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レベルより所持金を見破られる方が痛い

「ほんとに情け容赦なく吹っ掛けましたねー」


 領地に戻って皆に会談内容をざっと説明すると、エクスナが大笑いした。


「私も表情を保つのに苦労しました」

「同感です……」


 頬を撫でつつ言うフリューネと眉間をほぐしているアルテナ。


「で、サトウマはどっちを選んだんですか?」

「それが、本人は呆然自失としていまして。代わりにジュラナス将軍が答えました。――戦争です」


 フリューネの答えに、皆の気配が一段硬くなった。


「では、あらためて今回の件を整理させて頂きます」


 フリューネの見解自体は、私もまだ聞いていない。

 逆に帰りの馬車内では私なりの推論を説明するという苦行の時間があったが、フリューネ先生の採点では70点ということでした。

 なお95点をマークしたスピィは特殊軍本部に戻っている。


『彼女はいずれ、こちら側に引き込もうと考えておりますが現時点ではまだ早計なので』


 とフリューネが言っていた。

 こちら側というのは、つまりは魔族側ということ。


『本人は問題ないと思いますが、もれなく兄がついてきちゃいますからね』

 とはエクスナの言だ。



「――まず借金の証文が交わされた日付ですが、ファガン王がまだ王弟としてステムナ前大臣と政争を繰り広げられていた時期でした」


 フリューネの説明に、私はこの国へ来た当初のことを思い出す。


「最後には負けたから、あの山奥に幽閉されていたんだよね」

「はい。ですが当時はステムナ前大臣が危機感を覚えるほどにファガン王は腕を振るわれたのでしょう。結果、ステムナは保険をかけることを考えた。即ち他国に己の資産を一部移すこと、そしてそれを名目上の借金とすること――それが今回の発端です」

「……ああ、やりそうな手ですね」とエクスナが頷いた。「もしもファガン王に負けたら処刑される可能性が高い。そうなったときには、隣国へ移り住んでいる親族のサトウマからとんでもない額の借金を返済するよう要請が飛んでくる。そうなれば返済するか債務の整理に目処がつくまでは処刑が見送られる。ステムナの手腕ならその時間を使って資産をうまく分け、バストアク王国にもフゲン王国にもそれなりの金額を渡し、恩赦と返済義務の合わせ技で処刑から国外追放まで引き下げるぐらいはできたでしょう」

「ええ。そうなれば後は架空の借金を返すという名目で己の資産を国外へ移し、自身も追放された体裁で脱出することができます」


 ……敵に回したくない相手だなあ。結局本人に会うことがなかったのはラッキーだった。


「ですが結局、その保険が使われることはありませんでした」フリューネは説明を続ける。「そして時が経ち、お姉さまたちがファガン王を解放し、ステムナは死亡した。本来ならその時点で架空の借金は意味を失うところですが、今になってそれを利用する者が現れた。――それが今回の件となります」

「ステムナの死に連座されないかと怯えていたサトウマが急に噛み付いてきたわけですよね」とエクスナが言う。「実際に会ってみて、どうでした? ローザスト王国の将軍を後ろ盾に使えるような器でしたか?」

「いいえ」


 にっこりと笑ってそう答えたフリューネに、エクスナやモカがやや怯んだ表情を浮かべる。ふっ、甘いね。あの場のフリューネはもっと怖かったんだよマジで。


「おそらくは過去、ステムナがジュラナス将軍に何らかの便宜を図ったことがあったのでしょう。各国に伝手が多かったと聞きますから。借金の立会人は、その見返りだったと思われます。そして今回の件ですが、絵図を描いたのはサトウマではありません。またお姉さまが観察されたところ、ジュラナス将軍も一連の首謀者という気配ではなかったのですよね?」

「あ、うん。どっちも誰かに使われてる感じだった」


 私は会見の流れについて、そのなかで感じ取った気配や感情のイメージを加えつつ皆に説明した。


「助かりました。あの方のように武に秀でているような方は私には読みづらいところがあるので」


 とフリューネが微笑む。

 エクスナはじいっと私を見つめる。


「……やっぱり便利ですねその能力。戦闘訓練削って交渉扇動脅迫その他の練習にまわしません?」

「謹んで遠慮します」


 エクスナの提案をにこやかに回避する。


「そうですね。別に他を削る必要はありません。気づかれぬよう詰め込めばよいのです」

「待ってフリューネ」

「まあそれについては裏で進めるとしまして話を戻しますが」

「待ってフリューネ!?」


 聞く耳をもってくれないし周りの誰も止めてくれないんですが?


「サトウマとジュラナス将軍の背後にいる者ですが、ローザスト王国の高位貴族で間違いないでしょう」

「……えーと、ローザスト王って可能性は?」


 私の問いにフリューネは首を振った。 


「さすがにそれはないかと。彼の王は非常に苛烈かつ気位の高いご気性と伺っています。小国の領主相手に自ら謀略を仕掛けるようなことはその自負が許さないでしょう。仮にローザスト王に目をつけられたのだとすれば、もっと直接的に服従か滅亡かを迫られています」

「あ、そうなんだ……」


 そんなヤバい相手なのか。字面的にはジルアダム帝国の皇帝のほうが悪役っぽいけど、あの人めっちゃ好印象だったからなあ。


「エクスナ様、開戦までに仕掛けてきた相手を特定するのは難しいですよね?」

「正直言ってきっついですね。あの国の中枢はうちの精鋭でも生還率低いので……」


 エクスナはしかめっ面でそう答えた。


「やはりそうですよね。ではあまり深追いしないほうが良いでしょう。今は損耗を避けたいので」

「でもフリューネ様、フゲンに行く前からけっこう気にしてましたよね。誰が糸引いてるのか」

「それはその通りです」とフリューネは嘆息する。「今回の一件、敵ながら見事な手際でしたので。――まずはタイミング。こちらはステムナが遺した例の資金を使って、広く人材募集を始めたところでした。お姉さまの言う『養殖場』も合わせて仕掛けていましたし。おそらくは領地の予算からして不自然さを嗅ぎ取り、余力を使い果たしたと見たのでしょう」

「こちらの財布を読まれたってことですか」

「はい。エクスナ様の言う通りです。そしてこの状況下で借金の督促は、素直に対応すると非常に痛いものです。そして募集した人材が集まるのにもうまく回りだすにもある程度時間がかかりますが、その前に戦争が差し込まれてしまいました。そもそもが人手不足でしたから、戦力をかき集めるのは直近の大きな課題です」


 うーん、とエクスナが天井を見上げる。


「400人ですもんねえ。リョウバ、実際どうです?」


 警備隊隊長だけでなく領内の軍事も統括しているリョウバも悩ましげに低い声を流す。


「そうだな――兵団が900人ほどだが、うち300はファガン王から借り受けている近衛隊だ。向こうの出した制約のせいでそちらは使えん。それに合わせても領内の巡回や警備に限界まで薄く広げている状況だからな……。他に使えるのは警備隊の60人ぐらいか。まああいつらはそこそこ頑丈に仕上げたから40ほど持っていけるな。特殊軍はどうだ?」

「正面からの戦闘に駆り出すのは正直もったいないのが多いもので……。精々20人ってところでしょうか」

「足して60。あと340。やはり大半は兵団から出すしかないが、前後含めて治安と防衛が課題だな……。フリューネ様、戦争は囮で、他からの侵入や侵略が本筋という線は?」

「否定できません。……というより、それも含めて狙いが多いのです」


 こめかみを指で抑えながらフリューネは言った。


「こちらの資金と人員が薄く、まさにこれから拡充しようという時期に待ったをかける痛烈な一手。足が鈍ったところへ追撃の戦争で余裕を無くす。帝国の闘技会に出場していなかった主要戦力を確認しつつ軍としての力量も計る狙いでしょう。同時にリョウバ様の懸念される通り人員の薄くなったところへ工作員を送り込む。さらに戦争に負ければ莫大な支払いがのしかかり、領地拡充どころではなくなります。借金の棒引きを条件にお姉さまやアルテナといった色々目立つ人材を人質として引き抜かれるか、ジルアダム帝国への繋ぎを求められるか、とにかく後の交渉も大きな重石となることでしょう。――さらにこれらの一連を、対外的にはフゲン王国の顔にして、大国の威は最低限に用い、周囲からも強引とは見られづらい段取り。そもそもが知る者の限られ使い道がなくなったはずの架空の借金からこれだけ見事な手を打てる相手が誰なのか判明しない、それが不安なのです」


 フリューネの言葉に、会議室の空気が重たくなる。

 エクスナがかなり難しい表情になっているのは、どうにかローザスト王国への諜報を成功される手段を考えているのだろう。


「ですが」とフリューネの声が少し軽いものになった。「お姉さまの出した条件、それこそが打開策のひとつと成り得るのです」

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