戦闘力とは別種のパワー
ローザスト王国の王様に目をつけられた。
……フリューネの推測ではその線は考えづらく、おそらくは高位貴族の仕業だろうと言っていたのだけれど。
当の彼女はさすがに表情に出していないけど、気配には驚きが多分に混ざっている。
私たちの反応をレアスさんは眺めてから口を開く。
「少し、我が国の中枢で行われる会議について述べさせて頂きます」
そう言ってフリューネを見つめる。「お願いします」というフリューネの言葉に頷いてまたレアスさんは語る。
「我が王は会議中、あまりご発言をなされません。ただ、臣下の報告や議論はくまなく聞いており、ご興味を引かれたものについては微かに表情が変わるそうです。……そして、その後しばらくの間に続報がない場合、はじめに報告した者には処分が下されます」
「えっ?」
驚きを口に出してしまう私と、穏やかな表情で聞いているフリューネ。
そんな私たちをまたレアスさんは眺めてから説明を続ける。
「加えて、続報を上げる場合にも条件があります。それは報告内容が王にとって聞き届けるだけの『位』や『格』を備えているかということ。――今回の場合であれば、誠に恐れながらレイラ様のご身分、あるいは実績、そして直近の行動――そうした要素がローザスト王国国王に報告するに相応しいかどうか、否と判断された場合もまた処分が下されます」
……えーっと、説明してくれた内容はわかるんだけど意味がちょっとよくわかんなくなったので整理すると、
まず王様の顔色を常に伺いながら報告して、無言だけどちょっとでも表情とかが動いたら続報の調査を開始して、
一定期間内に続報を上げないと怒られて、
報告したとしても王様的に『そんなつまらん話を聞かせるな』だったら怒られて……、
どんなパワハラ職場だ。
「そういうことですか」得心がいったのかフリューネの声にやや安堵の気配が混ざる。「おそらくはジルアダム帝国での一連の出来事、特に神々に関することはローザスト王へ報告すべき重要事項、となればお姉さまの存在についても報告内容に含まれる。――そのとき王に何かしらの反応があったと」
レアスさんは無言で頷く。
「そうなると続報を上げねばならない。……ですが、あれ以来お姉さまはここ領内での活動に精を出されております。ということはローザスト王からすればバストアクという小国の、なかでも新参領主の平時など取るに足らない瑣末事。そんなことを報告するわけにはいかない、と」
レアスさんは気まずそうな表情で、頷くことができないらしい。
「報告主は困ってしまう。現状を報告しても王の怒りを買うが、かといってお姉さまがまた国外に届くほどの活動をするのを待っていられる猶予もない。――そこで今回の借金騒動を企てた。すべてを見届けてからこう報告すれば良い、『小国の領主同士で戦争があり、我が国の誇るジュラナス将軍が立ち会われたため王の耳に届ける価値ありと判断。片方の軍は先日報告したバストアクの領主レイラが率いており、その戦力と戦争の結果は――』そうすれば王の怒りを買わず満足いただける報告に仕立て上げることができる」
レアスさんはそっと息を吐いた。
「ご理解とご説明、感謝致します」
「間違いはございませんでしたか?」
「はい、完璧です。――最も、私とて会議の場にいたわけではないため想像でしかありませんが」
「そうでしたね。ではそのご想像で構いませんが、これほど見事な絵図を作り上げることができるのはどのような方でしょうか?」
一瞬、テーブルの上に沈黙が落ちたがレアスさんがそれを破った。
「ただの高位貴族ではないでしょう」
「なるほど。……ありがとうございました。これでお姉さまが貸した分は帳消しとさせて頂きます」
「いえ、それでは過分な値付けです。――ニンブル」
これまで無言を貫いている彼にレアスさんは声をかけた。
「はい」
「7番以降もすべて情報開示を許す。引き続きこちらの方々のお役に立て」
「承知いたしました」
「レイラ様、フリューネ様、恐れ入りますがこの男への聞き取りにどなたか人員のご手配を頂きたく。我が国の余っている土地や国外へ流出した人材など多少の価値ある情報をご提示できるかと。その後は殺すなり使い潰すなりいかようにも」
「ありがとうございます。こちらに余裕ができた頃には故国へ返しても良いですよ?」
「ご厚情重ねて感謝致します。その際には新たに連絡役と追加情報のお渡しも兼ねて別の要員と交換させて頂ければ幸いです」
……本人がいる前で平然とこんな会話をするあたり、フリューネもレアスさんも人を使うことに慣れきってるんだろうなあ。私だったら絶対気が引ける……。
ニンブルはエクスナとともに特殊軍へと戻っていった。
そして私とフリューネはレアスさんを連れ、また別室へ。
向かうはこの領主館で一番人数を収められる大会議室だ。
廊下を歩いていくと、その部屋の扉を通して中の会話が聞こえてきた。だいぶ分厚い扉なんだけど。
「なんで俺様が出れねえんだ! レアスの奴にあんだけ急かされながら来てやったんだぞ!」
「そういうルールだから仕方ないだろう。この私だって出られないんだぞ! ああなんてことだ! サトウマめ、今からでもあのたわけた男を狙撃してやろうか……!」
「リョウバ殿、落ち着かれよ」
「スタン先生! 大丈夫です! 代わりに我らが奮迅の活躍を――」
「何も大丈夫じゃねえだろボケが! てめえらの戦い見てるだけの置物になれってのか! あと先生呼びやめろっつの何度言やわかんだこの野郎!!」
どこん! と重たい打撃音が鳴る。
「おお、初動がまるで見えなかったぞ!」
「さすが先生、いつもながら見事な拳撃」
「おいどうだった、威力のほどは?」
「脳天から背骨まで、稲妻のように……」
「そうか、腫れが引いたら私たちの拳と比べてもらうぞ」
「……っ、望む、ところ……! 成果を見せてみるがいい……!」
「おいスタン、どうしてこんな暑苦しい連中ばかり集めた? しかも男ばかりではないか……」
「知るかよ、俺様は何も承諾してねえってのにレアスが全部決めちまいやがった」
「ふむ、あの女性の尻に敷かれるのなら悪くない、いや実に良いな」
「てめえは何をどう解釈してんだよ!」
また何か衝撃音が鳴る。
おお、受け止めたぞ! という歓声も聞こえる。
……扉のちょっと手前で立ち止まる私たち。
「誠に恐れ入りますが、私に扉を開けさせて頂けないでしょうか」
重たい息をついてレアスさんが言う。
どうぞどうぞと私たちは頷く。
ぎいぃ、と普段からちゃんと調整しているはずの扉を軋ませながら開け、中には入らずその場で仁王立ちとなるレアスさん。無言ながらも雄弁に立ち昇る怒気。後ろにいるからその顔が見えなくてよかったぁ。
「………………」
3秒ほどで痛いほどの静けさが廊下にまで染み出した。
「どうぞ、お入りください」
レアスさんに促されて部屋の中へ。
そこには綺麗に90度の礼をしているスタンの弟子希望の皆さん、同じくお辞儀しているハキム、明後日の方向を見て不貞腐れたようなスタン、壁際で透明人間になろうと頑張っているスタンとコウエイさんなど男たちがとても気まずそうにしていた。
ねえフリューネ、そのレアスさんに対する「このまま雇えないかな?」みたいな眼差しはどこまで本気?