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開戦に先立ちまして

 レイラ・フリューネ特別自治領から国境までは険しい地形が続いている。その国境を越えてほどなく、フゲン王国デンツ領内に入ると平地が目立つようになる。

 前回向かった街よりはだいぶ手前、特に手入れもされておらず舗装された道からもやや離れたその場所に、今日は1000人近くが集っていた。


 戦争である。


「これよりバストアク王国レイラ・フリューネ特別自治領と、フゲン王国デンツ領との決戦を行う! 兵数は互いに400、制限時間終了時の得点で勝敗をつけるものとする! なお通常の生存点・殺害罰則に加え重度の傷害も罰則となる旨双方合意済みである!」


 戦争管理ギルドからやって来た人が大声で宣言をする。

 彼だけでなく、戦場には何箇所か物見櫓が建てられており、そこにも審判が配置されている。

 毒や劇物を使ったり、戦場の外から弓や魔術を放ったりするなどの反則はありがちな上に、極端な例だと倒れた味方を密かに殺して相手のマイナスにしたりすることまであるらしい。もちろん審判や物見櫓へ流れ弾に見せかけた攻撃も厳罰だ。

 戦争中の審判だけでなく、戦場に指定された範囲内の地面に罠が埋まっていないか、参戦する兵士たちの素性が申請した通りであるかなどの確認まで事前にしてくれているので、ギルドの人たちだけでも50人ほどの大所帯だ。


 数日前に代表者数名が挨拶にやってきてくれたけど、きれいに一線を引いている感じで事務的なものの手際はよく、フリューネたちの評価では『仕事ができる』ということだった。

 私はサトウマが審判の買収とかしないか心配したのだけれど、『ギルドにそうした真似を仕掛けた時点で極刑まであり得る、ギルド員も買収などされたら上司・親族含め重罪』だそうで、他のことを心配したほうが良いとフリューネに言われ、そのまま流れるようにお勉強へと導かれてしまった。



 参戦者以外でギルドの他に集まっているのは、ジュラナス将軍と10数名のローザスト兵、サトウマをはじめフゲン王国人が70名ほど、私たちの領地からは40名。

 ローザスト一行はともかく、フゲン王国と私達のメンバーは別に観客が多いとかではなく、この場所まで武具や飲食物を運んだり参加者の鎧の装着を手伝ったりする雑用係が大半だ。他に医師や記録係などもいる。

 ちなみにファガンさんは『勝手にやってろ』と呆れ顔で私に告げ、今日もお城で通常業務だ。


「では両軍、陣形用意!」


 確認が全て終了したフィールドに、合わせて800人が集結する。

 木は生えておらず、草も膝下ぐらいだ。ところどころに岩は転がっているけど視界を大きく遮るほどではない。

 ただそのままだと正面からのぶつかり合いになり、死傷率が高まるというギルドの判断で、板を張った障害物があちこちに設けられていた。


 800人。

 全校朝礼や体育祭でこのぐらいの人数が一箇所に集まるのは何度も目にしているし、密度なら東京の電車を知る私には広々して見えるぐらいだ。けれどひとりひとりががっちり武装しているので迫力が違う。


「勝ったら3万勝ったら3万勝ったら3万……」

「どいつだ、倒せそうなのどいつだ、よしまずあいつ、それとあいつ、あと1点……」


 特にうちの軍はかなりの人数が報酬に目をギラつかせているので余計に気迫を纏っている。……裏目に出ないといいけど。特に警備隊のあなたたち。


 なお、最終的に構成は以下のようになった。


 領内兵団      297名

 警備隊        42名

 特殊軍        19名

 スタンの弟子候補   25名

 心身熱烈教      17名


 ……最後の妙ちくりんな集団は、ミゼットさん率いる例の宗教団体、『熱を司る女神レグナストライヴァ様を崇め奉り身も心も熱く滾らせることに余念のない者たちの集い』の新たな名称だ。

 うちの領地で預かる以上は様々な書類にその名を書く機会があり、そのたびにフリューネがため息をつくのでせめて文字だけでも短くしようとした結果である。

 私が思いついた名前がそのまま採用されてしまったため迂闊にも名付け親となってしまい、ミゼットさんたちから泣くほど感謝された。もちろん泣いてたのは彼ら、泣きたかったのは私。


 ――両軍の陣形がそろそろ完了する。

 平地とは言え多少の傾斜はあるので、戦場に指定された場所は特に低いところ、私達やギルドの人達は少し小高い場所に陣取っている。

 

「じゃ、行こうか」


 私はリョウバとアルテナを連れて戦場へと向かった。

 フゲン王国、それにジュラナス将軍たちの視線が集まる。


 自軍の中央、5列に並ぶ皆の間を抜け、相手の前列が見えるところで立ち止まった。

 うん、壮観だ。ライブするミュージシャンはこんな風景を見てるのかなあ。……ファンじゃなくて敵だという違いは大きいけど。


 さて、敵の気配は――


 よし、こっちに比べるとちょっとテンションが低めだ。

 なにしろいきなり領主代行になった男の決めた戦争で、しかも借金の揉め事、おまけにサトウマはもともとバストアク王国の出身だ。

 こちらが兵たちに出したような特別報奨もないと諜報員が調べているし、まあ士気は上げにくいだろう。


 一方でテンションが低いながらも静かに集中を高めている連中もいる。

 周囲とちょっと空気が違う――正確にはお互い僅かに、警戒とまでは言わないものの仲間というほど慣れた感じではない――、あいつらがローザスト王国から貸し出された兵士だろう。ざっと60人ぐらい。最初に調べたときより増えてるのが、サトウマがしぶとく交渉した成果というわけか。


 いずれにせよ今日のルールでは大将を倒したら大量得点とかじゃないし、特定の相手に恨みつらみがあるわけでもない。となれば敵はまず倒しやすいところから攻めるに違いない。


 ということで、作戦その1。


「決戦に先立ち、フゲン王国デンツ領軍へ告げる!」


 声を張り、一歩横へ。

 陣形の真ん中最前列にいるカゲヤが、一歩前へ出て槍を天へ向ける。


「この槍を掲げし者が我が軍の大将、カゲヤミトスである。本日の決戦においては全員が平等に1点の価値を持つが――断言しよう、この男を破る者がいた場合、その評価は100点でも足りない」


 私とカゲヤ、2人に視線が集中する。


「もちろんギルドの定めたルールに異を唱えるつもりはまったくない。なのでこれは私からの――戦神アランドルカシム様と武神ユウカリィラン様に拝謁した私からの特別報奨を設けるものとする!」


 ジルアダム帝国での一連の出来事は各国に知れ渡っている。

 隣の領地にいる彼らなら余計に関心も強いことだろう。

 2柱の名前を上げたことで、戦場に満ちた高揚が1段高まる。


 ――正直、この一手はグレーゾーンだった。

 新しいルール、すなわち大将に追加得点をつけるということを認めさせるための買収とみなされる危険があった。もちろん相手の大将に同様のことを押し付けるつもりもないので一見すればこちらがリスクを負うだけだが、戦場の動きを操作しようとする意図は気づく人も多いだろう。

 そのため事前に戦争管理ギルドの代表者には説明したけど、最初は難色を示された。


 ギルドは国家間の戦争を仕切る存在だ。

 国王や皇帝の言葉も受け入れない権利と権力を持っている。

 

 ――なので、押し通すにはその一段上が必要だった。


 リョウバから小さな、けれど堅牢な小箱を受け取り、それを開ける。

 中に入っているのは純白の宝玉。


「これなるは武神ユウカリィラン様よりお預かりした、神の恩寵である!」


 ――痛いほどの静寂が戦場に広まった。

 ――静かで、ただしとても熱い多くの気配が私の手元に集中する。


「その御力は、『病を退け、老いを防ぐ』――すなわち戦士として、武人として、常より遥かに長い時間を最盛期のままでいられるというものだ。私は武神よりこれを預かる栄誉と、相応しき者に与えるという使命を賜った」


 ――そう、国家間の利権絡みでも宗教の戒律でもなく、神様からの直接指令ならばいかにギルドとて跳ね除けることは困難だった。


 小箱の蓋を閉じ、全員の意識が向けられているのを感じつつ振り向き、そこへ立っているカゲヤの肩に手を置く。


「この男を倒した者に、授けよう」


 フゲン王国の兵士たちから、爆発的な歓声が上がった。


 ――欲に目の眩んだ連中のターゲットをカゲヤに固定させる、作戦その1『メタルカゲヤ爆誕』は大成功だ。

 この恩寵を使うって言ったときは会議室でもすっごい盛り上がったものだ。主に説教と説得で。


「それじゃあ、任せたよカゲヤ」

「承知しました」


 しっかりと頷くカゲヤの顔には生傷が目立っている。


「国宝に勝るその品を自分に賭けて頂いたレイラ様のご信頼、全霊を持って応えさせて頂きます」

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