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お互い超ハイリスクとなりました

「一連の流れの首謀者、未だ素性の分からない相手ですがその手管はかなりのものと思われます。現在私たちは後手に回されており、このまま向こうの流れに乗せられていては最終的にどのような被害を被るのか知れたものではありません。ですがこの先の舞台もほぼ向こうの思惑に沿って仕立て上げられている――この現状を覆すには、敵が表面上の主役に立てている男であるサトウマを揺さぶり、突き崩すのが有効だと考えました」


 その一手をお姉さまにお願いしたのです、とフリューネは語った。


「本来であれば戦争の勝敗はサトウマにとってそこまで大きなものではなかった。負けても架空の借金ゆえに懐は傷まず、おそらく勝った場合も私達が支払ううちの大半はローザストに吸収されるのが落ちでしょう。彼はただただ大国ローザストの機嫌を損ねぬよう従順に役割を果たし、見返りにそこそこの報酬を得るという腹積もりだったと思われます。――ですがお姉さまの出した条件により、軽視していた勝敗が自身の存亡を賭ける代物に急変してしまった」

「400人同士の決戦なら、どれだけ僅差でも1千万カラルにはなるでしょうからねー。ステムナの存命時にはそれなりの資金をもらってるのかもしれませんけど、まあ調べてた時期の金遣いを考えても2~3千万あればいいほうだと思いますよ」


 さらっとエクスナが言う金額は、それでも日本円で数十億なんだから大富豪だ。


「まあ50点差ぐらいつければ確実に破産でしょうね」

「はい。ですからサトウマは絶対に負けられなくなりました。もちろん首謀者も基本的にはフゲン王国側が勝つことを目論んでジュラナス将軍配下の戦士を忍ばせているのでしょうが、こちらの戦力分析も計画のうちでしょうし政策の足止めができれば十分と考えている可能性もあります。おそらくは負けも想定内、少なくとも過剰な戦力を注ぎ込んでの必勝を保証する程の下準備には至っていないかと」

「ええ。それはスピィたちからの調査報告とも一致してます。まあ、国力と領地の大きさから見て妥当な支援をしているといった具合です。これも後々諸外国から難癖をつけられにくいように加減しているんでしょうね」

「仰るとおりかと。そしてそれはサトウマから見ればまったく安心できるものではなくなってしまった。これから戦争当日まで、彼は全霊を尽くして勝率を上げることに腐心するでしょう。首謀者にとっては従順だった駒が突然制御不能に陥るというわけです」


 2人のテンポの早い会話をがんばって噛み砕き、私は質問を投げる。


「でも勝率を上げるための努力なら、別にローザストにとっても困るものじゃなくないかな?」

「サトウマが真に有能で、密かに兵力を蓄えているとか自身で戦略を練っているとかであればその通りですが」


 フリューネは多少――いやけっこう毒のこもった口調で言う。


「そうはならず、彼は真っ先にローザストへ頼み込むでしょう。確実に勝てるだけの兵力を寄越せと」

「ローザストとしても、ある程度はサトウマの言い分を呑まなければならないでしょうね。最悪、借金の話をなかったことにするという大技を奴は使えますから。大国に睨まれようと破産するよりはマシでしょうしね」

「はい。そしてああいった手合はとにかく保身にだけは長けていますから、その男が必勝を確信できるだけの兵力というのはローザストが本来想定していた出費より遥かに高いものとなります。その交渉だけでも両者の仲はだいぶ悪化するでしょう」


 エクスナとフリューネはなんだかとても楽しそうに喋っている。


「まあ、負けたら破滅というのはこちらも同じになっちゃったわけですが」

「そうですね、それこそ4億カラルなど領地の予算の倍以上ですし、絶対に負けるわけにはいかなくなりました。ねえお姉さま?」


 楽しそうに私へ矛先を向けてくる。


「えっ、いや、大丈夫だよ? ちゃんと領地のお金じゃなくて個人資産から出すって条件にしたから……」

「どこが大丈夫なんですか。イオリ様の資産なんて言っちゃなんですけどサトウマより少ないですよ」


 ジト目で言うエクスナに私は弁明する。


「確かにこの領地で稼いだお金はそうなんだけど、あれ言ってなかったかな? 私、魔王様からいざというときは資金を送ってもらえることになってるから。とりあえず30億まではすぐに用意できるって」

「は?」

「……は?」


 フリューネとエクスナだけでなく、他のメンバーも目を丸くして私を見ている。


「あ、魔族領の通貨じゃなくてちゃんと宝石や貴金属にしてくれるって言ってたから」

「そこじゃないです」


 ぐでっとテーブルに突っ伏しながらエクスナが言う。


「いえイオリ様のお立場からすれば追加資金なんておかしくないんですけど、桁がおかしいですよ……」

「あー、まあね。いや一応理由はあってね」


 早い話が、浮いた予算なのだ。

 

 本来、私はこの世界と地球を行き来しつつ魔王様に協力する予定だった。

 そのために使われるはずだった世界間転移装置。

 1往復するだけでもとんでもないコストを消費するあの装置。


 あんまり聞きたくなかったんだけど聞いてしまったその費用は、魂だけを移動させる1番安いケースでも片道2億カラルかかるそうです。

 つまり、それだけで今回の借金よりも高く、1往復すれば私が出した条件の最大値である4億カラルになってしまうのだ。

 なお魂ではなく質量のある物質を移動すると一気にコストは上がり、仮に人間ひとり分なら1600億カラルという天文学的な値になる。


 その段階で吐き気がしたので私が実際にこの世界へ持ってきた辞書とかゲーム機とかにいくらかかったのかは聞かなかったけど、まああの携帯ゲームひとつとっても日本円でいっせん――いややっぱり考えるのやめよう。


 ともかくそういった代物を何度も使うことを想定して莫大な予算が組まれていたそうだけど、ロゼルによってその装置は破壊されてしまった。結果として私は当分地球に帰れなくなり、天文学的交通費は宙に浮いてしまったのだ。


 ……なんだけど、私が地球人だってことは魔王、バラン、サーシャ、ロゼルしか知らないことだ。ここにいる皆にも、あくまで天上――神々の世界からの使者ということにさせてもらっている。

 個人的には嘘をつきっぱなしなのが心苦しいからバラしたいところだけれど。


「詳しいことは言えないんだけど、私が地上にいるためには本来とてつもない費用が必要でね。それをロゼルが解決してくれたから、その分余った予算を使えるんだ」


 なので真実を言い換えるかたちでそう説明した。


「あれ、班長がそんな善行をいつのまに積んだの……?」


 モカが微妙な表情で呟いているのが聞こえてしまったけどまあ疑われてるってほどじゃないのでそっとしておこう。


「なるほど、それで借金自体についても即金で叩き返すと豪語されていたのですね」


 フリューネは納得してくれたようだ。


「うん、そう。まあ即金とはいっても魔王城から持ってきてもらわなきゃいけないからある程度の日数はかかるけど」

「そうですよね。……あの、具体的な送金手段を伺ってもよろしいですか? 鳥を使って手紙を運ぶのとはわけが違うと思うのですが」

「んー、その話をしたときはとりあえずの上限だけさらっと聞いただけだったからなあ。魔王様も『いざとなれば我かサーシャが運ぶのが最も早いな』なんて言ってて」


 ビシリ、と皆が固まった。


「あれ? どしたの?」


 ギギギ、と壊れかけのオートマタみたいな動きでフリューネが口を開く。


「魔王様が? 御自ら運び手に? ……私達が戦争に負けた場合の後始末のために?」

「え、あー、まあそう言っちゃうとちょっと申し訳ない気分になるけど……」


 でもあの魔王様、以前にも『ゲームの攻略に詰まったら直接聞きに行く』なんてほざいてらっしゃったからなあ。そういえばあのとき対策に作った攻略本、有効活用してくれているだろうか。


「カゲヤ、仮にだがサーシャ様がお越しになった場合……」

「まあ、私と軍属のあなたは確実に説教で死ぬでしょう。シュラノは微妙な線ですが、本職は研究部ですから半死半生で済むかと」

「十分困る」


 男たちも何やら青ざめた顔で話し合っている。


「あらためてイオリ様のじょうし――器の大きさを痛感するね」

「ですね。最近は身体能力にばかり目が向いてましたけど価値観もばけも――おかし――、まあ、規格外ですよね」


 モカとエクスナ、もう最後まで言っちゃっていいよ?


 私は努めて明るく声を上げる。


「まあ、勝ちゃあいいんだから」

「なんていうか、イオリ様を容赦なく張り倒しながらツッコミ入れられる人材ってどこかにいないですかね」


 ……それ私自身も欲しいかも。だってエクスナもフリューネも代わりに課題の量でどついてくるじゃん。

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