか――いました後方から第11部隊だ! 速い速いあっという間に合流だぁ!」
「さあ武神がお認めになられた地上有数の達人スタンザフォード殿を師と崇める戦士たち、ここで一歩前に出たのはジルアダム出身の若き双剣士ジダル殿! やはり手数の多さが物を言うのか単独3点で8万カラルが確定! しかしダメージも大きそうだ、ああやはり後方へ戻るようです! よくがんばりましたジダル殿! このあたりの敵はだいぶ減ったぞ、ああ左右から支援要請が来ております! ――はいここで指示が入りましたぁ! ジダル殿の抜けた第7部隊、二手にわかれて第8部隊と第5部隊の助攻をお願いしますいってらっしゃいませえ!」
戦場のそこかしこから鳴り響く暑苦しい実況――いや戦況報告と命令の中継。
スタンの専属にひとりつけているけれど、心身熱烈教からの参戦者は全部で17名もいるのだ。軍属ではない彼らを危険な最前線に立たせず、かつ本人たちが満足するような役割を作るにはどうすればいいか――苦し紛れに思いついたのがこれだった。
戦闘は行わず、ひたすらに戦場を駆け回ってその大声で状況をリアルタイムに周囲へ伝え、後列にいる指揮官からの命令をまたも大声で前線に伝えるという伝令役。
彼らの大きすぎな声は戦場の端から端までよく通る。
味方の活躍を聞けば戦意がみなぎるし、周囲の部隊でどこに余裕があるか、どこへ援軍が必要か、そもそも全体的にうちの軍は優勢なのか――そうした情報を全兵士が共有できる。
おまけに彼らの声は当然フゲン王国軍にも響いているので、敵方の伝令の声をけっこうかき消しており前線に乱れが生じ始めている。――正直、そこまでの効果は期待していなかったので儲けものだ。
そしてもうひとつ、ひたすらに喋り続ける彼らの声は、敵からすれば非常にウザい。いや別に決して私の感想ではなく、明らかに敵の意識がこちらの伝令役の声に対して敵意や悪意を抱いているのだ。かといって前線にはいないので攻撃は届かないため、言ってしまえば精神攻撃としての効果まで発揮していた。
大声による強引なリアルタイム通信。
この世界にはネットや電波がないため通信機という概念はなく、魔術法術の類でも念話やテレパシーはそれこそ恩寵クラスの希少さだという。しかしだからこそ実現できれば非常に有効だ――ということをマンガで知っていた私が苦肉の策的に思いついたのがこの作戦だけど、これが予想以上に効いている。
まあ私の作戦勝ちというよりも、彼らの肺活量をはじめとした能力が予想以上過ぎたというのが大きいのだが。
ある人は100メートル走のごとき勢いで戦場を横断してるのにまったく息を乱さず嘘のような声量で元気よく喋り続けてるし。
ある2人組はアクション映画で見るような、障害物に背を預けた相方の両手に足を乗せて「とーうっ!」などと叫びながら数メートルの高さまで大ジャンプ、滞空中に広々と戦場を見渡して着地と同時に後方へその情報を伝えてるし。
そして各自が担当しているエリアの部隊にいる兵士の顔と名前はばっちり把握済みで、それどころか武装している背中だけで判別して的確に情報を伝達しているし。
直前にやった演習でもリョウバが、
「存在のやかましさに目を瞑れば、常備したいぐらいの戦力です」
と評価していたほどだ。
彼らの働きもあって自力でやや劣っているはずのこちらが徐々にポイント差をつけていき、
「303対251、50点差を越えました」
決定的とまではいかずとも、だいぶ行く末が見えてきた。
――さあ、肝心なのはここからだ。