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欲望の道に待ち受ける者

 私たちが戦場から離れるのを見届けたギルドの審判が声を響き渡らせる。


「それでは太鼓の4拍目を合図として決戦を開始する! 双方用意!」


 ドンッ―― と草原に太鼓の重たい拍動が轟く。

 3、2、1――


 最後の1拍と共に、両軍の最前列が動き出した。

 といっても、いきなり雄叫びを上げながら全力で駆け出したりはしていない。

 お互いの前列同士の距離は300メートルは楽に越えているだろう。おまけに400人といっても広い戦場ではスカスカの陣形になるので開始早々の矢衾や砲術の乱射なども効果が薄いため用いられない。


 間に設置された障害物代わりの板張りに数名ずつ隠れて相手を伺い、その後方から術師が補助術などの準備に入っている。スタート時の陣形から、フィールドに合わせて第二段階に進んだというところで未だ陣形構築のターンが続いている。


 ただ、1箇所だけは例外だった。


 こちらの軍のど真ん中からまっすぐに、敵陣へ向けて悠々と歩いていくのはもちろん、うちの最強戦力カゲヤだ。

 タンク兼ポイントゲッターである彼は序盤から強敵を引き付ける役目を負っている。


 ……ただ、残念ながら戦場を単身で堂々と歩むその姿は強者のオーラに満ち溢れすぎていた。

 表情や態度で狩りやすい相手だと演技する技術についてはカゲヤの適性が低すぎたのだ。なにしろ帝国で長年兵士を鍛えていたトウガさんですら訓練初日に諦めていたほど。


 敵の兵士たちも私の提示した報酬に目をギラつかせてはいるけれど、カゲヤの雰囲気に気圧されているのか冷静に陣形を維持しているのか、襲いかかってくる様子はない。

 このまま遠巻きにされていては作戦失敗だけど、こちらにはまだ追加の作戦が残っている。


 ――カゲヤを追うように後ろからついてきている、心身熱烈教のひとりとその護衛役2名。


「さあさあフゲン王国軍よご覧あれ! 我らが先陣を歩むのは気高き領主にして偉大なる指導者であらせられるレイラ様の信頼厚き大将カゲヤ殿である! 腕に覚えのある者から何人でもかかってくるがよろしかろう! ちなみに先ほど目にする光栄に浴した神の恩寵を得られるのは1名様限定! お早めにどうぞ! なお横槍や奇襲によって倒しても偉大なるレイラ様はお言葉を違えることなく恩寵を下賜されるそうだが戦神ではなく武神の恩寵であるからして正面からの比武でない場合の天罰などはご用心! あえて個人的感想を述べるならば危ないからやめておけ! さあどうしたどうしたフゲン王国軍よ1番手はどなたかな!」


 ……未だ最初の火花が散っていない広い戦場に、うちの領地では悪い意味で有名な大声が朗々と響き渡る。

 無口でダークなオーラを放っているカゲヤを単身立たせていると膠着状態になる予想はしていたので、こうして賑やかしというか挑発役というか、とにかく場の空気を温めてくれるようお願いしたわけだが。


「あの調子で普段から入信者募集とかしてたらどうしましょう」

「言わないでエクスナ。殴ってでも止めなきゃいけなくなるでしょ」


 ともあれ、景気のいい大声につられたか報酬に我慢が効かなくなったか、数名がじりじりとカゲヤへ向かい始めた。周囲の敵兵が止めようとしているあたり、うまい具合に独断専行を誘えているみたい。

 戦場にいる多数の意識がカゲヤを中心とした一角へと流れたそのとき、


「よっしゃもらったあ!」

「いいから倒れろや!」

「あっ! おい大変だ後ろから伏兵だぞ! ――バカが見るぅ!」


 なんと口火を切ったのは警備隊の面々だった。

 右翼から少数でこっそり近づいていた彼らが最後の距離を一気に詰めて襲いかかっている。うん、彼らもまた欲に目がくらんでいるのだ。


 見事に奇襲の一手を命中させた彼らに、当然のごとく周囲の敵が反撃しようと群がるが一足遅い。


「っしゃまずひとり!」

「俺もうふたり!」

「じゃあな! 弱った頃にまた来るね!」


 あっさりと自軍へ猛ダッシュで引き返していく彼らを憤怒の形相で追おうとするフゲン王国軍だけど、さすがに陣形を崩しすぎたと判断したのか悔しげに踏みとどまっている。


 しかし右翼の一部で起きた騒ぎは徐々に伝わり、戦場の各地でも衝突が始まった。

 カゲヤのところへも、まず3人が一気に武器を振りかざしている。

 ――ぱっと見でレベル40ぐらい。普段のカゲヤであれば一呼吸で3人とも蹴散らすことができるだろうけど、


「おおーっと危ないカゲヤ殿! 当たったか!? いや掠めただけだ! しかし敵の攻撃は止まないっ――んなんと一瞬の隙をついた反撃ぃ! まずは1名打倒! ですがお気をつけくださいさらに2名が加わろうとしております! ああっと今度はまともにくらったぁっ。流血! カゲヤ殿序盤から流血であります!」


 ……格闘技の実況のごとく叫んでいる人の言う通り、カゲヤはやや防戦気味。ひとりダウンさせたけど別の相手のバックラーによる打撃が顔面に当たり、鼻と口から血が流れている。


「ふむ、上出来ですな」


 近くで観戦しているトウガさんが満足そうに呟く。

 そう、これが今日まで訓練していた成果だ。


 カゲヤはもともと手加減が苦手である。

 なにしろレベル1000に至るまでの闘いはすべて格上相手との死闘。日頃の訓練は魔族最強サーシャさんによるスパルタ兵を300人集めて煮込んだ結晶のような珠玉の地獄。手加減などしたら1秒待たずに死ねる環境に長年身を置いていたのだ。

 なのでこちらに来てからの訓練でも私たちと組手をするときは基本寸止めだった。迂闊に当てると大怪我しかねないので。


 そんなカゲヤを素のままこの戦場に配置したら、誘い出せた最初の数名を圧倒的実力差で倒した時点で「あ、無理」と判断され残り打席ぜんぶ敬遠という光景が目に見えている。

 そのためカゲヤは今日までの訓練をすべてトウガさんによる『敵を逃さないための闘い方』習得に費やしたのだ。


『私もかつて紅銀女帝と渡り合ったあたりから、露骨に魔族から避けられるようになりましてな』


 と言うトウガさんからカゲヤが習ったのは力加減や当て方だけではなく、ラッキーパンチのように見せかけて倒す方法、攻撃はいいが防御が苦手に見せる方法、そして今のように継戦能力には支障がない範囲で目立つ傷を負う方法だ。血が流れやすい箇所や腫れやすい箇所を実際に何度も体感し、シュラノの回復術も間に合わなくなるほど生傷を作り続けてたどり着いた本日である。


「とはいえ、数日の訓練であれだけやってみせるとか……。うちの対拷問訓練も平然と耐えそうですねあいつ」


 エクスナの言う通り、まともな神経で実行できる作戦じゃない。

 ……いや、そういえばアルテナが似たような戦法を使ってるけど、彼女だって自動回復とか痛覚軽減の法術を併用してるからこそだろうし。


 まあとにかくこれでカゲヤの役目は順調だ。作戦上どうしても時間はかかるけど、しばらくはあのままで大丈夫だろう。


 さて、他の戦況は――

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